第16話 神獣と月の海
神獣と月の海
「ムーン大学長の研究は今お話しした通りですけど、私の研究では水がありますね。どんな病気や怪我も治すことができる奇跡のような水。『月の海』と私が名前をつけて(白い兎たちに信仰されている月の聖地の名前だった)その名前で呼ばれていますが、命がそこにあれば、もとの健康な状態に命を戻すことができます。それだけではなくて、若返りや疲労回復、美容の効果もあるんですよ。いやー。苦労しましたよ。いろいろなことを試しましたからね。もちろん、本当ならやっちゃいけないことも、やったりはしました。ないしょですけどね。そうしないと、研究なんていつまでたっても成功しないですからね。きっと世界中の人たちが私に感謝をしているはずですよ。私たちの命を助けてくれて、ありがとう、ミカと言ってね。あ、そういえばもちろんレアもセラも知っていると思いますが、大学エデンのお店(学生のための売店)でも月の海は売っていますからよかったら買ってくださいね。売れれば売れるほど、私の次の研究の資金になりますから」
しっしっしっととっても悪そうな顔で笑いながらミカは言った。
「私たちは大学エデンで毎日学び、知識を得ています。では知識とはなんのためにあるのか。それは自分の身を守るためです。長く生きるために知識はあるのです。私たちはいつも競争ばかりをしていますが、知識を他者と競争しても、あまり意味はないのです。知識とはあくまでも自分のためにあるものなのです」
ミカは暇なのかおしゃべりを続ける。
「ミカ。少しうるさいですよ。静かにしなさい。どうやらまだ全然、反省が足りないみたいですね」とセラはミカの縄をもっときつく縛りながら言った。
セラがミカの縄をきつく縛っている間に(痛い、痛いですよ! ちょっと、セラさん。もっと優しくしてください! 罰なんですから我慢しなさい! と言うミカとセラの声が聞こえた)
レアは一人、振り返って、神域を見ながらミカの言葉を思い出していた。
『レア。あなたは一度死んでしまったのかもしれません』。
その言葉を聞いたときに、本当に足が震えるくらいどきっとした。(セラとミカにはばれないように、うまく隠せていたらいいのだけど)
……、『私は本当に一度死んで蘇った』。
死者蘇生。
そんなことできるはずないって思う。
……、でも、お母さんは私の命を諦めなかった。
神域に渡り、神獣を見つけ出して、命をわけてもらった。
永遠の命を持つ奇跡の生き物。
神獣。
神様の獣。
寿命がなくて、老いることもなくて、怪我や病気もすぐに治ってしまう、そんな神様が生み出した完璧な生き物。(あるいは生命の進化の到達するべきところ)
そんな神獣には『自分の命を自分以外の命にわけあたけることができる力』がある。
神獣の命をわけてもらった命は、寿命がすごく伸びたり、あるいは、たまに種族として進化をしたりする。それだけではなくて、『たとえばそれがすでに失われている、死んでしまった命だったとしても、その命を再びその肉体に呼び戻すことができる』。
死者を甦らせることが本当にできるのだ。(その場合は、死者の肉体が必要になる。死者の肉体がなければ、神獣でも命をわけることはできない。それはお母さんの、……、神獣研究の第一人者であるウルハ博士の神獣の研究でわかっていることだった。きっとお母さんは小さな女の子のときに死んでしまった私を甦らせるために本当にいろんなことを勉強したり、試したりしたのだろう。……、ミカが言っていたように、やってはいけないことも、やっていたのかもしれない)
その代わり命をわけた神獣は不老不死ではなくなってしまう。
神獣はきちんと老いるようになり、やがて、痩せ衰えて、千年を生きた老人のようにしわくちゃになって、死んでしまうのだ。(それもお母さんの神獣の研究でわかっていることだった)
……、私は君にもう一度会わなくてはいけない。
会って私は君にありがとうって言いたいんです。
もしかしたら、君は私に君の命をわけ与えたことを後悔しているのかもしれないけど、あるいは、今になって恨んでいるのかもしれないけど、それならそれで構いません。
もしそうなら、私は私に君がわけてくれた命を君にお返しします。
そして、老いて死にかけている君のことを助けます。
君をもう一度、不老不死の、永遠の命を持つ完璧な命に戻します。
そのせいで、たとえ私が『私の本当の運命の通りに死んでしまう』ことになっても構いません。
だから、お願いです。
私が君のところにもう一度、会いにいくまで、君は死なないでいてください。
そんなことをまるで神様に祈るようにして、とても、とても強くレアは思っていた。(いつのまにか、レアは泣いていた。振り向いていてよかったと思った)