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「…………それは」
エリュガードは、言葉に詰まった。
分からない、と全身で叫んでいるかのような、苦しい沈黙だった。
そんなことは、分かっていたはずなのに。
彼がたとえ転生者だとしても、私のヘルクではないことくらい。
父の面影をエリュガードに重ねてしまっているのは、自分なんだってぐらい。悲しみから逃れるために、別の強い感情に縋ろうとしていることぐらい。そして、そんな自分を、私は嫌いなんだってことぐらい。
……私は、エリュガードの優しさに甘えているな。
でも……それでも、信じてみたかった。
もう一度、ヘルクに会いたかったから。
「もしかして、シャーナ……お前……」
エリュガードが何かを言いかけたが、続く言葉を喉の奥に飲み込んでしまう。
「……やっぱり、何でもない。ごめん、シャーナ」
「言ってよ、エリュガード! 私には何でも話してくれるんじゃなかったの!?」
私の強い言葉に、エリュガードはびくりと肩を震わせた。
「……お前は、……なのか」
「え……?」
「お前は、レイナ……なのか?」
レイナ。
……知らない名前。
そっか……やっぱり、違ったんだ。
失望が胸に広がり、視界が滲む。けれど、それ以上に私の心を捉えたのは……目の前にある、エリュガードの顔だった。
くしゃくしゃに歪んだ、泣き顔。
私が初めて見る、彼の弱さだった。
「ごめん、シャーナ……! ごめんな! お前がレイナじゃないのは分かってる! だけど、俺は……!」
私は、彼の苦しむ顔が見ていられなくて、昨日エルザを抱きしめた時よりも、ずっと強くその体を抱きしめた。
「絶対に離さない。私は、絶対にあなたと、ずっと一緒にいるから」
腕の中で、エリュガードは子供のように何度も頷き、「ごめん、シャーナ……!」と繰り返した。
でも、違う。謝ってほしいんじゃない。
私は、そんなあなたの弱さも全部含めて、好きなのだから。
「大丈夫だよ、エリュガード。私は、ずっとあなたの味方だから」
ねえ、エリュガード。
この想いは、あなたの心に届いていますか?
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「港町シラス? 確か、あの民衆に愛された大海賊がいる街のこと?」
気持ちの良い夏風と、朝日が私達を包む。そんな素敵で開放的な日のこと。エルザは、次行く街に関する意外な提案を出す。
海賊の街シラス。その街は確かに海上貿易の豊富な港町であるが、その実態は、違法な海上貿易を行い、その市場価値を無視した商品の代金を、貴族や王族といった金に疎い富者達から貪り取る悪代官じみた英雄的存在が街を牛耳っている。
そして、その相手の足元を見ながら商いを行う民衆のヒーローこそが、大海賊団"シーガレオ"である。
ここで、私には一抹の違和感が生まれた。
その違和感は、私の鼻の奥でむずむずしく残り続ける。
「なら、その悪い海賊はどうして、民衆のヒーローになれたの?」
すると、エルザは意地悪そうに、うっとりとするような笑顔で、微笑む。
「それはね。行ってみたら分かると思うよ。何事も経験が大切だからね」
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翌日の朝。メアリー以外の私達3人は、早起きして、前日の荷造りの続きに、せっせと取り組む。
どうやら、メアリーは昨日の作業で疲れて、寝てしまったらしい。私は、そんな幼い彼女の小さな身体に、厚くてもふもふの毛布をかけてやった。
私は、そんな彼女の愛しい寝顔に、そっと口づけをして、彼女の耳元で囁いた。
「君も…死なないでね。メアリー」
その囁きを意に介さないぐらい、ぐっすりと寝ている彼女の寝顔を見て、満足した私は、シラカバの木材で作られたドアノブに手をかけ、「ゆっくり寝るんだよ」と囁き声で呟き、部屋を出ようとする。
その時、メアリーは、むにゃむにゃ声で、寝言を呟く。
「………アンナ」
アンナ・ロード。
それが、私の前世の名前だ。
私は、あまりの驚きで、その場に立ちすくんだ。
なんで…
なんで、メアリーが私の前世の名前を知ってるの?




