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クロニクル・エヴァーガーデン  作者: ロクト
第一部 悲しき冒険譚の始まり編
9/20

09

ドサリ、という重い音を立てて、父の体は石畳の上に崩れ落ちた。


私は、何度もその名前を呼んだ。


もう、何もかもが手遅れだと言うのに。


「私も!!! 愛してるからね…!!! お父さん!!!!」


私は、何も喋らなくなってしまった愛する父に、そう語りかける。


結局、言えなかった。この想いだけは、いつでも伝えれると思っていた。だけど、もう遅い。何もかもがもう手遅れだ。


お父さんは、もう戻らない…! 今は心臓の微かな鼓動を感じられるけど、もうすぐお父さんは死んでしまう。


だから、もう私は、お父さんを守るどころか守られてしまった自分を許せない。私は子供じゃないのに、守られてしまったのだ。


私は、また…………


「シャー…ナ。メア…リー」


その声は、柔らかい私の愛し、敬愛した人の声。その微かに柔らかい日の光と共に、お父さん…貴方は、その言の葉を口ずさむ。


ーー愛しているの裏返しの…言の葉を。


「幸せになれよ。…そんで、長生きしろよ。俺は、お前達のことだけを願っているから…な?」


その言の葉は、あまりにも酷く、残酷であった。


でも。


「お父さ…ん…!!!」


あの悲しみに脆いメアリーが、嗚咽と共に止まらなくなっていく言葉を止め、ただ頷く程、お父さんの温かさがこもっていた。


…これが、お父さんだ。私達のたった一人の父親だ。だから、私はお父さんを、抱きしめる。「シャーナ…!! 俺!!!」ただ…父が何を言おうと、抱きしめ続けた。何故なら、彼こそが、私のたった一人の父親なのだから。「ありがとう。お父さん。…苦しかっただろうけど、今まで、生きていてくれて…本当にありがとう」私がそう言うと、お父さんは私を、そして近くで嗚咽していたメアリーをただ…抱きしめる。「お前達は、これからも、幸せに、たくさん生きていくんだぞ。……それが、父さんからのたった一人の願いだ」


父親の微笑む顔と、閉じる口。


もう、戻ることはない。そう確信させるほどに、綺麗な父の死に顔であった。


「お父……さんっ!!」

私は、もう動かなくなった父の亡骸の前で、涙を流し続けた。隣ではメアリーがしゃくり上げるほどの嗚咽を漏らしている。その慟哭は、私達の父への愛情そのものだった。

「……許さない」

汗の滲む拳を、爪が食い込むほど強く握りしめる。体内で荒れ狂うマナを制御し、憎むべき敵――父を殺した女の前に立ちはだかった。

「あら、どうしたの? シャーナ」

嘲るような声。

私はゆっくりと深呼吸する。

(お母さん。……いいえ、あなたは、私の母親なんかじゃない)

よくも、よくも……!

「私のお父さんを……」

「あらあら、声が小さくて聞こえないわ♫」

――殺してやる。この魔女だけは、絶対に。私は、制御されたマナとは裏腹に、声にありったけの怒りを込めて叫んだ。


「私の父親を殺したなッ! この魔女め!!」

怒声を合図に、即座にしゃがみ込んで地面に手を触れる。

全ては、この禁断の魔法で時間を止め、目の前の仇を討つために。

「時よ止まれ――〝クロニクル・タイマー〟!!」これは、エリュガードにも、父さんにも、メアリーにも明かしていなかった、私の前世から受け継いだ秘術。

莫大なマナを消費する諸刃の剣だが、もう構わない。わずか10秒。その一瞬に全てを懸けるしかなかったのだから。

世界から音が消え、色が凍りつく。この静止した世界で呼吸をする生命体は、私だけ。

私はこの、皮肉なほど美しい世界で、〝さよならの呪文〟を紡ぐ。

「命交換魔法……」

等価交換の呪文を唱え始めると、この世への未練が奔流のように心をよぎった。

メアリー、そしてエリュガード。二人の顔が浮かぶ。

(ごめんね。もう、一緒にはいられない)

私は、この止まった世界で、一人で死ぬのだ。

……いざ死ぬとなると、色々なことを思い出す。

短いけれど、濃い人生だった。

こんな無様な私を、ヘルクは許してくれるだろうか……?


「――させないわ、シャーナちゃん。あなたには、まだ役割があるもの」

その声は、止まったはずの世界に、何の違和感もなく響いた。気づけなかった。

音も、気配も、何も。

(……手刀、か)

まだ10秒のうち、8秒も経っていないのに。

(私の時間停止の中でも、動けるなんて……)

化物……め。私は為す術もなく、冷たい石畳に崩れ落ちた。

消えゆく意識の中、メアリーとエリュガードの声が何度も木霊する。それは走馬灯ではなく、現実の叫びだと、なぜか分かった。

ああ、どうやら、10秒は過ぎたみたい。

時間が、また動き出したんだ。

それと……エリュガード。

明日、あなたの誕生日だったね。いつも助けてもらってばっかりで、私、あなたの為に何もしてあげられなかった。

だから……ごめん、ね。


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