第十一話 語られぬまま、継がれていく
レム・ステラが、今朝は妙に静かだった。
揺れもしないし、光りもしない。
それなのに、なぜか“何か”が通り過ぎた気配があった。
私は薪を組みながら、ふとその静けさに違和感を覚えた。
まるで、誰かの記憶が風のようにかすめていったような。
「……今日は、来てないの?」
ノイラが言った。
彼女は窓辺に立って、外を見ている。
誰に向けた言葉でもなかった。
でも、私もルオも、その意味が分かった。
昨日、あの子が来た。
いや、“来た”という確証はない。
ただ、空気の中に、確かに“誰か”がいた。
そして今日は、その気配だけが残っていた。
「レム・ステラが反応してない。
でも、昨日より……あたたかい」
ルオが石を握ったまま呟いた。
私もそう思っていた。
火の温度ではない。
部屋の空気が、どこかやわらかい。
言葉にはできないけれど、確かに“誰かが受け取ってくれた”ことが、
空気の密度として残っている。
私は薪をもう一本足した。
今日は林檎を使わない。
代わりに、穀物の粉とナッツを焼く予定だった。
それは、私が昔――名前を忘れた誰かと一緒に焼いたもの。
味は曖昧だ。
でも、混ぜる手順と、粉の量だけは、指が覚えている。
手で語る。
火で記憶する。
それが、私たちにできる唯一の語り方。
ふと、レム・ステラの金属面に、外の光が反射した。
私は視線をあげた。
遠く、小さな影がいくつか見えた。
子どもたち。
何人かが、広場の端に集まっていた。
手を動かしていた。
石を並べていた。
言葉はなかった。
けれど、その所作は、
まるで誰かが語りかけた詩を、沈黙のまま返すような静けさを持っていた。
「……伝わったんだ」
ノイラが呟いた。
私は、頷いた。
語らぬまま、火が継がれていく。
私たちは、そのためにここにいる。
レム・ステラは沈黙していた。
でも、それは“記録する必要がないほど自然になった”ということなのかもしれない。
世界が、静かに語りはじめている。
言葉のない言葉で。
火と香りと、手の所作だけで。
それは、ひょっとすると――
この惑星ネリスが、
ずっと前から望んでいた語り方だったのかもしれない。




