第3話:余韻と“代償”の予感
魔核獣の死骸が崩れ、
紫の血が土に染み込んでいく。
匂いはまだ鼻の奥にこびりついて、
それを吐き出そうと何度も呼吸を繰り返す。
そのたびに、
剥き出しの胸元に冷たい風が触れた。
ひゃ……っ。
思わず体を丸める。
でも装甲はさっき砕けてしまって、
そこには何もない。
代わりに、
魔力紋が淡く赤く光っていて、
そこがまるで心臓みたいにドクドク動いているのが分かった。
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「……だいじょうぶ?」
ふいに、頭の上から声。
顔を上げると、
ヒロインがしゃがんで私を覗き込んでいた。
長い黒髪がさらりと揺れて、
その中から覗く瞳は、
まるで黒曜石みたいに深く、冷たくて、
でもどこか……私を溶かすほどに優しい。
「っ……は、はい……だいじょ……ぶ……」
声が、喉で引っかかる。
口の中が乾いて、唾が貼りつく。
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「ほんとに?」
「……はい……っ」
ヒロインは、少し口角を上げて、
小さく笑った。
その笑顔を見ただけで、
胸の奥が、またズキン……と疼いた。
やだ。
装甲がない。
見られてる。
私の、変に赤くなってる魔力紋まで。
「……だめ……見ないで……」
声が勝手に漏れた。
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ヒロインは、
そんな私の声に微かに眉を上げ、
それから、くすりと笑った。
「……ほんと可愛い、リゼット」
その言葉が、
耳じゃなくて直接胸の奥に響いた気がした。
ドクン。
心臓が跳ねて、
魔力紋が脈打って光った。
薄い皮膚がぴくんと動いて、
そこにまた風が触れて。
「ひゃ……っ……や……」
今度は変な声が出た。
胸の先が、びくびく震えて、
熱いのに冷たくて、どっちなのか分からない。
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「平気よ」
ヒロインは、
そっと私の肩に触れた。
その手は細くて、
魔法を繰り出す人のものとは思えないほど柔らかで。
でも力強くて、確かだった。
肩から腕、そして腰へと触れられるたび、
装甲が剥がれた場所に直接触れられる錯覚がして、
思わず体が跳ねる。
「ぁっ……!」
「ほら、見せてごらんなさい。
恥ずかしくない。
これは、リゼットが戦ってくれた証よ」
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「……っ……でも……」
涙が滲んでくる。
恥ずかしくて、悔しくて、
でもどこかで、安心してしまう自分がいる。
ヒロインの手が、
剥き出しの魔力紋の上にそっと重なった。
冷たい。
いや、温かい。
どちらともつかない感覚が、
装甲の内側――じゃない。
肌に、骨に、脳にまで届く。
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「ん……っ……や……っ……」
震えが止まらない。
息が荒くなる。
息を吸い込むたび、
森の腐臭と彼女の匂いと、
私の焦げたみたいな汗の匂いが混ざる。
「ね、リゼット」
ヒロインの声が低く落ちる。
「これからもっと、強くなるのよ。
その羞恥も痛みも、
全部あなたの力になるんだから」
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私は小さく頷いた。
怖い。
でも……
装甲が砕けた場所から、
魔力紋がまたゆらりと光って、
そこからじわじわと力が滲み出していく感覚があった。
恥ずかしさと、
それを包むヒロインの手の優しさと、
全部が一緒くたになって、
頭が痺れてくる。
「……うん……わかってる……」
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ヒロインはそっと微笑む。
「いい子」
その言葉が、
まるで口の中に直接落ちてくるみたいだった。
甘くて、苦くて、
息が止まってしまう。
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私の脳裏に、
砕けた装甲の破片がキラキラと散って消える光景が、
何度も、何度も繰り返し浮かんで。
それがやけに綺麗で、
涙が一滴だけ、
頬を伝って落ちた。