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「女海賊……貴女が? とてもそうには見えないですけど……」
自らを海賊だと名乗る、大人しそうな女性。彼女の目は、くりくりとしたつぶらな瞳で、花を愛でる彼女の身体は、恐らく、彼女と同じくらいの年代の女性よりも更に小柄だった。そのため、私には彼女が女海賊であるようには見えなかった。
「あの〜……グルーシャさん?」
黙り込む彼女に、私が問いかける。
その時であった。
「海賊だ!!! 海賊が俺達のシマを奪いに来たぞお!!!!」
海賊と思われる男が町内放送でそう叫ぶと、サイレンという名の警報が街中に鳴り響く。この高台にある花畑から見える…海賊に誘導され、列を成して逃げる人々の姿は、まるで慣れたような感じだ。そして、彼らがその海賊の誘導に素直に従うということは、彼らはこの街を治めている海賊のことを心の底から信頼しているということの裏返しであるのかな、と私は思った。
では、そこまで信頼されてる理由は、何なのだろうか?
────「ここは海賊様のおかげで潤ってんだ!! 君達子供にまで代金は要求しねえよ!! ガハハ!!!」 イカ焼きを売ってたおじさんが言っていた言葉。
やはり、この街の海賊は義賊なのだろうか?
でも、それはどうして?
そんなことを私が考えていると、グルーシャさんは立ち上がり、私達に言う。
「シャーナ達もついてこい。きっと、面白いものが見える」
刹那、グルーシャさんが見せたのは異次元の踏み込み。そして、彼女は私達を完全に置き去りにし、神速で現場の海付近へと向かった。
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私達は、ゼェハァと息を切らしながら、痛くて動かなくなりそうな足に鞭を打ちながら、現場に向かった。石畳の街道を強く蹴りながら進んでいる間、私は今にも、地面に倒れ込みそうだった。
でも、世界には、こんなにも強い人達がいる。
以前なら、まだ8歳だからと、言い訳にしていたが、今はそうにもいかない。
だって、お父さんは死んだ。私達が弱いせいで、死んだんだ。
なら、私達は強くならないといけない。だから、誰よりも速く現場に着いて、グルーシャさんの戦いを見なければならない。あれほどの速度で走れる人間だ。弱いはずがない。
だから、私は、彼女の強さを目の当たりにしたかった。今の数倍も、強くなる為に。
今度こそ、大切な人を守る為に。
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「来たか。シャーナ…それにお前達。ちっこいのはまだのようだけどな」
そう言うと、そこにはグルーシャさんと、いかにも海賊といった感じの風貌の男がいた。
潮のそよ風が吹く中、男はグルーシャさんに対して、啖呵を切る。
「お前があのグルーシャかぁ? 大海賊団"シーガレオ"の船長がこのザマなら、世話ねえぜ!!! それに後ろのガキ達は何だぁ!!? アハハハ!!!」
────グルーシャさんが、大海賊団の船長?
それは、あまりにも意外な展開だった。彼女の出している底しれないマナのオーラから、幹部クラスだとは思っていたけど…
大海賊団の船長にしては、余りにも肝心のマナの総量が少なく見える。
私は幼い頃から、他人のマナの総量を見抜くことが出来た。
だから、分かる。彼女のマナの総量は、私と対して構わない。
────しかし、そんなこともお構い無しに、その男海賊は、続けた。
「だが、念には念を。野郎共!! 50人でグルーシャの命を狩りとれぇ!!!」
まさに、数の暴力。
50人の屈強な男達は、1人の貧弱な身体つきをしている1人の女の人に襲いかかる。
「グルーシャさん!!」
私が前に出ようとすると、エリュガードが私の肩を掴み、止める。
「大丈夫だ。シャーナ。……あの人は死なねえ」
「……え?」
「あの独特なマナ…恐らく、あの人は世界有数の造花術士……つまり、俺達と同じ、転生者だ」
────グルーシャさんが、転生者?
その予想外の事実に、私が明らかな困惑の表情を見せたが、エリュガードは続ける。
「まあ、見てろ。多分だが、あの人は相当強いぞ」
エリュガードがそう言った次の瞬間。
辺りの石畳に花が咲き始める。
「なんだぁ?」
その一瞬の出来事に、シマを奪いに来た海賊の親玉らしい男の動きが、一瞬止まる。
────それは、"迷える死者の楽園"。
その楽園の名前を、彼女は呟く。
「花よ散れ。────"CHRONICLE EVERGARDEN"」
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「あんたらの罪は、私のいるこの港町を狙ったことだ」
グルーシャさんがそう言った時には、もう既に、辺りに蛮族の血飛沫が舞っていた。そして、50人の海賊は音すら上げることなく、その"斬撃"によってミンチにされ、宙を舞い、やがて地に堕ちた。
その50の海賊の死体は、もはや原型を留めておらず、ただのつまらぬ肉塊と化していた。中には、身体中が細切れにされ、肉ですらなくやっているものもあり、それは死体と呼べるかすら怪しかった。
────そして、その血肉の醜さは、自らの欲望の為に、賊としての行為を行おうとしていた海賊の心を映しているようであった。
しかし、グルーシャさんの瞳は、黒く欲望の色に飲まれてはいなかった。その瞳は、あまりにも真っすぐで、純粋だった。
その凛々しい表情を見た私の、彼女はやはり義賊なんだろうな、という思いが増していく。
でも、この人の顔……
敵を殺すときは、凄く怖かったよな。
まるで、何かに怯えているような、それとも…
しかし、そんなことを考えながらポカーンとしている私と、その影で怯えるメアリーに、彼女は微笑みかけ、語りかける。
「4人共。今日の夜に、私の親父がやってる店に来る? 今日の夜は豪勢な飯が食えるよ!!」
────私は、嬉しかった。
その時、私の大切な人が増えた気がして。
今は会ったばかりだからそんなだけど、私はこの街の人達や、この義賊の人達と、これから少しずつ仲良くなるんだろうと思った。
……そう思っていた。
「見つけた。シャーナ」
そのどこか懐かしい声が、私の頭に響くまでは。
刹那、この世のものとは思えないほどの轟音が、街を包む。そして、現れる純白の巨竜の影。私が上を見上げると、その巨竜は大きな咆哮を上げながら、外壁を抉り、屋根を吹き飛ばしていった。
「白龍だあ!!!! 白龍がこの街を消しにきたんだァ!!!!!」
町内放送で流れる男の悲痛な叫び声。
逃げ惑う人々と、泣きわめく子供の声。
全てが非現実的だった。
────街の終わりが、始まる。
そんな身の毛がよだつほどの恐ろしい予感が、私の背筋を伝った。




