表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異邦の種子  作者: enomotooooo
第一章 封じられた語り
4/11

第四話 誰かの記憶の手順

夜がふけて、火は小さくなっていた。


窓の外には星もなく、風がときおり屋根をなでていく。

それでも、部屋の中はあたたかかった。

火が、まだ、消えていなかったからだ。


私は、冷めた皿を片づけながら、三人で過ごすこの沈黙を、なぜか心地よく感じていた。


ノイラは椅子の背に凭れながら、何も言わずに火を見ている。

ルオは石を握ったまま、目を閉じていた。

私も、湯気の立たないポットを両手で包み込んだまま、しばらく動かなかった。


語ることが許されないこの世界では、こうして沈黙のまま記憶を分け合う。

それが、私たちにできる唯一の“語り方”だった。


「……この手順、どこかで見た気がするの」


ノイラが、不意に呟いた。


私は目を開いた。

ノイラは火を見つめたまま、動かない。

ただ、その指先だけが、空中に微かな線をなぞっていた。


「林檎の切り方。鍋に入れる順番。火の強さ……全部、覚えてないはずなのに、わかるの」


私は静かにうなずいた。

その感覚は、私にもあった。


「それ、夢で見たんじゃない?」


ルオが言った。

目は閉じたまま。声だけが、石のように硬質で、静かに響いた。


「夢かもしれないし、記憶かもしれない。でも、確かに知ってたって、体が言ってる」


ノイラは、手を止めた。


「ねえ、セレア。あなたのお父さん、パイを作ってたって……本当?」


私は答えなかった。

いや、答えられなかった。


記憶が、揺らいでいた。


たしかに父と台所に立っていた気がする。

けれど、それが本当に“私の父”だったのか、今ではよく分からない。


あるときは、兄のように思える。

あるときは、まるで見知らぬ他人のように感じる。


それでも、火と香りだけは、いつも同じだった。


だから私は、火を灯しつづける。

言葉ではなく、手順で、記憶をなぞる。


「この手順は、私のものじゃないかもしれない」


そう呟くと、ルオが目を開け、ノイラが私を見た。


「でも、だからこそ、灯せるんだと思う」


ノイラが言った。


「私たちは、誰かの記憶の続きを、手で受け取ってる。言葉じゃなく、火と香りで」


レム・ステラが、震えた。


小さな音。けれど、確かに“語りの気配”だった。


ルオが石を軽く鳴らす。

私は薪を一本足す。

ノイラが目を閉じ、手を胸に置く。


その夜、私たちは名前を呼ばなかった。

けれど、誰かの記憶を、確かに感じていた。


そして、次の日もまた、私は火を灯す。


それが、私にできる唯一の語り方だから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ