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第20話

 卒挙式の後、壮は雫に裏庭で待っていてとお願いしていた。

 きっと色んな人に囲まれているだろうなと思いながら、雫は裏庭でのほほんと壮を待つ。雫は相田ちゃんを気に入っている男女問わず色々な三年生に声をかけられて、嬉しいけど賑やか過ぎて少しだけ疲れた。

 ほんの少しだけ、自分の許容範囲をこの一年で学べたようだ。



「雫、早くない?」

 壮が雫へ声を掛けると、少しだけ疲れたと雫は言った。疲れ知らずが随分と大人になったものだと壮は思った。

「はあ、雫さんや、あいつらが制御してくれてるからって本当無理するなよー」

 そう言ってみたものの、よくよく考えると、あいつらはとことん甘やかしてとことん楽しむ奴らだった。壮は頭が痛くなりそうだった。自分の知らないところで無理ばかりされては気が気でない。

「壮君、あたし、もう良いことしかしない!」

 負けず嫌いの雫がきっぱり言い切った。壮を困らせたくない。迷惑をかけたくない。心配させたくない。

「ねえ、どうしてこんなところで待ち合わせ?」

 帰れば一緒に居られるのにと雫は不思議に思った。

「折角だからな。こうやって学校で一緒に居れるの」

 そうして壮はベタに第二ボタンを雫へと放り投げた。綺麗にキャッチした雫がまた不思議そうに首を傾げた。

「壮君は人気者だから他の女の子にあげればいいいのに。もらった人、きっと思い出を大事にする」

 そう雫が言うと、壮はそう言う意味じゃないと言った。

「お守りだよ」

 雫が嬉しそうに笑顔を満開にした。

「ふふっ! お守り。なんだか嬉しい!」

 この顔が好きだな、と壮は思った。他の人に見せる笑顔とは少し違う、自分の宝物。

 からかって泣かせて笑った後も、いつもこんな風に笑っていて、だからまたからかって笑顔が見たくなる。

 雫の隣に壮が腰掛けた。

「雫、こっち向いて」

 それから壮は周りにちゃんと人気がないことを確かめて、雫にキスをした。触れるだけのキスだけれども長く、離れがたい。

 顔を離すと、雫が俯いて顔を真っ赤にして笑っていた。

 壮は知っていたのだろうか、自分の胸のつっかかりを。知っていたかのように、今全部埋めてくれた。

 もうこれで全部空いていた穴がふさがった。時々感じる後ろめたさはもう気にしないと雫は決めた。

 そうしたらひとつだけ大事なことを思い付いた。

「壮君、卒業おめでとう。また一緒の学校行く!」

「待ってるよ。ていってもいつでも会えるけどなー」

 年中、お互いの家を行き来しているくせに、と壮は思った。

 でも、あいつらも居るあの教室でいつも嬉しそうな雫を見られなくなるのは、多少淋しい。 

 この一年は、なんだかんだで楽しかった。

「雫さー、お行儀良くしてろよ? まじで」

「わかってるもん」

 壮が手を差し出すと、一瞬ふたりきりの時のように手を絡めそうになってから、雫は手を繋ぎ直した。

「よく出来ましたー」

「壮君のバカー! バカにしてるでしょ!」

 むくれる雫に思わず笑いが込み上げる。

 校舎と校庭の脇を通って門へ向かう。人は減っているものの、まだ賑わいが続いている。

 壮の友人が流石に今日ばかりはと盛大に茶々を入れてくる。



 冷やかされながら進むと小百合たちが待っていた。

「壮せんぱーい、卒業おめでとうございます。で、も」

「俺たちみんなでまた同じ学校行きますから」

「そうそう、みーんなでね。相田ちゃん」

 一番最後の光助の言い方に、壮はため息を吐き、雫はぎゃーと青ざめた。

 そこに雫が入学早々にメンチを切った生活委員担当の教師と鉄平がやって来た。

「まーさか、この賑やかコンビがこーんなんだったとはなあ」

 にやにやと手が繋がれているふたりを眺めている。

「おお、壮。そういや、赤飯炊いてやってなかったなあ」

 鉄平のその言葉に思わず先生と言わずに壮はにいちゃん! と呼んでしまった。

 鉄平は幼馴染たちに学校ではちゃんと先生と呼ぶように強要して来たが、今日ばかりは叱ることはなかった。それよりも鉄平は雫の横で壮をとことん弄くり回したい。

「赤飯てなんだよ! 赤飯て!」

「あー? 高校合格祝いだろ」

 まるで棒読みの鉄平に突っかかろうとしたら、雫が言った。

「壮君、あたし、お赤飯作る?」

 鵜呑みにした雫が目をきらきらさせている。 

 鉄平がにやにや壮を見ている。壮は思わず片手で顔面を覆った。お赤飯作ってもらえよって顔で楽しそうに自分を見ている。

 雫ってやはり鈍いなとその場にいた二人以外が思った。

 揶揄われている時だって、なんだかバカにされてる! とムキになって、どういう意味かまで考えないのがほとんどだ。とにかく脊髄反射で動く。

「雫、赤飯はいらないよ」

「お祝いなんでしょ?」

 教師ふたりが可笑しそうにけらけらと笑っている。

「相田ちゃーん、お赤飯作ってあげたほうがいいわよー?」

 水を得た小百合にまで壮は揶揄われる。

「……お前ら、味方のフリして俺のこと一年間遊んでただろ!」

 そろそろ壮は言わずにはいられなかった。

「あれー? 先輩てば、俺たち色々と頑張ってあげたつもりなんですけどねー?」

 光助がそう言う横で浩がくすくす笑っている。ほらみろよと壮は思った。

 これから二年間は、小百合や光助はともかく、浩がきっときちんと雫を守っていてくれる。

「こいつのことよろしく頼むわ」

「もちろん」

 答えたのは浩で、目を細めて可笑しそうに雫を見ていた。

 やっぱり浩が居てくれれば安心だなと壮は思った。昔から浩の雫に対する特別は壮の背中も押してくれていた。

 三人共に共通するけれども、特に浩は機微に細やかだ。それは恐れているはずの壮に対しても同じだった。

 転校する前、些細な言葉で壮は浩に勇気をもらったことがある。



「あ!」

 突然思い出したように雫が声をあげた。

「壮君、少し待ってて! あたし用事あった!」

 多分、翔だろうな。律儀りちぎなのが雫らしい。そのことに関して壮は別になにも思わなかった。むしろ翔の為かもしれない。雫はもう気付いている。翔の横で自分が昔から背伸びをし続けていたことを。

「はいはい。行っておいで」

 やや不安そうに雫は見上げたけれども、うん! とすぐに去って行った。

「お前さ、優しい。違うな。バカだなあ、相変わらず」

 鉄平が呆れたように言った。まだいたのかよと壮はげんなりした。

 絶対に雫がいないのをいいことに、今度は違う方法で自分をいじり倒してくるに違いない。

「どーするー?」

「は? なにがだよ」

「一年ありゃ、思春期なんてあっという間に変わっていくだろ?」

「言ってる意味、わかんない。説教するためにここにいるのかよ!」

「違う。お前で遊ぶために決まってんだろ」

 壮はため息を吐いた。そして助け舟を求めるかのように小百合たちを見遣るとそっぽを向かれた。

 彼女たちの内心はもちろん、面白いものが見られそうだ、それだけだ。ではなければ、かっこよくて優しいのに時々恐ろしく毒舌で説教がやたらと恐ろしい鉄平からさっさと逃げてるだろう。

 壮は思った。そうだ、こいつらはこういう奴らだった。



「雫ちゃん?」

 翔は少し離れて雫が待っていることに気付いていた。

 きっと最後に言いたいことがあるのだろうと思うと、切なくて嬉しくて、悲しかった。

「翔君、あのね」

 上手な言葉を最後まで一生懸命考えて、結局また上手な言葉が見つからない。さよならした時と同じ。それまで上手な言葉を見つけられていたことが雫は不思議だ。

 あのねと言ったものの、雫は結局言葉が見つけられなかった。

「俺、きっといつまでも雫ちゃんが好きだよ」

 翔がそう言うと、今まで自分に向けていた笑顔とは違う笑顔で雫が笑った。

「ありがとう!」

 本当はこれが欲しかった。こんな笑顔を引き出せる壮に嫉妬して、雫をあんな風に縛ることしかできなかった。そんなことに気付いたのはつい最近のことだ。

 雫は胸がすっとした。本当の最後に笑えた。ありがとうと言えた。

 あの時泣いてしまったのは、きっと翔を傷付けてしまったことが悲しかったからだ。本当の最後に泣かないで笑えてよかった。

「よかった」

 翔が呟やくと、雫が首を傾げる。

「最後に、雫ちゃんを笑顔に出来て」

「ばかだねー、翔君は!」

 そんな風に翔のことを雫が言うのは初めてだった。

 雫はあの時よりも大人びて、それが壮のせいなのだと思うと、翔は胸が締め付けられる。

 それでも嬉しかった。

 壮が居なかったら、きっとあれからも雫を傷付けるようなことをする自信があった。自分は壮のようにはなれない。冷たい人間でわがままで、そんなことなど当に知っている。

 この雫の笑顔でこれから少しずつでも自分が変わっていけたら、いや、それは他力本願だ。

 雫が目に入ると、どうしても切なさと悔しさや後悔、色々なものが込み上げて顔に出ていたことは自分でもわかっている。雫がきっとそれに気づいていただろうこともわかっている。

 苦しかったと思う。それでも抑えたくてもそんな顔で雫を見つめてしまう自分がいた。

「辛い思いさせてごめん。俺」

 極まりそうな声で言うと、翔君らしくないと雫は言った。

 翔君は最後まで翔君でいてほしいから、さよならをもう一回言いに来たと雫は言った。

「さよなら、翔君」

「雫ちゃん。さよなら」

 去りかけた雫が直ぐに向き直った。

「あのね、翔君」

 それから雫は言うまいかどうか少しだけ考えた。

「最後にまた、頭撫でて? お兄ちゃんみたいな翔君にしてほしいの!」

 雫は精一杯の今の自分をさらけ出したつもりだ。あたしは本当はこんななのだと知ってほしかった。

 翔は雫に駆け寄り頭を撫でた。

 結局、雫は全て許してくれるのかと思うと少し涙が零れてしまった。気付かれないように、雫の頭上で空いてる片手で拭った。

 敵わない。こんなことを出来てしまうのが雫なのだ。

 間違いだらけで、これからもきっとしばらくは続くこの好きを、もっと違う方向で大事にしなければいけないのだと翔は悟った。



「壮君! お待たせ!」

 戻ってきた雫は随分と機嫌が好さそうだった。きっと、自分なりに最後の本当のさよならを言えたのだと壮は思った。

「あれ? みんなは?」

「雫ー、結構待ったの、俺。帰っちゃおうかと思った」

 そう言うと雫は決まっていたかのように、ひどい! と言った。

「流石にみんな帰ったよ」

「待たせちゃってごめんなさい。そうだよね」

「帰るか」

 ぽんと壮は雫の頭を小突くように撫でて、再びふたりは手を繋いで歩きだした。

「雫。お前さ、春休みも俺んちでひたすら勉強する気だろ?」

「そうだよ! 壮君に教えてもらうの!」

 嬉しそうに、そして当たり前のようにそう雫は返した。

「遊びは?」

「行く! 壮君と行く!」

 まるで壮限定のように言った雫に壮は苦笑った。

 嬉しいけれど、呆れる。けれども、なんでも夢中になる雫が夢中になっていることのひとつに自分も入っていることは嬉しい。

「どこ行きたい?」

「うーん……家帰って着替えてお赤飯炊いて壮君ちに行ってから考える」

「お赤飯はもういいんだよ」

「どうして?」

「どうしてって……」

 そう純粋に聞かれると理由を言うのが更に恥ずかしい。

「にいちゃんが、俺たち手を繋いでるのを見て、からかっただけ」

 仕方なく教えると、おにいちゃんらしいかもと雫がくすりと笑った。

「学校では怖い先生なのにね」

 それはお前がやんちゃばかりするからだろ。と、声に出ていた。

「……壮君に言われたくない」

「……雫には言われたくない」

 そんなやりとりをして、ふたりは声を上げて笑い合う。

「というわけで、赤飯は要らない」

「じゃあ、なにか食べたいものある? ねえ、高校って何時に家出る? あたし毎日、お弁当作るよ!」

 お弁当。一緒じゃない時も雫を感じられていられるようで嬉しい。高校生活の楽しみが一つ増えた。

「ありがと。楽しみだなあ。近いからね。中学行くのとあんまり変わらないよ」

「そうなの? 授業早く始まったりはしないの?」

「普通だと思うぞ? あー、授業の時間が長くなるな、確か」

「そうなんだ……じゃあ、帰りは中学より遅くなるんだね」

「そうなるな。なに? 淋しいの?」

 壮がにやにやしながら言うと雫がむくれる。そのうちに雫の家に着いた。

「じゃあ、壮君、あとでね!」

 急いでマンションに入って行くさまを、慌てて準備するんだろうなあと壮は苦笑いを浮かべて見送った。



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