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『異世界転生でアイドル目指します。』  作者: 星空りん
第二章 響きあう想い
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34 やさしい午後に、心ふれた日

 春の陽差しが、学院の白い校舎をやわらかく照らしていた。まだ朝の光は淡く、空気に混じる冷たさの中に、確かな温もりを感じる。


 私は、昨日とは少し違う足取りで、王立セレナリア学院の正門をくぐった。


 胸の奥に、ほんの小さな光が灯っているような感覚――それは、マリナさんと過ごした昨日の午後、あの庭で交わした言葉の余韻だった。


(今日も……話せるといいな)


 自然と視線が、初等部の教室が並ぶ方へと向かう。



 教室の扉をそっと開けると、登校している生徒はまだまばらだった。けれど、その中に見慣れた蒼い髪を見つけて、胸の奥がふわりと温かくなる。


「おはよう、シオンさん!」


 マリナさんが、笑顔で手を振ってくれた。


「……おはようございます、マリナさん」


 自然と返せた挨拶。昨日より少しだけ、声が軽やかだった気がする。


昨日の午後、彼女の手を包んだ時――私の“歌”が、ほんの少しだけ痛みを和らげた気がした。その感覚は、魔法というよりも、感情そのものがふわりと重なったような、不思議な感覚。


(あのとき、ほんの一瞬だけ――でも、確かに光が生まれた)


 あれが、私の“魔法”だとしたら――。


 まだ確信は持てない。でも、その可能性が、胸の奥をそっと温めていた。


 私は静かに自分の席につき、筆記用具を取り出す。


「昨日……その、最後に話したあのこと、ずっと考えてて」


 マリナさんが、そっと視線を落とすように言った。


「……私もです。あの時、ほんの少しだけ、何かがつながったような気がして」


 そう答えると、彼女はほっとしたように微笑んだ。


「そっか。じゃあ、よかった」


 それだけのやりとりでも、心の距離が少しずつ近づいていくのを感じる。



 午前一時限目は、魔法理論。


 教壇に立つエルシア先生が、今日の授業内容を黒板に記していく。


「さて、今日のテーマは“魔力の流れと個人差について”。魔法というのは、単に属性を持っていれば使えるというものではありません」


 先生は、黒板に描いた魔力の流れ図を指しながら続けた。


「大切なのは、どのように“自分の中の魔力”を意識し、外に導けるか。そして、それがどのように“自分らしさ”と結びつくかということです」


(……自分らしさ、か)


 私は昨日の出来事を思い出していた。


 あの時、確かにマリナさんの足にふれたとき――私の“声”が反応した気がした。目には見えない何かが彼女の痛みを包んだような、優しい光のような感覚。


(私にしかできない“何か”が、あった……のかも)


 けれどそれは、教科書にあるような魔法の型とは違う。詠唱も、構えも、集中も――なかった。


 ただ、感情と声が自然に重なった、その瞬間。


「属性魔法だけにこだわらず、自分の魔力の“質”や流れを知ることも重要です。焦らず、じっくり探っていきましょうね」


 先生の柔らかな声が、教室全体に静かに染みわたった。


 ノートの隅に、私は小さく“歌の魔法”と書き足す。


 まだ確信はない。でも、心の奥にある“なにか”が、そこに向かって手を伸ばそうとしていた。


 そのあと、授業は魔力量のイメージ訓練へと移り、生徒それぞれが自分の属性に意識を向ける時間が続いた。


(私の魔力って……どんな“色”なんだろう)


 思い浮かぶのは、昨日、マリナさんの足元にふわりと舞った光。


 あのやさしい“光”を、もう一度、感じることができたら。



 次の授業は、実技演習。


 広々とした演習場には、属性ごとの魔石が用意され、生徒たちはそれぞれの持つ属性に応じて練習に入っていく。


 私は列の最後で、静かに風の魔石の前に立った。


「無理はしなくていいからね。呼吸を整えて、風の流れに心を重ねてみて」


 エルシア先生の声にうなずき、私はそっと手のひらをかざす。


(……風の流れ)


 ゆっくりと息を吸って、吐いて。風のように、軽やかに――。


 でも。


 手のひらには、何も起こらなかった。


 周囲の生徒たちは、微風を起こしたり、小さな渦を生み出したりしている。


 マリナさんの前では、小さな水泡がぽとりと浮かんでいた。


 その様子を見て、私はそっと視線を落とした。


(やっぱり……私には、できないのかな)


 焦れば焦るほど、魔力は遠ざかっていくような気がする。


 先生の目を感じた。でも、何も言わず、ただ静かに見守ってくれている。


 私は結局、何ひとつ反応を起こせないまま、その時間を終えた。


(……ごめんなさい)


 心の中で、誰にともなくそう呟いた。


 だけど――


 演習が終わった後、マリナさんがそっと近寄ってきた。


「大丈夫、シオンさん?」


「……うん。ちょっとだけ、難しかった」


 私がそう答えると、マリナさんはふわりと笑った。


「誰でも最初はそうだよ。私も、水の感覚をつかむまでに何年もかかったもん」


「……ありがとう」


 その言葉が、胸の奥の硬さを、少しだけやわらかくした。



 昼休み。


 食堂の扉をくぐると、暖かな香りが鼻をくすぐった。


 高い天井と大きな窓からは陽光が注ぎ、磨かれた木の床に光が踊っている。


「シオンさん、あっち、空いてるよ!」


 マリナさんが笑顔で手を振ってくれる。


「……うん、ありがとう」


 配膳を終えた私たちは、窓際の席に並んで座った。


 今日の昼食は、焼きたてのパンにハーブバター、鶏肉と根菜のスープ、それに甘酸っぱい果物のジュレ。


「いただきますっ」


「いただきます」


 二人で声を合わせて手を合わせ、食事を始めた。


「午前中、演習どうだった?」


 マリナさんが口元をぬぐいながら、こちらを見た。


「……うまく、できなかった」


 私は正直に答える。


「でも、あせらなくていいよ。私も最初の頃、魔力が全然集まらなくて、何回も泣いたことあるんだ」


「……えっ、マリナさんが?」


「うん。だって、期待されてたし。でも、そういう時に“誰かがそばにいてくれた”ってことが、すごく支えになったの」


 その言葉に、私は静かに息をのんだ。


(私にも、支えてくれる人がいる……)


 それが、どれほど大きな意味を持っているのか。


 じんわりと胸に広がる感情を抱えながら、私はもう一度、マリナさんの顔を見つめた。


「ねぇ、シオンさん。あのね……」


 マリナさんが少しだけ声を低くして、そっと身を乗り出した。


「今日の演習の時、隣で見てて思ったんだけど……シオンさん、魔力の感覚、普通のやり方じゃない気がするの」


「……え?」


「うまく言えないんだけど、私、シオンさんの“歌”を聴いた時、何かがふわって流れたような気がして」


「それって……昨日の?」


「うん。昨日の庭で、転んだ時に。あの時の“声”が、私の中にすっと入ってきて……なんて言うのかな、魔法じゃないけど、魔法より温かくて、やさしい」


 私は言葉を失った。


(……歌の魔法)


 やっぱり、あれは偶然なんかじゃなかった。


「だから、普通の魔法に合わせる必要、ないんじゃないかなって思って」


 マリナさんは笑った。その笑顔は、どこまでも真っ直ぐだった。


 私の胸に、じんわりとした何かが広がる。


 そしてその時、ふと――


「……ありがとう、マリナちゃん」


 自分でも気づかぬうちに、“さん”を外していた。


 マリナちゃんは、目をぱちくりとさせた後、ぱっと笑った。


「えっ、いま……“ちゃん”って呼んだ?」


「……うん。なんか、その方が、しっくりくる気がして」


「今の、すごく嬉しいかも!」


 頬を赤らめながら笑うマリナちゃんに、私も小さく微笑み返した。


「……なんか、ちょっと恥ずかしいけど……嬉しい」


「ねえ、私も、シオンちゃんって呼んでもいい?」


「えっ……もちろん」


「じゃあ、これからは“ちゃん”で呼ぶね。なんか、もっと仲良くなれた気がする!」


 その言葉は、確かに私の中の何かを、優しく溶かしていった。


(“ちゃん”で呼び合うだけで、こんなにも嬉しくて、胸があたたかくなるなんて……)


(これが、本当の“友達”ってことなのかな……)


 昼休みが終わるチャイムが鳴り、私たちは食器を返して教室へと戻った。


 廊下を並んで歩くその距離が、昨日よりもほんの少しだけ近づいている気がした。


 マリナちゃんの横顔は、春の光に照らされて、とても優しく見えた。


「午後の授業、また魔法の演習っぽいね」


「……うん、がんばってみる」


「無理しないでね。また、帰りに一緒に復習しようよ。ふたりならきっと、できるよ」


「……ありがとう、マリナちゃん」


 その名前を呼ぶことが、こんなにも心に灯をともすなんて思わなかった。



 午後の授業は、より実践的な魔力操作だった。


 私はまた手をかざして、風を起こそうとした。けれど――


(やっぱり、難しいな……)


 でも、今日は昨日と違っていた。


 隣に、マリナちゃんがいる。


 誰にも負けない魔法がまだ見つからなくても、少しずつ自分を信じられる気がした。


(私の魔法は、きっと……)


 思い出すのは、あの時の歌。共鳴した想い。


 それが、私の歩むべき道に繋がっていると、今なら少しだけ信じられる。



 夕方。授業を終えた私は、マリナちゃんに見送られて学院の門を出た。


 迎えの馬車は、石畳の通りに静かに停まっていた。


 御者が扉を開けてくれると、私はそっと中に乗り込む。


「ただいま戻ります、お嬢様」


「ありがとう」


 扉が閉まり、馬車がゆっくりと動き出す。


 窓の外には、王都の夕暮れが広がっていた。

 陽が傾き、花咲き通りの店先にはランタンが灯され始めている。


 ガラス越しに見るその光景は、朝に見た景色とはまた違って、どこか夢のようだった。


(……今日も、色んなことがあったな)


 思い返すのは、演習でうまくいかなかったことよりも――

 マリナちゃんと“ちゃん”で呼び合えた、あの瞬間のこと。


 あのやりとりは、きっと私の中にずっと残っていく。



 王都の高台にあるエルステリア家の館に到着すると、扉の前で執事が待っていてくれた。


「お帰りなさいませ、シオン様」


「ただいま戻りました」


 玄関を抜け、廊下を歩いて自室へと戻る。


 扉を閉めると、ルナちゃんがいつもの場所で待っていた。


「ただいま、ルナちゃん」


 私はベッドに腰を下ろし、ぬいぐるみをそっと抱きしめた。


 誰にも言えない想い。けれど、胸の中では確かに芽生えていたものがある。


「……私、ちゃんと前に進めてるのかな」


 窓の外、王都の空には、早くもいくつかの星が瞬いていた。


(明日も、ちゃんと歌えるように)


 小さく心の中でそう願いながら、私はゆっくりと目を閉じた。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


今回の物語では、シオンとマリナの関係が、少しだけ深まる一日を描きました。

“ちゃん”で呼び合えるようになる、ただそれだけのことかもしれません。

でも、それがどれだけ勇気のいることで、どれほど心を近づけるものなのか……シオンにとっては、きっと大きな一歩だったはずです。


魔法としてはまだ形を持たない“歌のちから”。

けれどそれは、誰かの心に触れ、共鳴し、やさしく寄り添うものかもしれません。


焦らず、少しずつ――。

そんなシオンの歩みを、これからも見守っていただけたら嬉しいです。


次回も、どうぞよろしくお願いいたします。


もし、少しでも心に残る場面がありましたら……

感想やブクマ、いいねなど頂けたら、とても励みになります。

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