02
「これは…誰の"骨"だ?」
エリュガードの言葉に、私は目の前に広がる光景に息を呑んだ。真っ白な部屋の真ん中に、台座型のショーケースが置かれている。その中には、明らかに人間のものと思われる綺麗な頭蓋骨と、異様に削られたり焼かれたりした跡のある腕や胴の骨が納められていた。
父さんが、それを見てわななくように唇を震わせた。
「まさか……これは、"聖女アグネスの聖遺物"……!? なぜ、こんなものがここに…!」
父さんの反応に、エルザは静かに頷いた。
「ご存知だったのですね。……千年前、ある魔女を封じた"聖女"の遺骨です。父は、これを守っていました。そして、父を殺した犯人は、この遺骨を狙っています」
白い部屋に、エルザの声が響く。それは、どこか懇願するような響きを帯びていた。
「私は、お父様を殺した犯人を止めたい。お願いです。力を貸してください…!」
その願いに、それまでの静寂を破ってお父さんが激昂した。
「ふざけるな! そんな無茶苦茶な願いが通ると思っているのか! なぜ私の子供たちを、そんな危険なことに巻き込もうとするんだ…!」
父さんの大きな声に、エルザの肩がびくりと震えた。その瞳にはみるみる涙が溜まっていく。
「ごめんなさい…ごめんなさい…!でも、どうしたらいいか分からないの! 一人じゃ怖い…! このままだと、犯人はきっとあなたたちのことも探しに来る…! そしたら、私のお父様みたいに…!」
エルザは俯いて、ポロポロと涙をこぼした。その肩にそっと手を触れると、彼女の身体が小刻みに震えているのが伝わってきた。
大丈夫、と囁き、私は震える肩を安心させるようにポンと叩いた。そして、エルザの元を離れ、父さんの前に立つ。顔も声も知らないお母さんがいない今、私達を守れるのは父さんだけだ。でも、私達がお父さんを守らなくちゃいけない時だってあるはずだ。
何より、父さんのあんなに苦しそうな顔は、もう見たくなかった。
私は一度言葉を切り、父さんの目をまっすぐに見つめた。
「怖いよ…すごく怖い。でも、このまま逃げても、いつか捕まるかもしれないんでしょ? メアリーに何かあったら…私は絶対に嫌だ。それに、エルザさんの気持ち、少しだけわかる気がする。もしお父さんが殺されて、犯人が野放しになってたら…私、きっと何もしないでなんていられない」
私は自分の拳を握りしめる。
「お父さん、私、もう守られてるだけの子供じゃない。戦う方法を教えて。自分の力で、メアリーや…お父さんを守れるようになりたい」
私の言葉に、今まで黙っていたエリュガードがニヤリと笑って口を挟んだ。
「シャーナが決めたんなら、俺も付き合うぜ。それに、あの"狩人"に借りを返しておかねえとな。なあ、ケインさん。このまま見過ごすなんてのは、あんたが一番許せないことなんじゃないのか?」
父さんは、私とエリュガード、そして涙をこらえてこちらを見つめるエルザの顔を順番に見て、深く、深いため息をついた。
しかし、その後に訪れるものは、沈黙であった。
その父親の沈黙は、残酷な真実の暗示そのものだった。そして、その沈黙はとても長く、私は固唾を飲んで、その答えを待った。そして、その時は、意外にも早く訪れた。
「シャーナ。…お前がどう足掻いても、魔女の後継者に勝つことはできない。絶対に…だ」
ー魔女になれない。父の言葉は、親としての気遣いではなかった。一人の天才が、凡人に下す冷徹な宣告だ。前世の記憶を持つ私には、その残酷な真意が痛いほどわかった。
それでも、抗わずにはいられない。この衝動は、前世から続く呪いなのか。友と、果たせなかった約束のせいなのか。
だから、私はこの真っ白で鮮やかさも何もないこの部屋にて。お父さんの淀んだ眼を見て、言いたかった。お父さんを、その言葉で救いたかった。
ーお父さん!! それでも、私は…!!
『警報』
ー静部屋が、ジリリ!!と鳴り立てる警報音に引き裂かれた。空爆のような轟音。壁という壁が、血のような深紅に染まる。『警報』。無機質な声が、ただ繰り返される。侵入者だ。敵が、すぐそこまで来ている。
その全てを悟った父の決断は、あまりにも早かった。
「逃げろぉ!!! シャーナ!!! メアリー!!! エリュガード!!!」
ーああ、終わってしまう。ようやく手に入れたはずの、ささやかで幸せな毎日が、今、この瞬間に。
父が、詠唱もなく魔法を紡ぐ。命を削る禁忌――寿命交換。目の前の空間が、ぐにゃりと歪み始めた。
ーお父さんが、死ぬ。
そう思ったメアリーは、空間の歪みが私達を包み込む前に、喉が張り裂けんばかりの声で叫んだ。
「お父さあん!!!!! 死なないでよおお!!!!!」
頬に、一筋の涙が伝う。なのに、父は穏やかに微笑んでいた。希望を、未来に託すように。
「ごめんな…シャーナ。メアリー。エリュガード。俺は…!!」
ブルルルン!!と、ただ鳴り響くサイレンの音。
お父さんは、最後に必死に何かを伝えようとしているが、私達の耳には聞こえない。
ーー正直、もう、お父さんは助からないと、思う。
もっと、話しておけば良かったなあ。
本当に、心の底から、そう思う。
だって、もうお父さんとは、もう…!!
「魔女よ…!! お前の盲点は俺だ!!!」
聞き覚えのある声がする。
その声と同時に、時空系の魔術が放たれたような「チクタクチクタク……」という音が私の耳をかすむ。そして、それらの音を合図に、次元の切れ目は消えた。
そして、秘密の部屋も、その本来の純白さを取り戻した。
「お父さん…!!!」
私達3人は、お父さんに抱きつく。
「お父さあん!!!!!」
お父さんは、無事だった。
何故なら、そこに現れたのは…
死んだはずの公爵殿下であったからだ。
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