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初恋 Side氷室凪5


 「――凪? さっきからぼうっとしてるけど、大丈夫?」 


 「気分悪いん?」と心配した莉子が顔を覗き込んでくる。無防備に距離を詰める彼女にキスしたい衝動を抑え、何食わぬ顔で答えた。


 「さっき気付いたんやけどさ。俺、無自覚に恋してたみたいやわ」


 「えっ? ほんまに?」


 「うん。しっかり自覚した」


 その場で莉子に報告すると、莉子は瞳を見開き、感極まったように唇を震わせた。


 「よかったな。ほんまによかった……!」 


 「ははっ。自分のことみたいに喜ぶやん」


 「そらそうやろ! ずーっと悩んでたことがひとつ解決したんやで? 感激するに決まってるやろ」


 (そういうとこ好きやな) 


 募る愛おしさを隠して笑うと、莉子は瞳を輝かせて顔を上げた。


 「ちなみにどんな子? 凪の初恋相手、興味あるわ」 


 「そうやなー。見た目はどちらかというと落ち着いたタイプやな」


 「そうなん。意外。性格は?」


 「真面目な努力家で、ちょっと斜に構えるひねくれたところある。けっこうドライ。でも根はまっすぐで全然すれてなくて純情で、めっちゃ優しい。可愛いけど、中身男前でいつも期待以上の反応をくれる。これまで会った中で一番目離されへん子」


 本人に向かって恥ずかしい台詞を言っている自覚はある。それでも涼しい顔で平然と言葉を紡げる自分はいい性格をしているなと内心苦笑した。


 「へぇ、すごいな。めっちゃ好きやん。でもどうやって気付いたん?」


 莉子が興味深そうに聞いてくる。何でもいい。自分に関心を持ってくれるのが嬉しい。


 「その子が他の男に声掛けられてんの見てイラついた。で、架空の結婚相手まで想像して焦った」


 「なるほどな。ほんまにおめでとう。初恋やな。話し聞く限り親しそうやん。叶うといいな」


 珍しくにこにこ笑う莉子。少しも自分のことかもしれないと思わないあたり、やはり自分は今でも恋愛対象外なのだと思い知る。落胆を表に出さず、ふっと笑みを零して莉子を見つめた。


 「ここまで聞いて、もしかしてとは思わんのやな」


 「え?」


 「高校卒業の日にさ。十年後もお互い独身やったら結婚しようかって言ったの覚えてる?」


 「あの笑えない冗談がどうしたん。今の話に関係あるん?」


 「うん。あの時は冗談やったけど、今、本気で結婚したいと思ってる」


 「その子と?」


 「いや、だから莉子と。俺が好きなの莉子やで」


 「あー。なるほど。で、ほんまは誰なん?」


 「あのなぁ。この流れでさすがにその反応はなくない? 俺ノリ軽いけどこんな性質悪い嘘吐かへんよ。それくらい知ってるやろ?」


 「……。え……?」


 莉子がカチンと固まり、はじめて動揺を見せた。言葉の意味を理解して、飲み込もうと努力している様子が窺える。


 「……嘘やろ。まさか本気なん?」


 「だから本気やて。最初からそう言ってるやん」


 「いやいやいや。ちょっと待って。頭が混乱してる」


 「それはそうやろうな」


 「なんでそんなに落ち着いてるん? ていうかなんで急にそんな話になるん? 今までそんな空気全然なかったやん!」


 「そうやな。俺も今自覚したから」


 「自覚したって……。勘違いじゃなくて? 結婚式の幸せな空気にあてられて一時的に気分が盛り上がったとかじゃないん? にしても、身近な相手で妥協するのはどうかと思うで」


 あまりに予想通りの反応で、思わず笑ってしまった。莉子はいたく憤慨した様子で拳を振り上げる。


 「っやっぱり冗談やん! やめてや心臓に悪い!」


 「冗談やないて言ったやん。まあ莉子としてはその方が都合よかったんやろうけど」


 「……っ!!」


 (やっぱりこうなるよな)


 本気にしてもらえない、いや、したくないのだと分かる。莉子に求められていないことを改めて突き付けられ、深い海の底に突き落とされるような心地がした。そして初めて、これまで自分に告白してきた女子たちの気持ちを体感する。


 (あー。俺ほんまクソやったなぁ。特に高校の時の自分を殴りたい)


 緊張の面持ちで告白されても、はよ終わらんかなーとかめんどいなと思っていた。あわよくばと一抹の期待を抱いていても、たいていはダメ元で、ただ自分の気持ちを吐き出しスッキリしたいだけの告白に付き合わされることにうんざりしていた。


 女子とは親しくなっても思わせぶりな態度は注意深く避けていた。アプローチを受けたらそれとなく角を立てないようにかわしていた。人として向き合っても、恋愛的な意味ではちゃんと向き合ってこなかった。


 (誠実なんて買い被りやで。付き合ってる時も義務感が先立って、本心から喜ばせたいとか、泣かせたくないとか考えたことない。――だから罰が当たったんかな)


 冗談であってほしいと表情で語る莉子を前に苦虫を噛み潰す。彼女に気持ちを伝えたことに後悔はないが、想像以上に困らせてしまったことに胸が痛んだ。すぐにフォローに入る。 


 「大丈夫。莉子が俺のこと友達やと思ってるのはちゃんと分かってるよ。今気持ちを伝えても受け入れられないのも分かってた。それでも今伝えたかった。でなきゃ何も変わらんやん」


 「変わるって……。友達のままでいたくないってこと?」


 「うん。鈍感で奥手な莉子には、駆け引きや小細工は通用せんやろ? 悠長なことしてて横から掻っ攫われたらたまらん。だから困らせんの分かってて言った」


 言葉に詰まって困惑する莉子に胸を抉られる。誰かに拒絶されることが、受け入れてもらえないことが、これほど胸を焦がして寂しくて、叫び出したいほど苦しいなんて知らなかった。


 (でも幸い俺は嘘つきやから)


 得意の外面を被って穏やかに言う。


 「いきなりこんなこと言われても驚くよな。でも人を好きになるのも告白したのも初めてやし、雰囲気に流されたとか、誰でもよかったとか思われるのはさすがに悲しい」


 「……っ!」


 「話聞いてくれてありがとう。せっかく協力してくれたのに困らせてごめん。まだ二次会続くし、色々対応あるから送れんけど、タクシー呼ぶから気つけて帰ってな」


 友人らしく、莉子の肩にポンと手を置いて離れた。こちらを振り向くも、呆然と立ち竦んだ莉子が動く気配はなく、これまでに積み重ねてきた関係が脆くも崩れ去ろうとする音が頭の中で響いた。


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