第六話 ルオの耳に残る音
火の音は、耳の奥でふくらむ。
それは、風とは違う。
水とも違う。
生きているものが、燃えて、壊れて、別のものになるときの音。
――トン。
石をひとつ叩いた。
音が空気に沁みていく。
返事はない。
だけど、セレアの指先がわずかに止まった。
ノイラがまぶたを伏せた。
それだけで、十分だった。
言葉はいらない。
名を呼ぶのは怖い。
覚えた名ほど、先に壊れていくから。
だから俺は、石で語る。
音だけで、届くかどうかも分からない何かを、伝えようとする。
父の名前も、母の名前も、思い出せない。
でも、音は残っていた。
あの夜。
誰かが泣いていた音。
隣の誰かが、椅子を引いた音。
誰かが、鍋の蓋を落とした音。
全部、耳だけが覚えている。
だから俺は、石を集めた。
重さの違うもの、手触りの違うもの、響きの違うもの。
火を囲むとき、それを鳴らす。
その音が、沈黙を壊すことのないように、そっと、控えめに。
今日の火は、やわらかい。
煙も少ないし、薪の乾き具合もちょうどいい。
セレアの手元も、少しだけ軽く見える。
それだけで、俺の手はひとつのリズムを選んだ。
――カン、カン、トン。
これは、たしか……妹が好きだった音。
名前は覚えてない。
でも、その音だけは指に残っている。
今も、どこかで聴いてくれているだろうか。
俺が語らずに、火のそばにいること。
あの夜から、ずっと灯し続けていること。
名を呼ばなくても、覚えていること。
レム・ステラが、かすかに震えた。
火の奥で、小さな火花が跳ねる。
それは、まるで誰かが肯いたみたいな音だった。
俺は、石を一つ、レム・ステラのそばに置いた。
火の音は、耳の奥でふくらむ。
言葉よりも、深く、遠く、静かに。
そして今日も、俺は語らずに音を鳴らす。