第一話
ドゥワア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛…ア?
知らない天井だ…?
いや待て、天井じゃないな。
天か?…それにしては雲ひとつないし青くもない…。
だけど太陽の放つ暖かい光を感じる。
それどころじゃない。不思議なのは上だけでない、下もおかしい。
天と同様に白く、肌触りはシルクに似ているような…なんとも言えない柔らかさであり、気を抜けば天からの暖かさとふわふわさで生み出されたオフトゥンによって眠りにつきそうだ。
それに見渡す限り何も無く、果てしなく白い空間が広がっている。
問おう。ここは…どこだ?
とまぁ、聞いた所で誰が答えるんじゃいオタンコナス!って話だよry…
「ここは冥界の深部、タルタロスへと繋がる場所だ。」
ん?ちょっと待て、聞き間違いか?冥界?タルタロス?
「聞き間違いなどでは無い。ここは紛れもなく冥界だ。そして我は貴様ら罪人の中でも特に重罪を犯したものを捌く神、ハデスだ。」
その突拍子もないような言葉に俺は驚いた。
「は?…ちょっと待て、冥界…タルタロス…ハデス…ちょっと待て理解が追いつかねぇぞ…そもそも実在していたのかよ!?」
「貴様が驚くのも無理は無いだろう。貴様が生きていた国で主に信仰されているのは仏教か神道。それ等に語られてきた神話において我らがいる場所は地獄と呼ばれてきた。どれ、貴様はそこの娯楽で様々な地獄について描かれた物語を見ていだろう。まぁ、ここは冥界だが似たような場所も存在する。とまぁ、こんな説明をしたところで貴様の行く先は違うのだがな。」
俺は生前に取り憑かれたように読み漁っていたギリシャ神話についての知識からこの状況を整理していたが、ハデスの口から語られた状況に困惑が深まる。
「ふむ…貴様、自らが死んだと知りこれから裁かれると言うのに随分と落ち着いて見える。まぁ大方、生をあきらめて死を受け入れる覚悟が出来ているといった所か。フン、気に入らん。とっとと裁きを始めよう。」
俺が困惑をしている内にハデスは時間切れだと言わんばかりに早合点を決め込み、話を進めようとしている。
「ま、待ってくださいハデス様!これはなにかの間違いではありませんか?!重罪だとか裁きだとか仰っていますが、俺はそんな事した覚えはありません!」
「黙れ。そんな戯言聞く暇など我には…」
「いや、まさかな。…そんな暇などない。」
慌てて言葉を紡いだ俺の声を、ハデスは遮るがふと語りを止めた。
なにか呟いたようにも聞こえたが、声を張り上げて言い切った。
(なんだ、なにか引っかかった事でもあるのry)
突如、辺りに轟音が鳴り響き俺の思考は中断された。
再び驚いた俺は何が起きたのかと周囲を見渡した。すると前方にいたハデスが先程までは無かった荘厳な椅子に座っており、こちらを見下ろしている。
それに心做しか先程と比べて身長が大きくなっているような気がする。
「さぁ、裁きの時間だ。と言っても貴様の罪は確定している。弁護人などいなければそもそも弁明の余地など与えぬ。」
ハデスはそう言うと、右手の指を打ち鳴らし虚空から1つのロールを取り出した。
「罪人、中尾堅介に告ぐ。罪状は国家転覆罪。生前にて自らと無関係の人間を手当たり次第無差別に殺害しおよそ10万の罪のない魂を奪った事により、被告人を冥界の最奥タルタロスへと送り込む。以上だ。」
は?待て誰だそれ。
「待ってくれ!俺は中尾堅介なんて名前じゃない!木戸琢麿って名前だ!人違いだ!」
俺が必死の声で引き止めると、ハデスは動きを止め、眉をひそめてこちらを見た。
時が止まったかのような空気に俺が動けないでいると、ハデスが再び口を開いた。
「人違い…?いや、そんな事があるはずがない。我はこの冥界の神ハデスだ。誓っても間違いなど起こすはずがないのだ。いや、確かに納得仕切らない所もあるが…」
ハデスはそんなことを言ったがふと言い淀んだ。
「お願いします、本当に人違いです!確かに俺も全くの無実でなんの罪も犯さないできたなんて言い切れませんが、国家転覆罪なんて全く身に覚えがないんです!」
言い淀んだまま黙るハデスに俺は言葉を伝えた。
するとハデスはさらに深く考え出した。
動かない。お互いに身動き一つしない緊張が走る。
クソ、どうなってんだこの状況!国家転覆罪だとか10万人無差別に殺しただとかとんでもねえ話聞いた事ねぇよ…どうなっちまうんだこれ!頼む、誰か助けてくれ…こんな所で終わってたまるか…。
全くもって状況が掴めない。
だが俺を助けてくれ。
そんなふうに琢麿が考えているとふと琢麿とハデスとの間にノイズが走った。
ノイズだ。言い間違い等ではなく言葉の通りである。
そのノイズは段々と大きくなり爆発的に広がり始めた。
俺はそれに再び思考を止められたが、相対していたハデスは違った。
なにかに気づいたかのように顔を歪め、直後に椅子から立ち上がってこちらに駆け出しながら、手には何処から取り出したのか二叉の槍を持っていた。
何やら俺に向かって手を差し伸べているようだが、そんなハデスよりも早くノイズからなにか鋭利な物が出てくる。
これは、刀か?両刃剣か?大鎌?なんだ?と、俺は考えた。
そんなことをする暇があるならとっとと逃げろと言いたいか?俺も言いたい。だが無情にも体は動かせず、ただ目の前の景色がゆっくりと流れて行く。
ただ俺はそれを受け止めることしか出来ず、正体不明の刃が俺へと近づいて行く。
もうダメか。
俺が覚悟を決めたと同時にハデスの二叉の槍はノイズを貫き刃の持ち主?を塵へと変えてゆく。しかし刃は塵には変わらずとうとう俺の左肩へと肉薄した。
直後俺は、形容し難く言葉すらも吐けぬ痛みに襲われた。
発作のように口を開け、血涙が出んばかりに目を開きようやく自由がききだした体を仰け反らせる。
そうして痛みを逸らそうにも現実は残酷に、刃はより深く心臓に向けて突き進む。
まるで留まる所を知らぬ刃に抵抗虚しく俺は死…
「させるかァ!」
それまで聞こえなかったハデスの声が俺の鼓膜を打った。
魂の反射で視界に捉えたハデスは必死の形相でその刃を掴み、動きを止めさせた。
しかし冥界の神の本気の力でも、すぐには止まらずその手からは黄金の血、イコルが流れ出した。
神が血を流す。
その衝撃に俺は驚いた。
俺は朦朧とする意識の中、ギリシャ神話を思い出し、この武器の主に思い当たる神を見つけ出した。
「おま…え……は、クロ…ノス…か?」
俺がそう言うと、既に塵となり消えかけていたそれが答えた。
「…矮小な人間が俺の正体に気付くとは…面白いこともあるようだな。そうだ。俺は時間の神にして全能の神や海神の父親にあたる神、クロノスである。」
俺の予想は的中した。
なぜわかったのか聞きたいか?簡単だ。俺を切り裂いた武器がクロノスの武器、ハルパーであったからだ。
ハルパーとはなそも、なにか?遥か昔自身の性器を切り落とされた際に使われた武器だといえばわかるだろう。
だがそんな事はどうでもいい、俺は今無実の罪を着せられた上、全身を切り刻まれてタルタロスに投げ込まれたはずのクロノスに身体を切り裂かれており、既に死んでいてもおかしくないのだ。
まさか死んでさらに殺されるなんて。
俺がそんなくだらない結末に笑っていると、手に怪我を負ったハデスが口を開いた。
「クロノス…!なぜここに居る!どうやってタルタロスから這い出てきたんだ!!」
変わらず必死の形相のハデスに対し、もはや崩れ切るまで数秒のクロノスが口を開く。
「まぁ、そんなに焦るな。俺はあくまでこの場違い野郎を正しい場所に届けるためにやってきただけだ。これで力を使い果たしまた数千年は出て来れないだろうよ。」
「そんな嘘を…!そもそも彼が場違いだとなぜ気づいた!何処から聞いていたのだあんたは!」
ハデスは歯を食いしばり、クロノスの圧倒的なまでの威圧に耐えながらそう言った。
「まぁまぁ、そんなに怒るんじゃあねえよ。まずお前は俺様が嘘をついたと言い切るがこれは事実だ。ストゥクスの川に誓ってもいい。そして質問に対してだが…それは言わねえ時間切れだ。あばよ。」
言い切るとクロノスはモヤモヤを残して、ノイズと共に消え去った。
「くっ…クロノスめ、全くどうなってる!」
ハデスは怒りを顕にしたが、ふとそれをやめてこちらに向き直った。
「すまなかった!さっきは俺が間違うはずなど無いとまで言い切ったがどうやら君の言う通り人違いだったようだ…。本人はまだのうのうと外で生きているようで君に罪は全く無かった!と言うのにこんな事態にまで巻き込んですまない!」
ハデスはそう言いながら、倒れ附し黄金の鮮血を流す俺の口に食べやすいサイズにされたアンブロシアを押し込んだ。
いや待て、それ一般人が食べたら死ぬやつでは…!
と思ったがもう遅い。
俺の体は徐々に熱を持ち、燃え出して…?
「ん…?燃え…ない?どういうことだ…?」
「謝罪の気持ちでな、私の権限で君を神へと昇進させた。無名ではあるが人間とははるかに上の存在へと変えさせてもらったのだ。ほら、流れている血も黄金だろう?それに痛みも引いているはずだ。」
そう言われ自分の身体を見てみると、開いたままの傷口から流れる鮮血は金色に輝いており、しかも痛みを感じ無くなっている。
生き返ったのか?
「すまないが、君に色々と説明をしたいところではあるものの時間が無い。これから君を冥界ではなく異世界を仕切る神の下へと送る。君には転生をしてもらい、新たなる人生を歩んでもらいたいのだ。」
やや早口に説明をしたハデスは息を切らしながらも呪文を唱え、先のノイズとは違い暖かな光を感じるゲートを生み出した。
そしてハデスは未だ倒れたままの俺を立たせ、そのゲートへと導いた。
俺はハデスに聞きたいことがいくつもあったがそれを飲み込み、ひとつ感謝だけをしてそのゲートをくぐることにした。
「なんか…その、色々驚きの出来事が重なりましたが、助けてくれてありがとうございました。まだ、分からないこともあるし混乱もありますけれど、転生してまたいつかあなたに会いに来ます!やり方は分からないけれど、またいつか!」
俺がたどたどしくも感謝を告げるとハデスはこう返した。
「こちらこそ人違いで酷い目に合わせてすまなかった。正直君が正体を見破ったのには驚いたよ。事件が起きたが、その件はこちらで解決をするとしよう。また君に会う時には事件を片付けてお茶でもしようではないか。」
「えぇ。その時を楽しみにしています!ありがとうございました。」
そうして俺は会釈をし、ゲートをくぐった。