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プロローグ1


 「――なあ、()()()()()には告白できた?」


 耳元で囁くハスキーな声にぎょっとして振り向くと、とんでもない美形が口角を上げた。


 悪戯が成功した少年のような笑みを浮かべるのは、氷室凪ひむろなぎ――高一から同じクラスの男友達だ。


 亜麻色の髪に飴色の瞳、すっと通った鼻筋に形のいい唇。黄金比の顔面はさながら国宝、至高の芸術品といっても過言ではない。


 さらに高身長ですらりと手足が長く、スタイル抜群で圧倒的に華がある。


 出会って三秒で惚れられるという伝説がまことしやかに囁かれる、全校女子憧れの存在だ。


 息をするようにモテるこの男に声を掛けられると、女子から羨望の眼差しを浴びる。


 廊下を歩いていた長谷川莉子はせがわりこは、四方から視線を感じつつ、凪に向き直った。


 「してない。というか告白はしない」 


 身長差のある凪を見上げ、声を潜めて返事をする。凪は切れ長の瞳をパチパチさせて首を傾げた。


 今日は高校の卒業式で、卒業生の胸元には花のコサージュが飾られている。


 それ以外は何の変哲もないありふれた制服姿でゆるっと立っているだけなのに、モデルのように様になっていて憎らしい。


 「なんで? 卒業したら告るんやって息巻いてたのに。今日こそ絶好のチャンスやろ。先生モテそうやしはよせな出遅れるで」


 「もう遅い。職員室に様子見に行ったら女子に囲まれてた」


 「えー。怖気づいたん?」


 「今更。振られる覚悟くらいとっくにしてきたわ。でも、あの列に並んだら『憧れの先生に記念告白する』子たちの一人になるんやなって思ったら嫌になった。恋に恋して浮かれてる頭の軽い女やと思われたくない」


 不貞腐れたような声が出てしまい、子どもじみた態度を取ったことを後悔する。凪は「へえ」と顎を撫で、まじまじこちらを観察している。 


 「何? ニヤニヤして感じ悪いで」


 「ごめん。いじらしくて可愛いなと思って」


 「バカにして。せいぜい笑ったらいいわ」


 「笑わんて。高校三年間ずっと好きやったやん。そんだけ一途に人を好きでいられるってすごいわ」


 「ふん。年中無休で告白されてる凪が言うと嫌味にしか聞こえん」


 不機嫌を隠さずに歩みを再開すると、教室に向かう道すがら凪が横についてくる。 


 「ほんまにいいん? この機会を逃したらたぶんもう一生言えんで。自分の気持ち知ってもらうだけでもスッキリするんちゃうん」


 「別にスッキリしたくて告白するわけちゃうから。それに……」


 「なに?」


 「好きやから熱心に質問してたと誤解されたくない。先生のことは好きやけど、学びたい気持ちは本物やったし。どうせ失恋するなら『高校三年間勉強に打ち込んでた教え子』として覚えててもらいたい」


 真面目に言い切ると、心の整理がついた。元々あまりくよくよする性質ではないので、こうと決めたら潔く気持ちを切り替えられる。


 黙って聞いていた凪は、顔の横で人差し指を立てた。


 「ちょっと屋上いかん? 気分転換に」


 「別に落ち込んでないから気遣わんでええよ」


 「俺が外の空気吸いたいねん。教室戻ったら女子がうるさそうやし。な? この通りや」


 背を屈め、両手を合わせてあざとく頼む凪。彼を白い目で三秒見つめた後、「わかった」と行先変更を了承した。




 屋上に行くと、数組のカップルが青空を背景にいちゃいちゃしたり、写真を撮ったり、いちゃいちゃしていた。


 彼らの邪魔にならない位置に移動すると、心を無にしてフェンス越しに校庭を眺める。


 卒業式を終え、友人たちと別れを惜しむ生徒たちの姿が目に入ってきた。


 さすがに表情までは見えないし、話の内容も聞こえないが、手を繋いだり抱き合ったりしているのを見るだけで友情が伝わってくる。


 「青春やな」


 「他人事やな。自分も卒業生やん」


 「だから? 高校卒業なんて長い目で見たら数あるライフイベントのひとつやん」


 「相変わらずドライやな」


 くっくっと喉を震わせて笑う凪がフェンスに寄りかかる。


 「もったいないなー。莉子はええ子やのに結婚できそうにないな。愛想ええ方やないし言いにくくても言わなあかんことはズバッと言うし、男にはとっつきにくいやろ。ほんまは面倒見よくて優しくていじらしいのにな。純情やし」


 「貶すんか褒めるんかどっちかにしてや。それに純情ではないで。結局可愛げもなく告白できんかったし」


 「できるけどしなかったんやろ。それも前向きな理由やん。今日告白したら十年後には忘れられてるかもしらんけど、このまま卒業したら『熱心な教え子』として覚えててもらえるで。そんくらい目掛けてもらっとったやろ」


 「泣かせにくるやん」


 「はは。親友やからな」


 その場にしゃがんだ凪に合わせて、スカートの中が見えないよう気を付けつつ腰を落とす。


 「そういう凪はここにいてええの? 女子が血眼で探してそうやけど」


 「あー……ワンチャン狙いの駆け込み告白な」


 「言い方」


 「別にええやん。ここには莉子しかおらんやろ」


 膝の上で頬杖をつき、人懐っこい笑顔を向けてくる。莉子は眉間に皺を寄せた。


 「腹立つ程イケメンでコミュ強で百戦錬磨の雰囲気背負ってるくせに、初恋もまだなんて誰も信じんやろうな」


 「百戦錬磨ておもろ。でもこればっかりは仕方ないよなー。しようと思ってできるもんでもないし」


 「そうやな。凪こそ将来独身かもな。高校と同じく女に群がられて辟易してる未来がリアルに想像できるわ」


 「嫌やなー。俺の何がそんなええんやろうなー」


 「そんなん分かり切ってるやろ。そのご尊顔や。身長高くてスタイルいいし勉強も運動もできる。明るくて社交的で誰とでも仲良くなれるコミュ力もある。チートやん」


 「どうしたん、めっちゃ褒めてくれるやん。おねだりしたいん?」


 「アホ。あんたの機嫌取るためにお世辞言うわけないやろ」


 「辛辣。冗談やん~」


 けらけら笑う凪に呆れる。


 陽気で、ノリが軽いから遊んでると誤解されがちだが、凪は案外真面目で誠実だ。


 空気を読むのに長けてて人に合わせられるけど、譲れない部分は流されない芯の強さがある。


 メンタル鬼つよに見えて繊細な部分も持ち合わせていて、たまにこっそり落ち込んだりもする。


 (外見から受けるイメージが強すぎて幻想抱かれがちなんよな。凪のええところは他にもいっぱいあるのに)


 平凡な容姿に生まれた莉子は想像するしかないが、上辺だけ見て中身を見て貰えないというのはけっこう寂しいんじゃないかと思う。



 「……凪のいいところは、人をよく見て適度に寄り添ってくれるところや。甘やかすんでも突き放すんでもなく、見守ってくれる。私はひねくれ者やから人の粗が目につくタイプやけど、あんたは逆で良いところ探すのが上手いねん。で、自然に肯定して自信持たせてくれる。女にクッソモテるけど男にも慕われてるやろ。私も実際助けられたし、まあ、感謝してる」



 こういうのは柄じゃないと自覚しつつ、友人として励ましたくて言葉を紡ぐ。本心だと伝えるために茶化さなかったのだが、凪は表情が抜け落ちて目を丸くした。


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