表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界転生でアイドル目指します。』  作者: 星空りん
第二章 響きあう想い
41/76

37 揺れる視線、あの子の光(フィリーナ)

 王都セレナリアに春が訪れた朝。窓の向こうで揺れる薄紅の花々と、それを撫でる風の匂いに、わたくしはようやく実感する。


(今日から、わたくしの学院生活が始まるのね)


 第三王女――フィリーナ・ノルディアとして、王家の血を引く者として、わたくしは王立セレナリア学院の門をくぐる。ただし、今回は“王女”としてだけではない。


 わたくしがこの学院に通うのは、単なる学びのためだけではなかった。


 父上――ノルディア王国の国王陛下から、ひとりの少女の名を知らされている。


 ――シオン・エルステリア。


 先日、王都にて行われた入学前の「魔力測定」。その場において、彼女は“七属性すべてに反応する”という前代未聞の現象を起こした。


 通常、魔力は六つの属性に分類され、人は生まれつき一つの属性しか持たない。だが、彼女は――七属性。


 それは、この世界の理を揺るがしかねない“何か”だった。


(そんな子が……わたくしと同じ学院、しかも同じ学年に)


 父上は言った。


『あの子には、特別な力がある。だが、力というのは時に人の心を蝕む。お前には、彼女を見守る役目を与えたい』


 監視。観察。見極め。

 表向きは同級生として、けれど実際には王命を帯びた監視者。それがわたくしの“役目”だ。


 ただ、心のどこかで、わたくし自身も彼女に興味を抱いていたのは確かだった。


 学院の正門をくぐると、敷地内の中庭には春の花々が咲き誇っていた。入学式のために用意された講堂へと向かうと、初等部の新入生たちが整列している。


 そして――その列のなかに、見つけた。


 小柄な体に整った制服。白銀の長い髪が風にそよぎ、白い肌に大きな瞳が浮かぶ。澄んだ、けれどどこか影を抱いたようなまなざし。


(……あれが、シオン・エルステリア)


 講堂の壇上に立つと、眼下には新たな学び舎へと歩み出す子供たちの顔が並ぶ。その中心で、シオンさんは静かに立っていた。


(……まっすぐな目)


 その瞳に、わたくしは確かに何かを見た。

 ただの“特別”ではない。もっと、別の……あたたかく、やさしい光。


「皆さん、はじめまして。わたくしは、フィリーナ・ノルディアと申します。本日から、皆さんと同じように学院の学び舎で過ごす者として、この場に立たせていただいております」


 王女としての立場を踏まえつつも、できる限り穏やかに――わたくしは挨拶を締めくくった。


 あの子を見下ろしながら、心の奥で小さく誓う。


(これから、あなたのすべてをこの目で見届ける)


 それが“監視”であっても、“運命”であっても。

 わたくしの意志で、それを選ぶと。


◇ ◇ ◇


 入学式の翌日、学院では新入生を対象とした“魔力の共鳴実験”が行われた。


 感応水晶に手をかざし、自身の魔力がどの属性と共鳴するかを確認するという、入学儀礼のひとつ。形式的なものではあるが、その反応が記録され、今後の授業の指針となる。


 人は生まれつき一つの属性しか持たない。それが火であれ水であれ、共鳴するのはただ一色。それ以外はありえない――それがこの世界の理だ。


 わたくしが水晶に手をかざすと、白く柔らかな光が淡く灯った。


 光属性。


 わたくしは王族としての自覚を胸に、静かに手を引いた。


 そして、あの子の番が訪れた――


 列の最後。シオン・エルステリア。


 彼女が水晶の前に立ち、小さな手をそっと添えた瞬間――


(……っ!)


 光が、水晶の中で弾けた。


 一色ではない。虹のように、七つの光が重なり、舞い、まばゆい輝きを放っていた。


 水晶はかすかに震え、光があふれ出して、教室中が静まり返る。

 何が起こったのか理解できずに固まる生徒たち。けれど、その中には――


 初等部の一部、特に先日、魔力測定に立ち会った数名の子たちは、驚きというよりも「ああ、やっぱり」という顔で彼女を見つめていた。


 エルシア先生は微動だにせず、ただ静かに、すべてを見守るようなまなざしを向けていた。


 だが、その中心にいたシオンさん本人は――


 ただ、不安そうに自分の手を見ていた。


 誇るでもなく、得意げでもなく。


 まるで、「どうして?」と戸惑っているような、そんな面持ち。


(……無垢な子)


 ただの“すごい子”ではない。


 あの光の中にあったのは、力そのものよりも、彼女の内側から滲み出る“なにか”だった。


 わたくしの胸の奥に、あたたかなものがそっと広がっていくのを感じていた――


◇ ◇ ◇


 翌日。


 午後の実技演習では、生徒それぞれが自身の属性に応じた魔石を前に立ち、魔力の流し方を体験する時間が設けられていた。


わたくしは光の魔石の前で呼吸を整え、静かに魔力を流し込んでいた。

その途中、ふと視線をやれば――


シオンさんが、風の魔石に手をかざしていた。


 けれど――反応は、なかった。


 彼女は何度も呼吸を整え、真剣なまなざしで魔石に手を差し出している。

 それでも、風は動かず、光も生まれない。


(……応えないのね)


 昨日、あれほど鮮やかに輝いたあの子の魔力が、今日はまるで沈黙しているかのようだった。


 型にはまらない。

 詠唱もなく、構えもなく、ただの“想い”で光を灯したあの力は、たぶん――


(通常の魔法ではない)


 そう思った、まさにその瞬間だった。


「きゃっ!」


 演習場の反対側で、マリナ•フローゼルの叫び声が響いた。


 火属性の魔石を扱っていた生徒のひとりが、魔力の制御を誤り、炎の矢が誤射されたのだ。


 マリナさんの腕に炎が掠った。


 わたくしは反射的に駆け寄ろうとした――けれど、誰よりも早く動いたのは、シオンさんだった。


 彼女は膝をついて、マリナさんの手をそっと包み込む。


「……だいじょうぶ……痛く、なくなりますように……」


 それは、呪文でも祈りでもなかった。

 ただ、自然と溢れた――歌のような声。

 まるで心の奥から紡がれた旋律のように、優しく、静かに、その場を包み込んだ。


 そして次の瞬間。


 シオンさんの両手から、ふんわりと光が溢れ出した。


 それは、昨日の七色とは違う。

 もっとあたたかく、やさしく、包み込むような光だった。


 マリナさんの腕が、瞬く間に癒えていく。


 ざわつく教室。けれどわたくしは、ただその光景を見つめることしかできなかった。


(……これが、“歌の魔法”)


 父が言っていた言葉が、ふと胸をよぎる。


『あの子の力は、おそらく“魔法”ではなく、“歌”に似た何かだ』


 確かに、それは“詠唱”ではなかった。

 けれど、確かな“願い”だった。


(わたくしには……真似できない)


 その事実が、少しだけ悔しくて。

 けれど、それ以上に――尊くて、羨ましかった。


◇ ◇ ◇


 その日の放課後。

 教室へ戻ると、生徒たちは口々に今日の出来事を話していた。

 けれど、誰一人、シオンさんのことを悪く言う者はいなかった。


「魔法じゃなくて、あれって……歌だったよね?」

「詠唱なしで、あんな光が……本当に癒しの力?」


 彼女に向けられた言葉は、好奇と驚きと――そして、どこか尊敬の混じったものだった。


 マリナさんは、シオンさんの隣でにこにこと笑いながら話しかけていた。

 傷はもう、すっかり癒えていた。


(あの子は……受け入れられてる)


 その意味を、わたくしは痛いほど分かっていた。

 わたくしが、どれほど力を示しても、誰かが“近くにいる”ことは滅多にない。

 王族という立場が、知らず知らずのうちに距離を作ってしまうから。


 けれど、彼女は――その“力”を見せたうえで、なお自然に、友達の輪の中にいる。

 隣に座り、同じ目線で、笑い合っている。


(……すごいわ)


 それは、力の問題じゃない。

 人としてのあり方そのものだ。

 わたくしには、まだ持ち得ていない“何か”だった。


 彼女の“力”は、誰かを圧倒するものではなく、そっと支えるもの。

 だからこそ、怖がられない。遠ざけられない。


(こんな力……わたくし、知らない)


 そして、わたくしは確かに思った。


(もっと知りたい。シオン・エルステリアという少女のことを)


◇ ◇ ◇


 夜。

 自室の窓辺で、わたくしは星を眺めていた。


 学院の始まりとともに出会った、あの光。

 あの少女。


 七属性に反応した共鳴実験。

 魔石が応えなかった演習。

 そして、マリナさんの傷を癒した歌のような祈り。


 その一つひとつが、わたくしの中に深く刻まれている。


 父上の命令は、確かに重かった。

 けれど――


(もう、“命令”ではないのかもしれない)


 知りたいという願いは、誰かに与えられた義務ではない。

 わたくしの、自分の意思だった。


 そう思えたことが、どこか嬉しくて。

 わたくしはそっと、月明かりの下に目を閉じた。

ご覧いただきありがとうございます。


今回はフィリーナ視点で描く、学院生活の始まりと“あの子”との出会い。

監視という立場に揺れながらも、シオンという少女に心を動かされていく様子を、丁寧に描きました。


「ただの王女」から「ひとりの少女」へと変わっていく、その始まりをお楽しみいただけていたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ