戦う理由、守る覚悟
【学校での戦いの後】
「俺の名前は空間 迅。加護育成学校で教師をしている」
「加護育成学校……?」
「そう。加護の力を持つ“加護持ち”を育てる場所だ。……ま、それは後にして。まずはその腕を治療しよう。話はそのあとだ」
「治るんすか? この腕」
「治癒系の加護を持つ子がすぐ来る。そいつに任せれば問題ない」
そう言った直後、一人の女性が二人の男性を従えて現れた。
「空間先生。お待たせしました。加護狩りの方は……?」
「ちょうどいいタイミング、椎名先生。加護狩りはさっき駆除完了したよ」
「そうですか。……で、その少年は?」
女性教師・椎名は不思議そうな表情で創樹を見下ろし、それから空間の顔を見返す。
「この少年が――梁間 創樹くんだ」
空間は、皆が知っている有名人の名前を口にするかのように、静かに名を告げた。
「なるほど……この子が梁間さんの……」
椎名は創樹の顔を見つめ、そこに何かの面影を見つけたのか、納得したように目を細めた。
「えっと、すみません……この人、誰ですか?」
創樹は突然現れた女性に戸惑い、空間に尋ねる。
「さっき言ってた、治癒師の先生だよ」
「あっ、そっか……よろしくお願いします」
「ここでは目立ってしまいます。一度、学校に戻りましょう」
「ってことで創樹くん。俺たちの学校に来てもらうよ。……っていうか、もう限界だろ?」
「あ、そういえば……」
言われて初めて、自分の体に走る痛みを思い出した創樹は、そのまま意識を手放した。
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【加護育成学校・医務室】
「……お、目が覚めたかい?」
「ここ……どこだ?」
「うちの学校さ。君が気絶した後、連れてきたんだ。ほら、腕もちゃんと治ってる。見てごらん」
「ほんとだ……! すげぇな、加護って……!」
創樹は治った左腕を見つめながら、感動に言葉を失っていた。
そんな創樹に構わず、空間が話しかける。
「起きたばかりで悪いが――君の両親のことと、君に現れた“加護”について話をしよう」
「……それ、聞きたかったんだよ!」
創樹は背筋を伸ばし、空間をまっすぐに見つめた。
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「じゃあ、順を追って説明するよ。
まず、この世界には“加護”という存在がある。加護は人に力を授け、その力で大切なものを守る。
だが、その加護を“奪う”存在が現れた。……それが“加護狩り”だ。
加護狩りは、人間が本来持っている“命の加護”すら奪い、寿命を延ばそうとしている。
そんな芸当ができるのは、加護狩りの始祖――“東條 玄”の力のせいだ。
彼が持っているのが、『略奪の加護』と『付与の加護』。
『略奪の加護』は、他人の能力(加護)を奪って自分のものにする。そして『付与の加護』は、その奪った能力を他の加護狩りに分け与えることができるんだ。
つまり組織的に、命の加護を奪う仕組みが出来上がってしまった。
俺たちは、その加護狩りから人々を守るために戦ってる――そういう立場なんだ」
「……じゃあ、この前、学校に現れたやつも……」
「うん。あれが加護狩りだ。お前たちの命を奪いに来てたんだよ」
創樹は現実を受け止めきれずにいたが、あの日目にした光景が脳裏によみがえり、徐々に納得していった。
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空間は、さらに続ける。
「創樹――君の両親、梁間 傑と梁間 真希は、加護持ちで、俺たちと一緒に加護狩りと戦っていた。
だが、君が生まれてすぐ、両親は最前線を退いた。
加護持ちの子は、たいてい生まれたときから加護を持ってる。けど、君には加護がなかった。
加護のない君が、加護持ちばかりのこの世界で生きていくのは難しい。だから両親は、“普通の世界”で君を育てることにしたんだ。
でもある日――その情報が、加護狩りに漏れてしまった。
加護狩りは、加護を奪うためだけに君たちの家を襲った。
両親は君を守るために必死に戦った。だが敵の数が多すぎた。両親は敗れ、加護を奪われ……でも、君だけは守り抜いた。
加護狩りは加護を奪って満足したのか、君の命までは奪わなかった。
情報を漏らした裏切り者は、その後すぐに見つけて、始末した」
「……なんで……なんでそいつは、家族を売ったんだよ……!」
「……加護持ちは、寿命が普通の人間の半分くらいしかない。
その裏切り者は三十五歳。死が怖くなった。だから、加護狩りに寝返った。
君たちの情報を売って、命の加護――寿命を得ようとしたんだ」
「そんな……」
創樹は、悲しみと怒りで胸を締めつけられ、言葉を失った。
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空間は最後に、静かに告げる。
「両親の遺志を尊重して、俺たちは君を“加護のない世界”で生かすことを選んだ。そして、児童養護施設で育ててもらった。
……これが、君と、君の両親に関するすべての話だよ」
「……そうか……」
創樹は、受け止めきれないほどの重さに、ただ静かにうなずいた。
空間の話が終わると、創樹はしばらく黙っていた。
だが、それは動揺ではない。心の中に、言葉が形をなしていくのを待っていたのだ。
「空間先生、俺の両親の加護を奪った加護狩りはまだ生きてるんすか?」
「あぁ、残念ながらまだ生きてる。今は加護狩りの幹部だ。」
「そっか…」
絞り出すような声ではなかった。確信に満ちた、落ち着いた声だった。
「親父と母さんが、加護持ちとして戦ってたって聞いて……なんか納得した。俺の中に、理由もないのにずっと消えなかった“怒り”が、どこから来てたのか、今ようやくわかった気がする」
創樹はゆっくりと視線を上げ、まっすぐ空間を見た。
「加護狩りが人の命を奪ってるのを見て、ただの他人事だとは思えなかった。あいつらを見た瞬間に、殺気でもない……もっと根深い、“嫌悪”みたいな感情が、体の奥から湧き出てきたんだ」
創樹の言葉には、迷いがなかった。
「親父と母さんが俺を守って死んだ。……その加護を奪って、誰かの命を奪ってるやつがいる。そいつらは、自分が生き延びるために他人の人生を踏みにじってる。……それを知って、黙っていられるわけがないだろ」
彼は拳を握る。怒りを力に変えるように。
「俺はあいつらを許さない。絶対に許さない。
でも、それだけじゃない。復讐だけが理由じゃない」
「――加護狩りに、大切な人を奪われたやつが、他にもたくさんいる。俺と同じように、知らないうちに何かを失って、それでも生きてる人たちがいる。だったら、俺はその人たちのためにも戦う」
静かに、だが確かに告げるその声は、決して揺れない。
「親父と母さんが命を懸けて守ってくれた命を、俺は――使う。守るために、未来をつなぐために。もう一度、命が奪われることのないように」
創樹の中にあった想いが、一つの形になる。
「だから俺は、戦うよ。あの日生かされた意味を、自分の手で証明するために」
加護狩りと戦うことを決めた創樹だったが、ずっと胸の内に引っかかっていたことを、空間に問いかけた。
「それで先生、俺の加護って……なんなんすか?」
その質問を待っていたかのように、空間はにこりと微笑む。
「いい質問だね。加護ってのは、基本的には両親の加護が受け継がれていくんだ。
先天的に加護が発現する場合、男の子なら父親、女の子なら母親の加護が引き継がれるのが一般的。
でもね、後天的に――つまり時間が経ってから加護が発現する場合は、どちらの加護を受け継ぐか分からないこともあるんだ」
「じゃあ……俺のは?」
「君の場合は簡単に分かるよ」
「なんで?」
空間はにやりと笑って、答えた。
「君の両親、どっちも“増強の加護”なんだよ」
「……増強の加護?」
「そう。自分の持っている力を“増幅”させる、シンプルな加護さ。
単純だけど、使い方次第で強力な加護になる」
創樹は思わず眉をしかめた。
「なんだよそれ……もっとこう、魔法とかで“パーッ”って敵を一掃するようなやつじゃないの?」
空間はくすっと笑いながら、首を振る。
「増強を侮っちゃいけないよ。君の両親はその“増強の加護”を極めて、“特級加護師”にまで登り詰めたんだ。
その力があったからこそ、加護狩りに狙われたんだよ」
「……特級加護師?」
「うん。加護師には階級があって、
“初級加護師”→“中級加護師”→“上級加護師”→“特級加護師”→“最上級加護師”って順にランクが上がっていくんだ」
「へえ……じゃあ先生は?」
空間は満面の笑みで、胸を張った。
「よくぞ聞いてくれました! 俺は――“最上級加護者”だ!」
「え、先生めっちゃすごい人じゃん!!!」
「そーだよ〜! 先生、鬼強いからね!」
「失礼します。梁間創樹の加護適性試験の準備が整いましたので、お呼びに参りました」
医務室の扉が開き、白衣を着た職員らしき男性が一礼して告げる。創樹はベッドから起き上がりながら、きょとんとした表情で空間を見る。
「……加護適性試験?」
「安心して、試験って言っても大したことしないから。ちょっとした発動テストみたいなもんだよ」
空間は軽く手を振って笑いながら続けた。
「今から創樹には、実際に加護を発動してもらって“どんな性質の加護”が使えるのか、再確認させてもらう。それともうひとつ――」
「ん?」
「“加護師”が使う専用武器、君専用の“契約武器”も選んでもらう!」
「武器まで!? うおお、急にそれっぽくなってきたな!」
テンションが上がる創樹に、空間はにやりと笑う。
「ま、君も“これから戦う側”なんだからね。自分の力、ちゃんと知っておかないと。
――それに、契約武器ってのは加護とリンクして力を増幅させる。どんな武器が君を選ぶか、楽しみだな」
「武器が……俺を選ぶ?」
「そう。“加護師の武器”ってのは普通の剣や槍とは違って、魂の深い部分と共鳴するように作られてる。
持ち主の加護や信念と繋がるから、相性が悪いと最悪、発動すらできないんだ」
「なんか……めちゃくちゃカッコいいな、それ!」
「でしょ~?」
空間は満足そうに頷き、ベッドの脇に立った。
「さ、準備が整ったなら行こうか。創樹、君の“加護師としての第一歩”だよ」
創樹は小さく深呼吸し、力強く頷いた。
「うん、行こう!」
そして彼は、扉の向こう――
これからの運命と、自分の“力”を確かめる場所へと踏み出していった。
次回:目覚める“増強の加護”。選ばれし契約武器。