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私の前に現れたその男から匂う悪魔特有の異臭が、私の鼻の中を通り抜ける。そして、彼の特異な点は、その異臭だけではない。彼の肉体は、一部黒みがかっていたという点で、人間の姿とはかけ離れていた。
「お前は、誰だよ。私達の戦いを邪魔をしたんだから、死ぬ覚悟はできてんのか?」
私が剣を構えるも、彼は動じない。
「あと、もしかして、お前、楽園教の悪魔だな?」
彼は答える気配を見せない。それでも、私は全くと言っていいほど構うことなく、続ける。
「それにしても、このGUILTY、洗脳系とかではなく、領域系のGUILTYだよな? てことは、お前……"傲慢"だろ? あの七つの大罪のうちの」
しかし、彼は私のその複数の問いを無視して、一言だけ、言う。
「お前達は、復讐などというチンケな理由で、俺の主に近づくべきではない」
私はそのフル無視男の言葉に腹を立てながら、剣を握る。
しかし、私が踏み込むより先に………彼はゆっくりと動き始めた。
なんと恐ろしいことに、その男は私が踏み込んだのと同時に立ち上がり、私が一歩進んだのと同時に、ゆっくりと歩き出し、私が三歩進んだ辺りで、私の隣へと並び立ったのだ。
────もしかして、この固有領域…………時空系の能力も混じっているのか?
私がそんな予想を立てている間に、既にその男は私の右肩をポンポンと叩いてきた。
そして、私に呪いの言葉をかける。
「だから、シャーナたちにも伝えてくれ。────『新大陸にだけは、近づくな』………と」
私は当然の疑問を彼にぶつける。
「シャーナ達って……なんで、お前がそれを言う? お前、悪魔だろ。それも、GUILTYを使えるということは、七つの大罪クラスの…………」
「それは」
────その言葉の終わり際、彼から感じられたのは、深い哀愁。彼はその表情で、呪いの言葉を吐き出す。
「シャーナとメアリーは、この俺────ケイン・ロビンソンが人間だった頃の娘だから……といったところだろうな」
そして、彼がその哀愁に満ちた表情を見せたその次の刹那。
そのGUILTYの固有領域は、音を立てて崩れ、消え去った。
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「グルーシャさん!! 目を覚ませ!!!」
「グルーシャさん!! 俺達の為に沢山尽くしてきたあんたは死んじゃ駄目だ!!! 生きてくれ!!!」
────みんなの声が、聞こえる。
この感じ────私は、あの"GUILTY"の固有領域が崩壊してから、頭から地面に落下して、気を失ってた……のか?
それに、ここは…………花畑?
それと、みんなは…………
「町のみんなと私の仲間は!!!!」
私はその叫び声と共に、目を覚ます。そして、そこにいたのは…みんなだった。みんな、凄く私を心配してくれてる。でも、私には…分かる。
「町………壊されちゃった。人も、沢山………ごめん。私がふがいないせいで!!」
「いや、良いんだ」
それでも、みんなは優しかった。
みんなは、私に深々と頭を下げる。困惑しながらも、嬉しさを感じていた私に、町のみんなは言う。
「グルーシャ船長!!! 今まで俺達の為にありがとう!!! あんたのおかげでこの街はここまで大きくなれた!!!」
「みんな…!!」
私の瞳から、涙が伝う。その涙で瞳が濡れた為か、私は前が少し見えづらくなっていた。
でも、それでも。
町のイカ焼き屋も運営してた町長のザンギエフさんが、私に歩み寄ってくれてるのが、私の瞳には映った。
そして、そんなどうしようもない私を………
ザンギエフさんは、抱きしめてくれた。
「今までありがとう。グルーシャ。………これからの復興は、俺達で頑張るから、お前は自分のやりたいことをやれ。お前は、本当によく頑張った。だからこそ、お前の海賊の仲間と一緒に、人生を生きるんだ。それが、俺達からの願いだ」
そして、最後に彼はこう付け加えた。
「今まで、ありがとう。グルーシャ。お前は俺達の可愛い娘だったなあ。本当にありがとう」
「……うん。ありがとう。みんな」
私は、泣きじゃくる私に鞭を打って、とびっきりの笑顔を作る。
「みんなは私にとっての仲間であり…!! お父さんでした!!!」
────メアリー暦1012年。
私の故郷は、余りにも優しく…温もりで溢れていた。




