落語声劇「鍋草履」
落語声劇「鍋草履」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約10分
必要演者数:最低4名~6名
(0:0:4)
(0:0:5)
(0:0:6)
(4:1:0)
(5:1:0)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
若い衆:芝居小屋の若い衆。まだ経験が足りないが、気が利くところは
利いている。
先輩:若い衆の先輩。伊達に年は食っておらず、咄嗟の機転が利く。
客1:二階にいた芝居小屋の客。次の幕までの間にはばかりへ急ごうとし
てえらい目に。
客2:鍋を注文した二人組の客の片方。とにかく気が短い。
客3:鍋を注文した二人組の客のもう片方。客2よりは気が長い。
語り:雰囲気を大事に。
●配役例
若い衆:
先輩・語り:
客1・2:
客3・枕:
枕:皆さんは歌舞伎や浄瑠璃というものを見に行ったことはあるでしょう
か?
そのずっと昔はお芝居開演中、あるいは幕間でもって芝居茶屋から
取り寄せましたこの食べ物、あるいは自宅から持参した弁当を食べて
しまうという事ができた時代もあったそうです。
昔の歌舞伎などの序幕なんと言いますと、あんまりいい役者は出てこ
なかったそうです。
市川猿之助の弟子で市川縁の下とか、市川怨霊ですとか、中村無念蔵
だとか、そう言うのが出てくる。
そういう時に「どうだい、ちょいと食べちゃおうじゃないか」とやる
。そういう時代の噺でございます。
語り:ある芝居小屋では若い衆がお客の注文と見えまして、鍋を手に提げ
て芝居茶屋から持ってきました。
まだ上演中だってんで、幕が閉まったら持って行こうと考え、
この鍋をはしご段の下へひょいと置いて、ボーっと待っていました
。
慣れてる若い衆ですと幕が閉まる事だけを気にしてればいいんです
がそうはならないもんで、余計な事を考えていた。
若い衆:はあぁ、近ごろどうもご祝儀のもらいが少ねえなぁ…。
いけね、噺家と同じこと言ってらあ。
客1:よぅし、序幕が終わったな。
ちょいとはばかりへ…うー急げ急げ…!
語り:チョンと柝の音が一つ入りますてえと、二階にいたお客様が、
若い衆のいるはしご段を勢いよくダダダっと駆け下りて参りました
。
若い衆:これじゃあ女郎買いにも行けやしねえなぁ…。
客1:急げ急げ…次の幕が始まる前にィあぢゃぢゃぢゃッちィィィッ!!!
若い衆:あっ、こ、こりゃいけねえ!
客1:あづづ……ッてめぇか、こんなとこに鍋を置きやがったのは!
若い衆:ッ…あ、あんたね…、
なべ(何故)こういう事するんだい?
客1:んなッ…この野郎ォ、洒落てるんじゃねえッ!
若い衆:あだッ!あ、あんた、別に殴らなくたっていいでしょ!
客1:何をォ!?
まだ言いやがるかこの唐変木のあんけらそォッ!
若い衆:あだァッ!!
先輩:相すいませんお客様ッ!どうぞ、お許しのほどを!
お怪我はございませんか?
大変な粗相をして申し訳ございません。とにかく慣れないもんで
ございますので。
あとでよく小言を言っておきます。今日のところは一つ、ご勘弁の
ほどを…!
客1:ちっ、しょうがねえな…ったく、気を付けろィ!
若い衆:あ、相すいませんッ!
客1:えぇちきしょうめ、とんだ災難って奴だ!
うー急げ急げ……!
おかげでさっき、ちびりと漏らしちまったじゃねえか。
…入ってなきゃいいけどよ。
先輩:……。
バカ。
まぬけ。
ドジ。
かんぷらちんき。
あんにゃもんにゃ。
おめえな、何てこと言うんだよ。
相手は客じゃねえか。
どんなこと言われたってご無理ごもっともってんで、頭ァ下げなく
ちゃいけねえじゃねえか!
ったくこっちで聞いてりゃ、なべ(何故)そんな事をしたって洒落
言いやがる。殴られんのもあたりめえだ。
で、その鍋ァ客の注文か?
若い衆:へい、そうなんで…。
先輩:急いでんのか?
若い衆:とにかく気の短いお客様でしてね。
幕が閉まったらすぐに持ってこーいって言われそうなんですから
。
なんとか早く持って行こうと思って、ここ置いて待っててこんな
ことになっちゃったんで…。
あああ、豆腐がぐずぐずに崩れてるよ…。
先輩:間抜けな野郎だな…急いでんだな?
若い衆:へいっ…。
先輩:そのまま持ってって食わしちまえよ。
若い衆:いぃいや、簡単に食わせちゃえよっておっしゃいますけどね…、
足が入っちゃってるんですよ。
豆腐が崩れちまってるんですよ?
先輩:足ったって、一本じゃねえか。
若い衆:いや、タコの足じゃないんですから。
先輩:足の一本入ったくらいいいじゃねえか。
これおめぇ、鍋がひっくり返っちまったんならどうにもしょうがね
えよ?
けどな、このくらいだったら、豆腐が崩れたくらいだったら
なんとかなる。
若い衆:けど…。
先輩:大丈夫だって!
これでまた注文のし直しをしてみろ。
遅くなったってんで怒鳴られるのはおめえなんだよ。
分かりゃしねえって。客がここで見てたわけじゃねえんだからよ。
昔からよく言うだろ。
「知らぬが仏、見ぬこと清し」って。
分からねえんだから、早えとこ持ってって食わしちまいな。
若い衆:…なるほどその通りだ。
客がここで見てたわけじゃねえんだ、うんうん。
っそれじゃ、遅くなるってとまた私が怒られるんで。
また殴られちゃつまらねえ。
さっそく持ってって食わしちゃいますから。
【二拍】
いやぁ、伊達に年食ってるわけじゃねえんだねぇ。
うまいこと言うよ、「知らぬが仏、見ぬこと清し」。
なるほどその通りだ。客があそこで見てたわけじゃねえんだから
な。分かるわけがねえや。
えぇ、お待ちどうさまでございました!
客2:何をしてんだよおめぇは!
幕が閉まったらすぐに持ってこいって、口が酸っぱくなるほど言っ
たじゃねえか!
ぐずぐずぐずぐずしてると、幕が開いちまうよ!
客3:やっと持ってきたのかい、気の長い野郎だね。
けどな、小言は小言、褒めるとこは褒めようじゃないか。
えれぇなあ、冷めねえようにってんで、鍋で持ってきたとこは感心
だな!
客2:確かにな!
鍋で良かった。お椀だとグシャっ…なんだ?
若い衆:ぁいえいえいえなんでもないです!
…「知らぬが仏、見ぬこと清し」、どうぞ…。
客2:なぁにを言ってやんでェ。
客3:さ、やっちゃいましょう!
客2:ええ。
いえね、こういうとこですから、決してうまいものを食べようって
んじゃないんですよ。
おいしいものはね、芝居がはねて外へ出て、あらためて食べ直すと
いう事にして、これはそれまでにちょいとお腹の中にね、繋ぎでも
って入れときゃいいんですから。
客3:鍋物は熱いうちが身上ですからね。
まずあたしがどういうものかちょいと先にお毒見をさせていただき
ますよ。
そりゃおいしいものを期待するんじゃなくて、どういうものを食べ
させるかってのを楽しみにするんで…おっ…。
乙なものを持って来ましたよ。くずし豆腐。
客2:…魚も崩れてますな。くずし魚ってのはあんまり聞いた事は無いん
ですけどね。
客3:まあまあ、とにかく腹に入ればいいんですから。
ここはどういうものを食べさせるかちょいと先にお毒見しますよ。
ふーっ、ふーっ、ずずずーーっ。
もぐもぐ…うん、うん…!
ささ、おやんなさい。いい出汁が出てますよこれは。
うん、これだけの物だったら、うん、ずずっ。
客2:ずずっ、ずずーっ、もぐもぐ…。
うん、これァいい味だ。
なんか時々じゃりじゃりって言いますけどね。
客3:もぐもぐ、ずずっずずずっ。
んっ…豆腐が堅い。
嚙み切れない豆腐ってのは珍しいですな。
語り:若い衆がなんとか誤魔化して食べさせていると、先ほど鍋に片足を
突っ込んだ男が彼の背後ににゅーっと立ったもんですから、
驚いたのは芝居小屋の若い衆。
客1:おい、さっきの。
若い衆:!ぁっ、え、なっ、なんでしょう?
今お客さんに食べさせてるんです。
あなたに今ここへ来られると困るんですよ。
すいません、もうちょっとむこうへ行っていてください。
客1:なに言ってやんでェ。
俺ァ忘れ物を取りに来たんだ。
若い衆:えっ、何を忘れたんです?
客1:鍋ン中に草履を片っぽ忘れちまったんだよ。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
桂歌丸
※用語解説
・浄瑠璃
三味線を伴奏楽器として太夫が詞章を語る音曲・劇場音楽である。
単なる歌ではなく、劇中人物のセリフやその仕草、演技の描写をも含み、
語り口が叙事的な力強さを持つ。
このため浄瑠璃を口演することは「歌う」ではなく「語る」と言い、
浄瑠璃系統の音曲をまとめて語り物と呼ぶ。
・幕間
まくあい、とも。
芝居の演技が一段落して幕をおろしているあいだ。芝居の休憩時間。
・芝居茶屋
江戸時代の芝居小屋に専属する形で観客の食事や飲み物をまかなった、
今で言う劇場のお食事処。
・はばかり
おトイレ。
・柝
歌舞伎や相撲などの舞台で使われる拍子木のこと。
幕が開く時や閉まる時、また場面転換の合図として打ち鳴らされる。
一般的には「拍子木」と呼ばれるが、舞台上では「柝」と呼ぶことが多い
。
・かんぷらちんき
調子のいい男のこと。
・あんにゃもんにゃ
意味のない罵倒言葉。
なんじゃもんじゃがなまったものだそうである。
・知らぬが仏
「知れば腹が立ったり悩んだりするようなことも、知らないままでいれば
心の平静を保っていられる」という意味のことわざ。
つまり、「知らなければ仏のように穏やかな心でいられる」ということを
指す。
・見ぬこと清し
実際を知らないでいるうちは、何事もよく見えるものである意。
美しい菓子や料理にしても、その材料や調理場をみてしまうと、
どうにも気になって食欲が減退することがある。
ちょっと見ただけでは真の姿のわからないものは多い。
・芝居がはねる
芝居や寄席などの公演が終わることを意味する演劇用語。
・あんけらそ
大阪弁でぽかんとしている様、またその人。
「あんけ」はぽかんと口を開けているさま。