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校正者のざれごとシリーズ

校正者、再びキレる――年収の壁が複雑すぎる

作者: 小山らいか

 私は、フリーランスの校正者をしている。

 とにかく、毎日暑い。先日、日本では観測史上最高の41・8度を記録したそうだ。

 仕事机の横の棚に置いたデジタル時計の気温の表示に目をやる。この表示が31度を超えたらエアコンをつけることにしている。いつもなら10時から11時くらい。ところが、最近は仕事を始める前から31度を超えている。座ってすぐにエアコンをつけるのも癪なのでしばらく耐えてみる。でも、ちょっと油断すると暑さで頭がぼうっとしてくる。やはりつけるべきか。何か負けたような気になる。何に? 変なこだわりだ。

 出版物の制作は数か月前から始まるので、少し季節を先取りしている。たとえば、毎月会員に届ける学習教材は、8月の今なら11月号の校正をしている。そして、そろそろ始まるのが、年末に向けた本の校正。私が毎年担当しているのは、確定申告や青色申告の本だ。

「年収の壁」という言葉が、昨年あたりからよく聞かれるようになった。近年は時給も上がり、扶養内で働く人や学生はその範囲を超えないようにするため、年末に向けて働くのを控えざるを得ない。忙しい時期に働けず、企業も人手不足に悩む。 

 これを解消するため、今年の初めごろに「103万円の壁」を「123万円の壁」にするという話が出てきた。ふうん。どうするんだろう。すると、基礎控除の48万円を58万円に、給与所得控除の55万円(最近65万円→55万円になったばかり)を65万円にするという。これで控除合計123万円。なるほど。考えたな。このあたりの数字は最近は毎年変わっているので、校正のときに見落としがないよう常に気をつけている。「税制改正大綱」もブックマークしていて毎年確認する。また今年も変わるんだな、と少し憂鬱になる。

 ところが、話はこれで終わりではなかった。ここからがキレるポイントだ。

 3月には、「123万円の壁」を「160万円の壁」にするという話が浮上した。え? どういうこと? これについては国税庁のホームページから抜粋してみる。

「次のとおり、合計所得金額に応じて、基礎控除額が改正されました。

 合計所得⾦額132万円以下:95万円

 合計所得⾦額132万円超336万円以下:88万円(令和9年分以後は58万円)

 合計所得⾦額336万円超489万円以下:68万円(令和9年分以後は58万円)

 合計所得⾦額489万円超655万円以下:63万円(令和9年分以後は58万円)

 合計所得⾦額655万円超2350万円以下:58万円」

 基礎控除は、2020年に改正されるまでは一律38万円だった。それが所得に応じて48万円から段階的に減少して、年収2500万円以上は0円ということになった。この時点で、「すべての人に適用される基礎控除」という文字を見ては、「所得によって変わるのでは?」と修正を入れるという作業が多発した。

 そして今回の改正。基礎控除は、驚くほど複雑なシステムになった。しかも、合計所得⾦額132万円超655万円以下の人については2年間限定の金額で、令和9年分からは58万円になるという。合計所得金額132万円以下(年収でいうとおよそ200万円以下)の人は今回の金額で固定される。何とわかりづらい制度なのか。これから少なくとも3年間は、この基礎控除の金額について常に気をつけて見ていかなければならないじゃないか。

「税制改正大綱」というのは財務省のホームページにあるのだが、これを細かく見ている人はあまりいないんじゃないかと思う。はっきりいって、ものすごくわかりづらい。とても国民に理解を促すような内容じゃない。このわかりづらさはもしやわざとなんじゃないか、とさえ思う(政府関係者が誰も見ていないことを願う)。

 ちなみに、この年収の壁はあくまで自身に所得税がかからない範囲なので、配偶者の扶養内と考えた場合の壁は「160万円」ではなく「123万円」になる。さらに、社会保険料を自分で負担するかどうかの壁は「130万円」(企業規模などによっては「106万円」)。そして令和7年分から「特定親族特別控除」というのが新設され、19歳以上23歳未満の人(特定扶養控除63万円を受けられる人)の壁は「150万円」となった。

 いかかでしょうか。思わず、ちゃぶ台をひっくり返したくなりませんか。

 ここで、気持ちを落ち着かせるために、ふと思い出した歌の歌詞を。

  

  目の前に色とりどりの花でできた 壁が今立ちふさがる

  僕らを拒むのか何かから守るためなのか 解らずに立ち竦んでる(『Flowerwall』米津玄師)

                          

「壁」の存在に対する視点が二つあるところがおもしろい。

 果たしてこの「年収の壁」は私たちを守ってくれるのか。それとも拒んでいるのか。少なくとも、校正者にとっては大きな敵であり、立ちふさがる壁なのかも。 

 朝、本業に入る前にこうしてパソコンに向かっている。家族から見たら、仕事なのか趣味で何かを書いているのかはたぶんわからない。デジタル時計の気温の表示は31.8度。汗を拭きながら文字をカタカタと打っていると、

「いいかげん、エアコンつけたら? 仕事にならないでしょ」

 夫があきれたように言った。確かに、このままいくと暑さでだんだん頭が働かなくなってくる。さあ、そろそろ切り替えて、涼しい部屋で本業に入るとするか。


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― 新着の感想 ―
専門書のチェック、特に専門知識を必要とする言葉の使い方の正誤は書いた人かまたは監修した人にやって貰わないと駄目なんじゃないかなぁ。 そもそも官庁のホームページだって『絶対』はあり得ないし。スペルミスや…
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