初恋 Side氷室凪3
高一の時、同じクラスで隣の席になった莉子は無愛想で、声を掛けてもにこりともしない凛とした雰囲気の子だった。
一目顔を見れば喜色を浮かべて騒ぐ他の大多数の女子とは初対面から一線を画していて、無駄に秋波を送ってこない点で好感の持てる隣人だった。
けれど、莉子が俺との会話を望んでいないことを察してからは空気を読み、挨拶程度にしか関らなかった。
それを変えたのは入学して一カ月ほど経った頃の放課後――
「ねえ、これ氷室くんの鞄だよね? ペンケース見ちゃおっか。いつも使ってるペン、どこのか気になってたんだ~♡」
職員室に用事があってクラスに戻った時、タイミング悪い場面に鉢合わせた。自分の机に集まっていた数人の女子が無断で私物を手に取っていた。
(あー。またか。高校でもやられんのか)
私物を漁られたり、紛失するのは日常茶飯事で、もう気にもしていなかった。女に言えばアイドル扱いやなって笑い話にされて、男に言えばモテ自慢かと嫉妬される。先生に告げ口して大事になるのも避けたかったので、黙ってやり過ごす癖がついていた。
ただ、目の前でその現場に立ち会ってしまった気まずさと、一方的に押し付けられる好意と執着に気持ち悪さを感じた。それでも波風を立てず、彼女たちが立ち去るまでどこかで時間を潰そうかとそっと身を翻した時、よく通る声が響いた。
「そこ氷室くんの席やんね。何してはるん?」
躊躇わずに声を掛けたのは、莉子だった。一見ドライで俺と親しいわけでもない彼女が咎める姿を見て驚いた。それは女子達も同じだったようで、明らかに戸惑っていた。
「いや、別に……。ちょっと見せてもらってただけやけど?」
「本人のいない時に見るのはマナー違反やろ。それにそれ、持っていくつもりならさすがに黙ってない。ペン一本でも無断で持ち出したら窃盗やで」
「な、なによ! 別に盗ろうとか思ってへんし! もう行こっ!」
バタバタ教室から飛び出して来た女子達と危うくぶつかりそうになり、莉子と口論していた子が青褪めた。
「あ、氷室くん――……!? まさか今の、見て」
ばつの悪そうな彼女に無言で笑みを返した。冷ややかな眼差しに射抜かれた女子達は「ひっ」と小さな悲鳴を漏らして逃げて行く。色々と面倒になってフォローする気も起きず、教室に踏み込んだ。
「長谷川さん、助けてくれてありがとう。嫌な役目負わせてごめんな。明日女子に何か言われたら教えて。俺話するし」
笑顔で礼を伝えるも、彼女は顔色ひとつ変えず、平淡な声で言う。
「別に。私が勝手にやったことやから気にせんでええよ。何かあっても自分で対応するから大丈夫。じゃ、帰るわ」
さっと自分の鞄を肩に掛け、帰ろうとする莉子の前に立つ。行く手を塞がれた莉子は眉間に皺を寄せ、一歩下がった。
「何? もう話終わったやろ」
「そんな警戒せんでや。聞きたいことあるだけ。――さっき、なんで助けてくれたん?」
「え?」
「長谷川さん俺のこと苦手やん。最初から距離置いてるし、好意からの点数稼ぎじゃないよな。もしかして正義の味方気取りで気分よくなるタイプ?」
莉子の本性を引き出すために、わざと嫌な言い方をした。怒るか泣くか、無視するか。どんな反応が返ってくるか想像してみたが、どれも外れた。莉子は毅然とした空気を纏ったまま、穏やかな声で答える。
「別に深い意味ない。ただ、私やったら勝手に荷物触られんの嫌やなって思っただけ。それに――他人には分からなくても、何か思い入れのある大事なものかもしれんやん。だから見て見ぬフリはしたくない」
良い意味で期待を裏切られ、衝撃を受けた。
他人にさして興味がなさそうな莉子が意外と周囲をよく見ていたことも、特別親しくもないクラスメイトのために反感を買うリスクを負ってまで声を上げたことも、その理由も、全てが新鮮で興味が湧いた。
「長谷川さんさぁ……見た目と中身にギャップあるって言われん?」
「よく言われるけど。それが何?」
「ははっ。そうやんなぁ。うん。俺、初めて自分から女の子と友達になりたいと思ったわ。莉子って呼んでもいい?」
「は? 突然のモテ自慢? 普通に嫌やけど。仲良くもないのに馴れ馴れしいやろ」
「辛辣やな~。ほなこれから仲良くなろ。俺のことは凪でいいから。今から一緒に帰ろ」
「ちょっと。名前で呼ぶとは言ってないし、同行の許可もしてないで。勝手についてこんといて!」
以降、鬱陶しそうにしつつも決して無視はせず、側にいることを許してくれた。素っ気ない態度でつれないことを言うけれど、実は面倒見がよくてお人好しな莉子に好感を募らせるのに時間はかからなかった。
彼女は余計な詮索をして踏み込んでくることもなく、弱ってる時は不思議と察して励ましてくれる。
当たり前にこちらを慮り、心に寄り添ってくれる莉子の隣にいるのは心地よかった。いつも期待以上の言葉をくれたし、見返りを求めない行動に何度心を動かされたか分からない。