結婚式の二次会2
「何? 今込み入った話してるんやけど」
「はい、承知しています。ですが凪さんの友人としてお伝えしたいことがあるので、少しだけ耳を傾けていただけませんか? 他の招待客の皆様もいらっしゃいますし、お時間は取らせません」
周囲の目を憚らずヒートアップしつつあった楓を宥め、莉子は声のボリュームを落とした。
「この年でまだ決まった相手がいないというのは、ご家族の立場ですと心配になるお気持ちは分かります。ただ、個人的な意見ですが、結婚は本人の意思が一番大切ではないでしょうか? 周りが躍起になっても本人にその気がなければ仕方ないかと」
「それはそうやけど、弟は恋愛に興味薄くてマイペースやから、放っておいたら独身まっしぐらなのよ。だから仕方なく世話を焼いてあげてるの」
「凪さんが年を重ねた時、独身だと受け入れられませんか?」
「そういうわけじゃないけど……。じゃあこのまま何もしないで傍観してろっていうの? 年取ってから後悔しても遅いのよ。あなた責任取れるの?」
怒りの矛先が莉子に向けられ、凪が間に入ろうとしたが、莉子は片手で制止した。
「結婚するかどうか決めるのも、選択の結果、責任を負うのも凪さんです。ただ、私は友人として心配していません。凪さんのことを心から信頼して、尊敬しています」
「それは凪が高学歴で一流企業に勤めてるからやろ。たしかに健康である限り生活に困ることはないやろうけど、仕事で成功してさえいれば社会的に認められるかといえば、必ずしもそうじゃないからな」
「楓さんのおっしゃりたいことは理解できます。ですが、私が凪さんを誇らしく思う理由は違います」
莉子は物怖じせず、凛とした面持ちで楓を見据えた。
「凪さんには人を元気にしたり、勇気を与える力があります。これまで多くの人が救われる場面を見てきましたし、私自身何度も助けられました。仮に結婚のご期待に応えられなかったとしても、誇りに思えるご家族だと思います。一見見えずらい、形に残らない部分にも目を向けていただけませんか?」
隣にいる凪が息を呑む気配がする。けれど彼に視線は向けず、ひたむきに言葉を紡ぐ。
「楓さんに言われたことを気にしていないように見えるかもしれませんが、凪さんは真剣に受け止めて心を痛めています。ご家族として歯がゆい部分もあるでしょうが、彼の意思を尊重してもう少し見守っていてくださればと。どうかお願いします」
腹の前で両手を重ね、深々と頭下げる。数秒置いてゆっくり上体を起こした。
「突然部外者が押しかけて、偉そうに申し訳ありません。ご気分を害したなら謝罪します」
反感を買う覚悟での発言だったが、楓は瞠目し、毒気を抜かれたように表情を和らげた。
「謝らないで。私の方こそ、つい熱くなって責めるような口調になってごめんなさいね。でも驚いたわ。凪にこんなに親しい女性の友人がいたなんて」
「なんで今まで教えてくれへんかったん?」と凪を見遣る。凪は冷ややかな眼差しを返した。
「言うわけないやろ。絶対会いたがるやん」
「それはそうやろ! 元はといえばあんたが――っ」
再び熱くなりかけた楓はぐっと言葉を飲み込み、クールダウンするようにこめかみを押さえた。
「いけないいけない。いやね。たった今忠告されたばかりなのに、うっかりお説教するところだったわ。みっともないところばかり見せてごめんなさいね」
「いいえ。こちらこそ不躾な物言いをして申し訳ございませんでした。楓さんはとてもお綺麗ですし、内面も愛情深い方で、素敵なお姉さんがいる凪さんが羨ましいです」
楓は瞼を瞬かせると、輝く笑顔を浮かべ、頬に手を当てしなを作った。
「あら、お上手ねえ。なんなら本当に妹になってくれてもかまわないのよ? いつでも歓迎するわ」
「姉ちゃん! 莉子とはそういう関係やないから」
「そう? でもこれからは分からないでしょ? 莉子さん、いつでも氷室家に遊びに来てね。何なら私と連絡先を交換して――」
「もうええって。行こう、莉子。十分や」
背中に手を回してきた凪に退却を促され、莉子はもう一度、丁寧にお辞儀した。
「お時間いただきありがとうございました。私はもう帰りますので、後は皆様で楽しんでください」
「まあそう言わんと! せっかく来てくれはったんやからお料理くらい食べていってくださいな。凪、あんたはちょっとこっち来て!」
「は? なんで俺が――」
「そんな態度取っていいん? 今ここであんたの黒歴史ぶちまけたろか? 莉子さんの前で恥かきたくなかったら、大人しく従って」
「横暴な……」
凪は深いため息を吐くと、莉子を一瞥し、「ごめん」と無音声で囁く。その後、楓と共に離れた場所へと移動した。