初恋 Side氷室凪4
友人として徐々に打ち解けていく中、わりと早い段階で彼女に好きな人がいると気付いた。莉子の視線の先を追うと、特定の先生がいた。
仏頂面がデフォルトの莉子だが、その先生を前にする時だけ、微かに表情が違う。決して喜色を浮かべてはいない。むしろ無愛想が増しているようだったが、態度の違いから逆に好きなんだと思った。
(恋愛に興味なさそうやのに、好きな男おるんやって驚いて、感慨深かった。同時に、莉子が恋を知っていることにショックを受けて、勝手に寂しさを感じてた)
なんとなく同志と思っていた。――恋とは無縁だと。
けれど相手は教師で、莉子の性格からして誰にも言えないだろうと思った。だから気持ちを吐き出せる相手になりたくて、あえて指摘した。
彼女ははじめ頑なに認めなかったが、やがて白状した。莉子の信頼を得られたことが嬉しかったし、あの頃はただ、彼女が傷付くことがなければいいとだけ願っていた。
高校卒業後しばらくして疎遠になり、迎えた同窓会当日。
莉子に会えるかもしれないと参加したが、いざ顔を合わせて話してみると、どれだけ彼女に飢えていたか――求めていたかを思い知る。
彼女と向き合っていると、何事も器用にこなす要領の良い自分がいかに細かく欠けているか気付かされる。同時に、自分に足りないものを持っている彼女に急速に埋められていく感覚に満たされた。
そして同窓会の後。莉子と合流する前に女子二人に突然呼び止められた。
「氷室くんごめんっ!! さっきの本気で言ったわけじゃないからね!!」
「え。どしたん。突然何の話?」
「とぼんけんでや。まだ怒ってるん?」
「いやほんまに心あたりないねんけど。もしかして東堂さんと関係ある? 詳しくは知らんけど何か軽く揉めたっぽかったし」
「い、いや~、というかむしろ長谷川さんに悪いことしたなって」
「莉子に? どういうこと?」
無意識に声が低くなった。普段人当たりがいい態度を崩さない俺の纏う空気が険しくなったことに、彼女たちはたじろいだ。
「その、氷室くんと会うの久しぶりでさ。もしかしたらあの~、悪い意味で変貌を遂げてるかもって言ったら、外見変わっても凪は凪やんって断言してて。あれは怒ってたと思う」
「ああ……何となく察したわ」
大したことのない話でホッとする。表情を緩めると、声を掛けてきた女子は気まずそうな顔で両手を合わせ、謝罪した。
「ほんまにごめんな。直接謝りたいけど東堂さん近くにおって怖いし、声掛けられへんから氷室くんから謝っといてくれへん?」
「いや、気にせんでええよ。俺気にしてないし。莉子も根に持つタイプちゃうからもう忘れてると思うで」
「そうなん? てっきりもう告げ口――ととっ、報告されちゃったかと慌てて来てんけど藪蛇やった?」
「ははっ。莉子はそういうの全然言わんよ」
告げ口なんて一度もされたことがない。はじめに宣言したとおり、莉子は何かあっても俺を頼らず、自分の力で解決しようとする。
(だから気を付けてないと見落としてしまう。これまでどれだけ取り零してきたか分からない。それでも変わらず隣で笑ってくれるから――……)
「莉子はしっかりしてるし、強く見えるかもしれんけど傷付かんわけじゃないから。あんまり意地悪せんといたってな。あと、俺にこの話したことも黙っといたって。気遣わせたくないねん」
蠱惑的に微笑み、秘密を守るよう自分の唇に人差し指を当てた。彼女たちはみるみる赤くなって後退し、「う、うん。ほな帰るわ~~またね!」と急いで走り去って行った。
その後も――大人になった莉子との関わり合いの中で、どんどん彼女に惹かれていった。
莉子に会えるのが楽しみで、隣にいない時でも彼女の顔が頭にちらついた。他愛ないやり取りを思い出して笑みが零れ、彼女が好きそうなものを見つけると、喜ぶだろうかと想像して心が和んだ。
『他のことをしたり考えている時でもその人が思い浮かぶ瞬間があって、いつも心に居場所があるような感じかな。存在そのものが眩しくて余韻を残すような……』
莉子の言葉を、本当の意味で理解する。
きっとはじめから莉子は特別だった。それが当たり前で気付かなかった。たとえ高校の時に自覚したとしても、莉子の気持ちを尊重して想いを伝えようとはしなかっただろう。
けれど今、彼女が他の男の手を取り笑い合う姿を考えるだけで焦燥に駆られる。それが近い将来現実になりうる可能性を突きつけられ、余裕は吹き飛んだ。