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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第二章 恋路
11/108

02【再挧真】

 泰善(たいぜん)が帰ったあと、土万(ひじま)再挧真(さくま)を自室に呼んだ。

「なぜ言ってくれなかったの?」

 土万の顔を、再挧真は見なかった。

「僕にとっては消し去りたい事実だからだよ。こんなこと残酷だ。僕は一度死んだのに、どうして生きてるんだ。界王は残酷だよ」

「界王様は、あなたを愛していらしたんだわ」

「愛していたら生き返らせてもいいのか。僕はまた誰かに狙われて殺されるかも知れない。死の苦しみを一生に二度も味わうなんて嫌だよ」

「でも生き返らなかったら、私とこうしていないわ。あなたがどう思おうと、私は感謝しているの。そんなふうに言わないで」

(しょう)……」

 再挧真はやっと土万を見た。土万はキリっとした眼差しで再挧真を見つめ返した。

「もっと強くなって。どんな過去もふり払えるほど強く。あなたにならできるわ。私だっているんだし。そうよ、もう誰にも殺させない。私が守ってみせるわ」

 再挧真は情けない顔をして頭をかいた。

「それ、本当は僕が言わなきゃいけない台詞だよね。ごめん」

「いいのよ。母は強しって言うじゃない」

「——え?」

 再挧真はいっとき言葉を失って、彼女の顔を凝視した。そして、

「まさか」

 と言うと、土万がほほ笑んだ。

「私たち親になるのよ」

「妝!」

 再挧真は彼女を抱きしめ、喜んだ。

「早く季条(きじょう)様と海野(あまの)様に報告しなきゃ」

「え、待って。海野はともかく、季条はまだマズイんじゃない?」

「なぜ?」

「なぜって、あれだけイビられてて分からないの?」

「ああ、あれってやっぱりイビってたのか」

「やだ、自覚なし?」

「いや、なんとなくは。でもそんなにキツイことはなかったよ。雑用してると気もまぎれたし、とくに大工仕事は楽しかったし」

 土万はキョトンとしたあと、プッと吹いて笑った。

「やだ、季条の意地悪、ぜんぜん応えてなかったのね! やったわ!」

 二人が嬉々として季条へ報告しに行くと、彼女は意外にも素直にうなずいた。

「それはおめでとう。では早々に祝言の用意をしなくてはな」

「あら、認めてくださるの?」

 季条は手の平で額をおさえた。

「再生の天使と分かったことだし、子も授かったとなれば、反対などしても無意味だ。それならいっそ気持ちよく祝福したほうがよい」

「ありがとうございます」

 再挧真は頭を下げた。そこに季条はかぶせて言った。

「祝言には兄も呼ぶがいい」

「いいんですか?」

「ああ。ついでに葡萄園との契約を結びたい。なんでも今年の葡萄酒は稀に見る出来栄えとか。一度は鷹塚の葡萄酒を口にしてみたいと思っていた。良い機会だ」

 再挧真は満面の笑みを浮かべた。まだ少年のような笑顔に、季条は一瞬だけ母性本能をくすぐられた。


***


 一ヶ月後。挙式は盛大におこなわれた。そこへ招かれた空呈(くうてい)は、再挧真との久しぶりの再会に喜んだ。

「元気そうで良かった。おまえが結婚だなんて夢みたいだ。本当に嬉しいよ」

「ありがとう兄さん……相変わらず若いね。何歳になったんだっけ」

 天上界で歳をきくのは、たいてい身体年齢だ。空呈は頭をかいた。

「四十だ」

「見えないよ。まだ二十代で通る」

「まあ、いいじゃないか。それにしても、よく心を開けたな。内心、無理なんじゃないかと心配していたんだ」

「いや、それが」

 と今度は再挧真が頭をかいた。

「聖剣をおさめるのに雇った飛鳥泰善という人が、言っちゃったんだよね」

「えっ!?」

 空呈は驚いた。むろん飛鳥泰善が再挧真の事情を知っていたことに驚いたのである。何度か仕事はしたが、そんな個人的な話をした覚えはない。まして再挧真のことはデリケートな問題だ。そう簡単に話せることではなかった。

(いや、弟がいて離れて暮らしているから逢ってみたいというような話はしたかもしれない……それにしても再生の天使だなんてことを言うはずがない。父の口から聞いたのだろうか)

「どうしたの、兄さん」

「いや」

 空呈は受け流しつつも、深刻な表情でうつむいた。

(噂では魔族に雇われていると聞いた。魔剣を魔神に握らせるために燈月(ひづき)を捕らえたとも——転職して封術師になったとは言っていたが、いったい何をしているんだ)

「狙いは三種族の均衡だろうか」

「えっ?」

 空呈が無意識に呟いたのを、再挧真が聞き咎めた。軽はずみにしてもいい発言ではない。だが空呈は真面目な顔で再挧真を見据えた。

「使族長を(めと)るおまえに、こんなことを言うのは酷かも知れないが、もしその方向に動き始めた時は、使族優位に力を貸そうとしてはいけない」

「……どうして兄さんがそんなこと」

 再挧真は動揺しながらも、声を潜めて兄をたしなめた。しかし空呈の態度は変わらなかった。

「俺も世論にならって神族がかかげる思想に賛成だからさ。おまえは敵にまわってほしくない」

「勝手だよ、そんなの」

 空呈は困ったように笑った。

「そうかも知れない。だが、おまえが心を開けたのも飛鳥泰善のおかげだろう? 彼が均衡を目指したいというなら、俺は手を貸してもいいと思っている」

「兄さん」

 その時、再挧真は土万に呼ばれた。

「再挧真! ……あら、お義兄様。楽しんでいらっしゃる?」

「あ、はい」

「積もる話もおありでしょうけど、ちょっと彼、こちらに戻してくださらない? まだ挨拶が途中なの」

「ええ、構いませんよ」

 再挧真は土万に連れて行かれた。それからは挨拶や式の進行に集中していて、空呈の話など彼の頭からは離れていた。


 しかし祝言を終えて一人で(とこ)につくと、ふと思い出された。

(蘇生して目が覚めた時、僕はすでに兄さんのもとにいた。〝再生の天使〟なんて言うけど、そんなことは関係ないように、かわいがってくれたっけ。——飛鳥泰善か。商売柄、多少の読心術を心得ている兄さんだ。その兄さんが信用しているのなら、それに足る人ではあるのかも知れない。でも頭ごなしに〝敵にはなるな〟だなんて横暴だ。僕は使族だ。妝の夫だ。万が一の時は闘わなきゃならない。それを承知であんなことを言うなんて。もし僕が飛鳥泰善の味方をして神族の思想に賛同するなら、使族は分裂してしまうだろう。そんなことになったら世相はますます乱れる。とても正しい道とは思えないけどな)

 しばらく無心に思考をめぐらせていた再挧真は、どこか腑に落ちないモヤモヤした気分をかかえて、寝返りを打った。

 飛鳥泰善の顔が想い浮かんで消えないのだ。

 自分の処遇にたいそう腹を立て、季条に申し立てをしてくれた彼。旧友である空呈の手前があったからなのか、真に自分を想ってのことなのか。仮に後者だとしても、それが兄弟を想うような類いの感情なのか、別のところにある感情なのか。

 いろいろ悩むうち、再挧真は内から込み上げてくる熱い感情に気づいた。それに愕然として居たたまれなくなり、身を裂くような胸の痛みに唸った。

(いけない。こんなこと考えちゃいけない。でも、願わずにいられない。その感情が僕の望む愛であることを——)

 確かに妝を愛している、だけど一方で泰善に恋をしている、という自覚が再挧真の中で目覚めた。

 今更どうにもならない。夫になるのだし、父にもなる。決意は彼に出逢うずっと前からのものだ。後には引けない。一瞥で心を奪われたが、それは世間並みの感情だ。羨望や憧憬に近いものだ。彼を見てそうならない者はいないだろう……と、再挧真は強く自分に言い聞かせた。しかし、

〝ただ通り過ぎるだけの恋だ、これは〟とする一方で〝だが片想いでないとしたらどうだろう。この気持ちを無視することなどできるだろうか〟と考える。

 再挧真は自分の胸倉をつかんだ。不誠実な自分に腹を立てて苦しんだ。

(どうしてなんだ。僕は妝を愛しているのに。本当に大切に思ってる。生まれてくる子を楽しみにしている。こんな幸せはないと思っている。それなのに、飛鳥泰善が愛してくれていたらと考えるだけで胸が熱くなる。彼が自分のことで季条に憤っていた時、僕は内心、気分が良かった。嬉しくてたまらなかった。僕は彼を愛している——愛している)


 それからの再挧真は土万と過ごす幸福の中にいながら、ただの一秒も泰善を想わない日はなかった。だが決して態度に表すことはしなかった。これは秘め事であり、なにがあっても口にしてはいけない。心を犠牲にしても、彼は妻と築いていく家庭を守らなければならないのだ。

 土万から見れば、それだけで立派な裏切りだろうが、知らないでいることが幸せなこともある。

 実際、再挧真はちゃんと彼女を愛し、生まれてくる子を愛した。未来永劫これを貫き通せば、それが本当の心となる日が訪れる。そう信じて。


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