内気な雷
雷の雷楽が向ったところは、カラオケボックスだった。
「やっと鳴らせるぞ」
背中に太鼓を背負うのももどかしげに彼は、両手にバチを握りしめるなり、太鼓を連打しはじめた。
一時間の間、一心不乱に叩きつづけた雷楽は、たまりにたまったストレスを発散させて、カラオケ屋を後にした。
彼がカラオケ屋通いをはじめて、すでに久しい。
なにもこんな狭苦しいところにこもって、ゴロゴロなんかはやりたくはない。空の上から、だれに遠慮することなく、大音響で落とすあの醍醐味こそ、雷冥利につきるというものだ。
ところが最近は、うっかりゴロゴロやると、すぐに隣近所からうるさいとどなりつけられる。
どなりつけられてばかりいるうち、だんだんすみにおいやられるように雷楽は、雷を落とさなくなりだした。
しかたなく雷楽は、カラオケボックスに目をつけた。ここでなら、少々の音響は、だれにも咎められることはない。
行くときには、相棒の稲光花子を誘うのだが、花子のやつ、彼のそんなめめしい行為を軽蔑してか、最近は携帯にも出てくれない。
「花子にまで、ばかにされた」
泣きたい気持の雷楽が、雨雲にのって地上間際をさまよっているとき、人家の一つから話し声が聞こえてきた。窓の中には、お婆ちゃんとその孫らしい子供の顔がのぞいている。
「昔は、雷が鳴って梅雨が明けたんだけど、鳴りそうにないね。このままだらだらと梅雨がつづくのかね」
雷楽は、耳が痛くなって、飛び去ろうかと思ったとき、二人のいる家の庭に、不審な人影がみえた。右手に、包丁を握りしめている。
「泥棒!」
泥棒は、老人と子供だけがいる家に、窓を割ってしのびこもうとしていた。
「泥棒がはいるぞ」
叫びながら雷楽は、背中の太鼓を叩きまくった。
突然おこった雷に、びっくりして泥棒は地面にころげ落ちた。
家の中ではお婆さんが驚いてどこかに電話をしている。しばらくしてちかづいてきたパトカーのサイレンを聞いても、腰を打ちつけた泥棒はおきあがることさえできなかった。
黒雲を切り裂いて、稲光が閃いた。いまの雷楽の雷を聞きつけて、稲光花子が飛んできたのだ。
「雷楽、すてき。いまのすごい雷、見直したわ」
おだてられて雷楽は、すっかり有頂天になって、町中飛び回ってはゴロゴロ、ドッシン、ゴロゴロ、ドッシンと、つづけさまに何発もの雷を落としまくった。
「ようやく、梅雨はおわったようね」
空をみあげながら、お婆ちゃんは孫にむかっていった。