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第8話

 数日休み、回復して元気に登校しようとしたら、いつものように翔が待っていてくれてやっぱり嬉しい。

 嬉しいのに無理して笑っている自分が居た。

 いつさよならを告げることを考えると、雫はいつも翔に向けている笑顔を上手く作れているのか不安でしかない。

 翔の隣にいる時は笑顔を絶やしたくない。無理をしていることが自分を苦しめていると結局雫は気付いていなかった。

 優しい翔の優しい微笑みがいつも自分を笑顔にしてくれるのだと思うと、いつも嬉しくてずっと一緒に居たいと思う。

 だから、笑顔が作れなくなる前にさよならは言わないといけない。



「お見舞い出来なくてごめんね。まだ少し元気無いように見えるから、どうか無理はしないで」

「うん、気を付けるね。心配かけてごめんなさい」

 本人が無自覚だから、きっとまた無理するのだろうなと翔は思う。

「雫ちゃんはすぐ無理しちゃうからね。疲れた時はちゃんと言うんだよ?」

 そう言った翔に、雫は返す返事を見つけられなかった。もう気付いている、なにが原因だったかなんて。言えるわけがない。

 不安そうな表情を浮かべた雫の頭を撫でると、翔が言った。

「大丈夫。いつだって俺が雫ちゃんのこと守るから。ね? 約束」

 雫が「うん」と返事を返すまでには随分時間がかかってしまった。

 約束は守るためにある。けれども雫は翔にもう守ってくれなくてもいいのだと伝えなければいけない。こんな約束をしてしまってよかったのか、胸がちくちくと痛む。これは約束を破ることになってしまうのだろうか。翔を傷付けたくない。大切な人には変わりないのだ。

 翔はお見舞いが出来なかった理由、透子に追い払われたことを告げなかった。

 透子が自分のそばに雫が居ることを良くないと思っていることは、翔もわかっている。しかし透子は翔を邪険じゃけんには扱わない。

 あの時も、雫は弱っている姿をあんたに見せたくないのだと言われただけだ。しかしそれは、てい良く突き放されたのだとしか思わずにはいられなかった。



 やっぱり雫は翔と居ると、変なことさえされなければ居心地が好い。しかし最近は壮と居ても安心する自分もいる。

 それはきっと甘えだろう雫は考えた。

 二人とも優しくて、その優しさを天秤てんびんにかけてはいけないのだ。

 それよりも今自分に必要なことは、好きの意味を考えなきゃいけないことだ。

 誰に対してどんな好きを持っているのか。

 誰も傷付けないさよならの仕方も考えなきゃならない。

 由美に色々話したけれど、結局は自分次第、どうしたいのだろうと自問自答すればやっぱり頭がごちゃごちゃして来る。

 どうしてこんなにごちゃごちゃしてしまうのだろう。答えが見つからないことも、雫は不安だ。

 感性と脊髄反射で生きているような雫は時々難しいことを言う二人に、少なくとも翔に対してはきちんとした言葉を探す必要性をいつとなく感じている。

 周りが自分にくれる好意を選別せんべつしなければいけないようでひどく嫌だ。 

 そうしてこれからもこんなことをしていかなければならないのかと思えば、大人になんてなりたくない。

 少しかげってしまった表情は、翔の前では絶対に見せたくない顔。



 人気のない場所で翔が立ち止まった。

 雫の手を引いて道の端へ寄ると、少しだけそっと抱きしめた。そうすれば、雫の憂いは取れてくれると思った。抱きしめられた雫は泣きたい気分になってしまった。



「おはよう!」

 元気な声を響かせて雫が教室へ入ると、心配したと小百合に抱きつかれた。結局思っていたほど長くかからなかったけれども、不安で仕方なかった。

 小百合は雫に対してとても心配性である。元気に見えない雫に一番最初に気付くのはいつも小百合だ。

 光助は安心しつつも、小百合は相変わらずだなあと思っただけだったが、浩はそんなことを出来ることが許される小百合が本当は少しだけ、ほんの少しだけ羨ましい。

 穏やかで優しい性格をしている浩は雫が泣いた時も落ち込んでいる時も、許されるなら抱きしめてあげたくなる。きっと自分の雫への好きは小百合や光助とは少し違う。

 いつものように頭を撫でてやり、元気になってよかったよと伝えた。

「あ、ノート! ノート見せて! 」

 光助にねだっている雫が可愛らしい。

 ふと、雫はおかしなことに気づいた。

 自分の後ろになかったはずの席がある。不思議に思っていると転校生が来たんだよと誰かが教えた。

「転校生?! どんな子? 男の子? 女の子?」

 その転校生が教室に入ってくるなり、とてつもなく嫌な顔をした。雫を彼は知っている。彼はみんなが言っていた相田雫が本人だと分かると、少なくとも一年間は恐ろしい毎日を過ごさなければならないのかと逃げ出したくなった。

「おはよう、久しぶり」

「久しぶり?」

「僕だよ、ほら近所に住んでた……」 

 彼が言いかけたのを遮って雫は、あっ! と声をあげた。

「ゆりちゃんだー!」

 彼の名前は佐野さの勇利(ゆうり)という。幼い頃、雫が友理がいるのに勇利のことまでゆりちゃんと呼び始めて、友理と紛らわしいからやめてと言ってもやめてくれない。面白がった壮も勇利のことをわざわざゆりちゃんと呼んでいた。壮は友理はゆり、勇利はゆりちゃんと呼び分けるが、雫はどちらに対してもゆりちゃんと呼ぶ。 まったく分かりづらいし、迷惑だ。

「幼稚園ぶりだね」

「雫はなんだか全然変わってないね。ちっちゃいまんま、そのまま育ったみたい」

 言ってから、勇利はしまった! と思った。

「あれー? 泣き虫ゆりちゃんもそういうこと言うんだねー」

 雫を怒らせたかと勇利は錯覚さっかくした。

 勇利は雫が怖い。 

 変な行動をする雫といつも一緒に居たけれど、あまりにも奇怪きかい過ぎて、本当に泣いてばかりいた。

 勇利が雫と遊びたい時に限って、本読むのに忙しいからやだと言い、当時の勇利を泣かせる。

 三歳で字を書く読むを覚えた雫は四歳にして絵本じゃ物足りなく、児童書ばかり真剣に読んでいた。小学校に上がる前には鉄平や由美がもっと難しい本を与えだしていた。そんなものを読んでいたから漢字を覚えるのも早かった。

 漢字を読み書きする四歳なんて、そうそういない気がする。空恐そらおそろしいと勇利は思っていた。やってることが小学生に上がった翔や壮と変わらないのだ。

 勇利は自分が子供らしかったなと思い返す。歳上の幼馴染達はみんなませていた。

「幼稚園の頃の話でしょ。いつまでも泣き虫なわけないじゃない」

 とは言ってみたものの、転校して来た一昨日、相田ちゃん事件簿のことを耳にして慄いた。

 勇利はににこにこと爽やかに振舞い、もう既にクラスに馴染んでいるように見えた。

 男の子って本当に変わる。泣き虫な勇利はもういないと思うと、雫は少しだけ淋しさを覚えた。

 みんな変わっていく中で、自分は変われていない。勇利の変わっていないねという言葉がずっしりとのしかかる。由美と数日後前に話したことを思い返す。自分も変わっていかなきゃいけないんだとは理解している。

 怖い、今までの自分を捨てるようで恐ろしい。

「ゆりちゃんはやっぱり英語が得意?」

「そりゃそうだよ。6年間もアメリカに居てしゃべれないわけないじゃない」

 むー! と雫はがうなる。

「な、なに?!」

 周りにいたクラスメートは本当に勇利は雫が怖いんだなと若干呆れた。

「負けない!」

 そう宣言した雫に勇利が首をかしげた。

「期末テストもあたしが一番取るんだもん!」

 相変わらずめんどくさい子だと勇利は思わずにはいられなかった。本当に恐ろしい、この変てこ人間、雫が恐ろしい。

 雫は本当に変わらない、けれども利発なのは相変わらずのようだと勇利は思った。



 昼休みになると、面白いものが見られるなと思った幼馴染が勢ぞろいした。雫と勇利が揃ったら面白くないわけがない。意外にも翔もその場に現れた。

 勇利は昔より少し意地悪になったと雫は思う。

「翔と雫、付き合ってるって本当? こんな変人のどこが好いのさ」

 どうせ学校中が知ってることだ。そうだよと翔が答えると、雫がほんのわずか俯いた。その時壮だけがそれに気付いた。

 この馴染みたちのパワーバランスは変だ。雫に泣かされてばかりの勇利は、翔のことも壮のことも全く怖くなければどうでもいい、一番強いのは工藤双子で雫以外誰も頭が上がらない。

 話題を変えるように壮が言った。

「お前な、ちゃんと俺たちのこと先輩て呼べよ」

「そんなこと言われても。あっちじゃそんな風習ないし」

「猛と友理はちゃんと先輩って呼ぶぞ」

 壮が言うと、勇利はただの嫌がらせだなと思った。

「雫は先輩て呼ばないじゃない」

「お前、雫が壮先輩とか呼ぶの想像してみろよ」

 言われて想像してみると確かに気持ち悪い。

 翔は我が物顔で言った。

「俺たち付き合ってるのに先輩とか呼ばれるのは変だよ」

 さりげなく惚気のろけた翔を、雫以外の全員が白い目で見た。面白そうだからと集まっていたクラスメートすら。

 そういうことを言うのに、どうして好きだって言ってくれないのだろう。そう思うと、雫は顔を歪ませないように必至だった。

 壮はいつだって雫の機微をしっかり見つめる。

 そんな壮がさっきから大人しい雫の頭をぽんと撫でると、すかさず翔がその手を払いのけた。

 勇利はそういうとこも変わってない、ばからしいと呆れた。

 壮のせいで泣いたりわめいたりする雫は結構好きだった。喜怒哀楽が激しくて飽きない。代わりにそのせいで自分も泣かされていたが。

 壮が話題を逸らしたのに、結局その話に戻るのかと友理が軽く翔をにらんだ。

 自分だけの特権だと言わんばかりの翔の発言に傷付いた誰かもいるに違いないのに、そんなことなど気にするような翔じゃないのはわかっている。

 ただ、もはや雫が泣きそうな顔をしていることに友里も気付いていて、壮が心配そうに雫を見ていた。

 翔はいつだってそんなことに気付くことなく、雫は自分のものだと無意識に周りを牽制けんせいする。雫に悟られないように。

 この時雫が思ったのは、どうして壮と翔はこんな風になってしまったのだろうかというものだった。それが悲しくて悲しくて無性に心細く感じたら泣きそうになってしまった。

 小百合が相田ちゃんはみんなに愛されてるわね、と言ったのは小百合も気付いていたのだろう。雫のまるで知らない翔の独占欲にはみんな辟易へきえきしている。

 翔は雫の好きななごやかな微笑みを浮かべたまま、周りを牽制していた。

「あ、そうだ! ついでだから小学校に上がるまでの相田ちゃんのこと聞きたいです!」

 光助は後でこっそりと事件簿につけようと思って尋ねた。

 突如みんな嫌なことを思い出して、翔ですら嫌そうな顔をした後、声を揃えて言った。

「ナメクジ事件!」

 あれは驚きを通り越している。

「二歳の時に雫のやつ、ナメクジ捕まえたって手につかんで持って来て……しかも窓よじ登って入って来たんだよ。そんでお塩! お塩って言うから、取り敢えず虫かごに入れさせて、手を洗わせて。塩を渡したらあり得ないくらいどばーっとかけて……その後、俺たち全部溶けるの見るまで延々と付き合わされた。普通飽きるだろ、そんなの。でもさ、もうやだって言うと、だめー! て喚くんだよ」

「わわわー! 壮君そんな変なことバラさないで!」

 流石に無い記憶を、後々嫌というほど雫はみんなに聞かされていて、最早トラウマに近い。

 慌てぶりが面白くて壮が水を得た魚のようににやにやしだした。

「流石に僕もそれ覚えてないや。僕もいたの?」

「お前泣いてたよなぁ」

 猛がバラすと、今度は勇利が慌てだす。

「まだあるわよ。やっぱり同じ頃の話だけど」

 友理がなにを言うか雫は内心はらはらした。

「三輪車で急坂を駆け登る二歳児。ありえなくない? 子供じゃ下るのも結構怖いし、登るのはすごい体力いるのよ」

「ふむふむ、相田ちゃんは幼い頃から馬鹿力だったと」

 光助が面白いことを聞いたと嬉しそうに目を輝かせている。

 その後も休み時間が終わるまで、雫は自分の奇怪らしい言動を晒され続け、最後はもういやだと泣き喚いた。喚く雫を翔が優しく宥める。

 そういえば雫が泣き喚くことって久々に見るなとみんな思った。

 ことごとく幼い頃の雫の言動をバラしたのはやっぱり壮で、久々に昔のように壮が悪ガキに見えた。

 幼馴染たちは少しだけ時間が巻き戻ったような感覚をみんな覚えた。翔以外は。

「あ、そうだ! ついでだから小学校に上がるまでの相田ちゃんのこと聞きたいです!」

 光助は後でこっそりと事件簿につけようと思って尋ねた。

 突如みんな嫌なことを思い出して、翔ですら嫌そうな顔をした後、声を揃えて言った。

「ナメクジ事件!」

 あれは驚きを通り越している。

「二歳の時に雫のやつ、ナメクジ捕まえたって手につかんで持って来て……しかも窓よじ登って入って来たんだよ。そんでお塩! お塩って言うから、取り敢えず虫かごに入れさせて、手を洗わせて。塩を渡したらあり得ないくらいどばーっとかけて……その後、俺たち全部溶けるの見るまで延々と付き合わされた。普通飽きるだろ、そんなの。でもさ、もうやだって言うと、だめー! て喚くんだよ」

「わわわー! 壮君そんな変なことバラさないで!」

 流石に無い記憶を、後々嫌というほど雫はみんなに聞かされていて、最早トラウマに近い。

 慌てぶりが面白くて壮が水を得た魚のようににやにやしだした。

「流石に僕もそれ覚えてないや。僕もいたの?」

「お前泣いてたよなぁ」

 猛がバラすと、今度は勇利が慌てだす。

「まだあるわよ。やっぱり同じ頃の話だけど」

 友理がなにを言うか雫は内心はらはらした。

「三輪車で急坂を駆け登る二歳児。ありえなくない? 子供じゃ下るのも結構怖いし、登るのはすごい体力いるのよ」

「ふむふむ、相田ちゃんは幼い頃から馬鹿力だったと」

 光助が面白いことを聞いたと嬉しそうに目を輝かせている。

 その後も休み時間が終わるまで、雫は自分の奇怪らしい言動を晒され続け、最後はもういやだと泣き喚いた。喚く雫を翔が優しく宥める。

 そういえば雫が泣き喚くことって久々に見るなとみんな思った。

 ことごとく幼い頃の雫の言動をバラしたのはやっぱり壮で、久々に昔のように壮が悪ガキに見えた。

 幼馴染たちは少しだけ時間が巻き戻ったような感覚をみんな覚えた。翔以外は。


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