第2話:初戦闘、そして“一点突破”の錯覚
あの森に踏み入ったときから、
ずっと私の胸は落ち着かなくて、
装甲の中で小鳥みたいに暴れ続けている。
装甲――そう、PSU。
私には、ちゃんと見えている。
濃い黒銀色の金属。
首元まで覆う重厚な板金が何層にも連なって、
肩には脈動する血管みたいな赤い文様が走っている。
胸元から腹、太ももにかけては
滑らかなプレートが鎖のように噛み合わさって、
動くたびに、カシャ…カシャ…と小さく鳴る。
冷たいのに、内側はかすかに熱い。
私の鼓動が装甲を通して脈動してるのが、ちゃんと分かる。
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「リゼット、気を付けて」
ヒロイン――黒髪のあの人が、私の少し前を歩きながら振り返る。
彼女の声が届くたび、装甲の隙間に空気が滑り込み、
胸の奥がゾワゾワと疼く。
「は、はい……」
情けない声が、ヘルメットの内側みたいに響いた。
もちろん、頭には何も被っていない。
でもこの感覚は確かに、私の錯覚じゃなかった。
私はちゃんと、この見えない重装鎧を纏っている。
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突然、草むらが裂けるような音。
「来るわ」
その一言と同時に、
森の奥から黒い塊が飛び出してきた。
魔核獣――
カチカチにひび割れた黒い甲殻、
節だらけの脚がいやらしく地面を叩くたび、
腐肉と鉄錆の混じった匂いがあたりに散った。
鼻がひりつく。
思わず装甲越しに息を詰める。
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「私が……やります!」
声は震えていた。
けど、剣を強く握る手には、確かな感触があった。
この剣も、錯覚。
でも私には見えている。
長くて、冷たくて、刃先が僅かに赤く光る。
装甲を軋ませて、一歩踏み込む。
地面の感触が鎧靴越しに伝わってきた。
土が沈む重さが心地よい。
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「はあぁぁっ!」
剣を思い切り振り下ろした。
でも。
――ガキィィィィン!
硬い。
甲殻があまりに硬すぎる。
衝撃が剣を伝い、手首から肩、首筋まで駆け上がった。
「っく……!」
装甲の胸元が、ギシッと鳴った気がした。
冷たい板金が私の脈動に負けて、割れそうに感じる。
息が苦しくて、肺が押し潰されそうだった。
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「リゼット、パージしなさい!」
ヒロインの声。
まるで私の奥底を直接撫でるみたいな声。
「なっ……パ、パージなんて、まだ……っ!」
視線が泳ぐ。
魔核獣が息を吐いた。
腐った匂いが装甲を突き抜けて鼻に届く錯覚。
もうだめだ。パージしないと、仲間を守れない。
でも、パージなんて――
装甲が剥がれる。
それは、私の“皮膚そのもの”が剥がれる錯覚。
それがどれほど恥ずかしくて、恐ろしいか。
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「リゼット……!」
ヒロインが叫ぶ。
その声が、私の最後の支えを突き崩した。
「っ……や……! だ、ダメっ……パージしちゃ……!」
装甲が――砕けた。
ガラガラガラ……と砕け落ちる金属の音。
胸元の厚いプレートが、細かな破片になって舞い散る。
視界に銀黒の破片がキラキラと散って、
そこから私の白い肌が――
「っ……きゃあ……っ!」
露わになる。
そこには、複雑な魔力紋が淡く浮かんでいた。
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空気が、冷たい。
装甲があった場所が、もぬけの殻になって、
直に空気が触れる。
胸の先からお腹まで、薄い皮膚の上を撫でられて、
「ひぁ……っ」って声が漏れた。
羞恥で頭がおかしくなりそう。
こんなに見られてる。
ヒロインに。
魔核獣に。
この森に。
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でも――
次の瞬間、魔力が脈打った。
ドクン――!
魔力紋がぐわっと光って、
その熱が肌を舐め回した。
血液が逆流するみたいに、一気に力が満ちる。
「……っ……い、いけぇぇぇぇっ!!」
剣を突き立てる。
さっきまで硬かった甲殻が、嘘みたいに裂けた。
中から紫の血が噴き出し、
鼻の奥まで酸っぱくて腐った匂いが満ちる。
でも――嬉しかった。
守れた。
私、ちゃんと守れた。
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「よくやったわ、リゼット」
ヒロインが言った。
その顔がやけに近くて、
私の剥き出しの胸元を覗き込む。
「か、かんべんして……っ……見ないで……」
装甲が砕け散った部分は、薄く脈打って、
呼吸するたびに魔力紋が赤く瞬いた。
こんなところ、見られたくない。
でも……
見られたくないのに、
見られているのに、
心臓が、まだ、止まってくれなかった。