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第15話

 翌日の午前中、喜久枝の手伝いをしながら雫は嬉々と色々な話をした。

 中学が楽しいことがわかる。翔という子の話しかしなかった頃とは変わっていた。友達の話や勉強の話など色々な話がわんさか飛び出てくる。

 喜久枝はこの時季になると毎年、雫が一人暮らしの自分を大切に気遣ってくれることが嬉しく、気が和む日々を過ごす。

 昼ご飯を終えて縁側でスイカを食べていたら、近所の充じゃない友達が二人、顔をひょこっと出した。昨日会った友達の中で、一番背が高い鈴木すずき陽介ようすけと一番背が低い有川ありかわながれだ。一番背が低いといっても、雫と流では頭一つ分違う。

「雫ー、かき氷食べに行こうぜー」

 わーい! と嬉しそうに出掛けて行く。ガキなんだか女なんだかわからないわと、喜久枝は面白そうに呆れながら見送った。

 近所のかき氷屋へ向かいながら、雫がかき氷はちゃんと高校生の遊び? と二人へしきりに聞いてきた。昨日、喜久枝に言われたことを気にしているのだ。

 なにが言いたいのかわからないけど面白い。相変わらずだよなあと陽介と流は苦笑いした。

「なんだよ、昨日、充にでもバカにされたか?」

 真横を歩く陽介に見下ろされながら、前を向いたまんま雫がムキになって答える。見上げるのも悔しいくらいの身長差に見上げようとは思えない。

「違うよ! おばあちゃんがみんな高校生なんだから迷惑かけるなって!」

「んー? そんな変わんねえぞ、田舎の遊びなんて」

 あっけらかんと流が言った。そして、いて言うなれば宿題が増えて遊ぶ時間が減ったと言う。

 田舎のため学校自体も遠くて必然的に帰りも遅くなり、遅くなれば田舎など遊ぶものがない。

「高校生ってどんな勉強するの?」

「どんなって、聞かれてもなあ」

 流が困り顔で、でも可笑しそうに言った。次の言葉次第では面白い反応が見られるなと、流はちらりと陽介を見た。任されろという顔を陽介がしている。

「中学よりは難しいことだよ」

 まるで端的に陽介が言うと、もちろん雫は「それくらいわかってるもん!」とぷりぷりと怒ってくる。見ていてまるで飽きない。

 それから雫が嬉ししうに言った。

「三年生の幼馴染の宿題がね、難しそうだけど面白そうだったから高校生はどんなのかなあって知りたかったの」

 勉強のことを目をきらきらさせながら話すなんて中々いないぞとふたりは呆れつつも感心した。

「雫、何味にする?」

 かき氷屋の前で流が尋ねる。

「いちごみるく」

「それしか食べたことないんじゃね? 雫は」

 陽介はそうからかうと、俺は抹茶ミルクにすると言った。

「変わらないじゃない、いちごでも抹茶でもミルクなんだから」

「全然違うね、抹茶は大人の味だ」

 そんなやりとりをふたりがしているうちに、流が注文を済ませていた。流は王道のブルーハワイだ。

 三人で一番店内で涼しい場所を陣取り、しゃりしゃりとかき氷を頬張りながら話す。

 雫の相変わらずな破天荒な話を聞くのは毎年の楽しみだ。

 今年の雫は自分以外が高校生になっていた為、高校ってどういう風なのかをしきりに聞いてくる。その訳は来年には壮が高校生になってしまうからだということは二人が知る由もない。

 高校ねえ、と思いながら思わず陽介と流は思ったことが重なって顔を合わせた。雫に一応釘を刺しておこうと思った。そして揃ってため息を吐いた。陽介に至っては顔をしかめている。

「どうしたの?」

 なにも知らない雫が不思議そうに声をかける。仕方ないし、伝えておくべきだと流が切り出した。

「あのな、充んちに親がいない時行くなよ」

「どうして?」

 雫と充の昨日の出来事を二人は知らない。

 中学一年の雫にわかる話かどうかもわからない。

「食べられちゃうぞー」

 陽介がそう言うと、雫は食べられちゃうの意味をそのままホラーに取った。

 思わず大きな声を出してしまい、流がちょっと内緒話してやるから顔近づけろと雫に言った。

 三人顔をつき合わせてこそこそ声で話し始めた。

「あいつ手が早いんだよ」

 と言ったのは陽介だ。

「手が早いってどういう意味?」

 やっぱり雫はそういう関連にうとそうだなと二人は思った。言葉の意味は知らないけれども、実はとっくに雫がそういうことをしたことがあるとは思いもしない。

 単純な話だが、流はあらましから雫に話して聞かせはじめた。

「あいつね、中学の時にずっとつき合ってた女に卒業間際で学校別になるから別れてって言われたんだよ」

 それは傷付くなあと雫は自分や翔、壮を浮かべて思った。

「遠くに離れ離れになっちゃったの?」

 春になったら居なくなってしまう翔のことを重ねてそんな風に聞いた。

「そんなんじゃねえよ。ただ単に他校同士になっただけ」

「ひどい……」

 思わず、雫は呟いた。

 自分の知るさよならとの違いに嫌悪感を抱いた。

「だろ? あいつはその子のことすげー好きだったから、それはもうショックだったわけよ」

 陽介はこういうことは大抵流に任せる。必要があればなにか言ってやればいいと考えていた。それに、自分から切り出したくせにこの話題はあまり口を挟みたいものでもない。

「で、ショックを引きずったまんま高校に入ったらさ。ああ、あいつあんな軽い感じだからモテてんだよ。まあ、高校に入ってからも相変わらずでさ、ショック受けた代わりに遊び人になっちゃったんだ」

「んー、遊び人て色んな女の人と付き合うってこと?」

 雫の知識内での解釈はそこまでだった。

「ちげえよ」

 あくまでこそこそ声で、流に任せていた陽介が低い声で言った。

 色々とわかっていないのは仕方ないけれども、鈍さに少し苛立ってしまった。

「誰とでもえろいことするんだ、あれは」

 ばっとしずくの顔が赤くなる。そして青ざめた。

 陽介は怖がらせてしまったかと不安になったが、言ってしまったものは仕方ない。

 雫はなんとなくわかっている。受け入れてしまったらそれが最後なこともわかっている。

 敢えて、雫は言った。

「……そういうのは好きな人とするんじゃないの?」

「そんなん関係ねえんだよ。やりたいって思えばやれちゃうんだよ、男なんてのは。俺たちは絶対にそんなことしないけど。あいつのそういうところ、俺は理解できない。同じ男でも無理だ」

 もしかしたら、そのことで陽介と充は今、若干不仲なのかもしれないと雫は思った。そうでなければあんな嫌悪感丸出しの声で苛立ったように言わない。

「あいつと人目のない所でふたりきりになるのはよせ、いいか? わかるだろ?」

「おい、陽、あんまり脅かすなよ。あいつだってそこまで見境ねえだろ」

 陽介が思いの外きつい言い方をするものだから、のんびり屋の流は内心冷や冷やしてきてしまった。

 二人も充ではないが気付いていた。中学一年生にしては、雫はちびっこいのに言動以外は大人びている。

「いや、あいつはその辺信用ならない。やりかねない」

 陽介はあくまで断言する。

 雫は昨日充が言っていた言葉を反芻はんすうした。

「お前、流石にあいつの範疇外だとは思うけど、気をつけるに越したことはないよ」

 翔を受け入れた自分、時々壮とそういうことをしたいと思う自分、充の悪戯に反応してしまった自分がいる。

 怖いと思っているのに、したいとも思う自分の中の葛藤にさいなまれそうだった。充の言葉を思い出す。女の顔をしていると言われた。

 やっぱり、こんな話をするようになったみんなは自分よりも大人だ。

 触れたい、触れられたくない、怖い、知りたくない、でも知りたい。

 そんなごちゃごちゃしている自分は子供じみている。



 家に帰ると、番号を覚えてしまっている壮の家に電話をかけた。無性に壮が恋しくなった。出かけてるかなと思いながら少し待つと出たのは壮だった。

「壮君?」

「んー、どうした雫。ばあちゃんち行ってるんだろ?」

 いつも通りの壮の声にほっとする。

 少し会えなくて淋しくなったと雫が言うと、ばーかと返された。

「俺だって淋しいよ」

 優しくそう言われてたら、なんだか無性に心が温かくなった。

「ねえ、壮君。お友達がみんな高校生になってた。みんな大人っぽくて……壮君も高校生になったらそうなっちゃうの?」

 また変なことを聞くために電話してきたなと壮は思った。しかし、雫にとっては大事なことだった。壮まで遠くに行ってしまったら嫌だ。

「その友達がどんな風に変わったのか知らないけど、別に変わらないこともあるんじゃない?」

 高校生になったらきっと中学生の頃より忙しくなる。会う時間だってきっと減る。

 今の雫の学力が変わらなければ、壮が行きたいと思っている学校に余裕で入れる。むしろ、壮が落ちる可能性の方が高いくらいだ。成績の良い壮が必至に勉強するのはその為だ。

「なんだよ、俺と二年間また同じ学校で会えないのが淋しいの?」

 からかったつもりだった。しかし、次の雫の声は沈んでいた。

「うん……」

「裏に住んでんだし、飯も食いに行くし、いつでも会えるだろ。学校で会えないだけでさ」

「そ、そうだよね!」

 精一杯の勇気で雫は言ったが、どうしてそんなに頑張って言ったのかわからない。

 ただ、当たり前が当たり前にならなくなることを知ったから、その当たり前が崩れるかもしれないことを恐れた。

 壮の前で自分は弱い、と雫は思った。

 どうしてだろうかなんて考えるような性格でもない。

 甘えん坊でわがままな自分からいつ卒業出来るだろう。しなければいけない時が来るだろうし、そろそろ卒業しなくてはいけないとも思っている。しかしその時、自分がどんな風に変わって、壮がどんな風に変わってしまうか想像したくない。

 来年の春、それが一つの節目となる。

 あくまで目前のことしか見ない、見たくない。目の前のなにかに夢中になれる自分が好きなのだ。春のことなんてもう考えたくない。考えなけばいけないことは翔のことで知った。だから余計に考えることに不安しか覚えない。

「いきなりどうしたの」

 壮は優しい声で聞いた。どうせ面倒くさいことを考えてしまったのだろうとは思う。

「壮君は壮君のまんまでいてほしくて、そんな壮君が好き」

 壮は電話の前で面食らったが、深い意味がないことはわかっている。他意なくそんなことを言うのが雫らしい。

 嬉しいけれども切なさも伴う。

 雫もそういう好きのつもりで言ったわけではなかった。

 切なくとも、そんな風にであっても好きだと言われれば壮は嬉しい。雫が自分とずっと一緒にいたいと思ってくれてるようで嬉しい。 

 ずっとそばで守ってやりたい、いつまでも。少なくとも雫が本当の好きを知るまでは。

 やはり今の自分は雫のことになると自分が優しくなれると壮は思う。

「安心しろ。そのまんまでいてやるよ」

 守ってやるという意味で壮は言ったつもりだ。

 今の自分が優しくしていられているように、その優しさは失いたくない。絶対に変わって行くなにかはあっても、壮の思うそのままは消したくない。

 それが雫の捉えたそのままと重なっているといいなと壮は思った。

 と、壮はいきなり突飛なことを言われた。

「嘘だ。壮君は時々嘘つく」

 そう言った雫の声が涙声だった。

 隣に居れば抱きしめてあげたい、ねだられたらキスしてやりたい。雫がもっと欲しければいくらだってしてあげる。しかし、そのままでいる為にそれ以上はしない自分の自制心てすごいなと壮は思った。

 電話越しにぐすぐすと泣く声が聞こえてくる。

 壮は今、なんと声をかけてやればいいのか考え倦んだ。

 壮が嘘を吐くと言った雫に、いつだか嘘も方便だけど素直な方が傷付かないと言ったことを思い出した。

 確かに嘘は吐いている。それは間違いない。

 今の雫の気持ちを思うと素直な気持ちしか出てこなかった。

「俺、雫が好きだ。その気持ちがこれからも変わらないって信じたいし、そこだけは変わりたくない」

 今、言ってもいい時だと思ったから伝えてみた。何度かしているように。

 今、必要だと思ったから言った。

 すると雫はとんでもないことを言い出した。

「壮君モテるから、高校生になってもきっとモテる。そうしたら素敵な人が見つかっちゃうかもしれない。あたし、なんだかそれが嫌なの。わかんないけどやだ!」

 変な駄々をこねながらぐすぐす泣く。

 告白されたようでされてないなと壮は思った。またふられたかと思うと仕方ないとはいえ、前よりも少し悲しい。泣きたいのは自分の方だ。

 いつだか、翔の前で気付いたら泣いてた自分を、ふと思い出した。

 どうせふられているようなものだから、言ってしまうことにした。まだ、この言葉は正確に口にしたことはなかったはずだ。

「雫、付き合おう? あいつみたいに傷付けるようなことはしない。絶対大事にする。ずっとそばにいる。あいつみたいに背伸びもさせない。いくら甘えてもわがまま言ってもいい。もっと、ずっとそばでずっと守ってあげたい。俺に出来ることならなんでもしてあげたい」

 ぐずぐず泣いてた雫は黙って静かに壮の告白を聞いていた。

「うん……」

 そしてわあっとまた泣き出した。

 壮君のことが好きだ。今気が付いた。ずっとそばにいたから気付けなかった。そんな鈍感で酷い自分を壮はまだ待っててくれていた。笑わせてくれて甘やかされてくれることが当たり前過ぎた。目前のことばかりが頭の中を占めていたのに、今気付くなんて。

 本当の好きはずっとこんなにそばにあったんだ。

「壮君、帰ったら、また言って。お願い。顔見て言われたい」

 雫が無意識に言ったわがままが壮は嬉しかった。本当は壮だってちゃんと顔を合わせて目を見て伝えたかった。

「帰ってくるの待ってる」

「明日帰る!」

 泣きながら涙のせいの鼻声で雫が電話口で叫んだ。

「は?」

 いきなり突飛とっぴなことを言われて、思わず壮はそんな風に返してしまった。おばあちゃん孝行に行ったんじゃないのか、しかもまだ三日目だ。雫らし過ぎて呆れる。

「帰る! 早く会いたい、あたし。早く顔見て壮君に好きだって言いたい!」

 好きだと言われたのに、壮は妙な気分だった。

 そばでずっと雫の電話を聞いていた喜久枝は、相変わらずの行動力、というか本当に目の前のことに夢中だなと呆れた。

 会いたい大切な人がいて早く帰りたいなら帰った方が良い。この場合、尚更だ。

「迎えに来て貰えばー?」

 喜久枝は雫に近づいて耳打ちした。

「……壮君、早く会いたい。迎えに来て!」

 入れ知恵したのは自分だけど、すごい甘え方だなと喜久枝は雫の隣で爆笑を堪えるのが大変だった。

 長く滞在してくれなくても、雫の笑顔が見られれば喜久枝は充分だ。そしてこの展開である。壮君が壮君がって言っていた雫の鈍感さも充分楽しませてもらった。

「あー、母さんと透子おばさんに聞いてみるよ」

 呆れ果てた壮は言った。そして一度電話を切った。

「良かったわね」

 喜久枝が頭を撫でてやると、雫はうわーんとまた泣き出した。

 自分の鈍感さに驚いていたり、嬉しかったり、ごちゃごちゃ頭の中がする。

 このごちゃごちゃが本当の好きだってことなのかと喜久枝に泣きながら聞いた。

「ま、恋なんてそんなもんよ」

 何度もそう聞きてきた雫に、喜久枝は可笑しそうにそう返した。



 少しして再び電話が鳴り、喜久枝は壮がどんな子なのか知りたくて自分が出た。相手は透子だった。

「あーお母さん? 明日、壮を迎えにやらすわ。全く鈍感過ぎるのもどーだかねえ。折角だから家まで行かせるわ。壮がどんな子か見るといいわよ」

「なによ、透子。あたしは壮君とやらから掛け直してくるかと思ってたのに」

「まあ、そう言わないで頼まれてよ」

 面白そうに透子が言ったので、自分のことは棚に上げて、娘は相変わらずだと呆れた。

 同時に、透子が信頼を置いている雫の相手がどんなものか興味がある。

「雫には秘密にしておいてねー」

 ふふふ、これは面白そうなことになる。

 親子して雫で遊ぶ気満々だ。



 喜久枝が電話を切ってきょろきょろすると、雫は居間にいなかった。縁側で膝を抱えてまだ泣いている。

 それくらい嬉しかったのだろうと喜久枝は思った。きっと自分の本当の気持ちに対して。

 思春期の心の成長は見ていて快い。自分がそうであったように、娘がそうであったように、孫もこうして成長していくのだなと思うと感慨深いものがあった。

 けれども、その孫はこのおてんば変人少女雫だ。面白過ぎる。

「明日すぐには無理だって、透子が言ってたわよ」

 そう嘘を吐くと、雫はやだ! と駄々をねはじめた。

「早く帰る! 今すぐ帰りたい!」

 さっき気付いたばかりのくせに、どれだけだ、しかもわがままだなと喜久枝はため息を吐いた。そうして面倒くさいから放っておこうと喜久枝は居間に戻った。

 もう好きだって気が付いたら、早く会いたくて会いたくて、好きだと伝えたくて堪らない。

 もう好きだって言ってしまっていたことは無意識だった。

 はっとして、雫は立ち上がった。

「充君のとこに言ってくる!」

 そう言い捨てて出かけて行った。

 わけわからない行動ばかりだな、相変わらずと思うと同時にまだ見ぬ壮に同情した。



 縁側で涼んでいた充のところへ、ひょこっと雫が顔を出した。

「充君! あたしね、壮君と付き合うことにした! 付き合ってって言われたの! あたしも壮君が好き!」

 泣き腫らした目で言う雫に、あの時の誰かさんの話のことか、と充は呑気に思い出した。

「お前、もしかして、つーかもしかしなくても。言われるまで気付いてなかったのかよ」

「えー、なんであたしが壮君のこと好きだって知ってるの!」

「あのな、話聞いてりゃそうとしか思わねえだろ。どんかーん」

 むっと雫は膨れた。

 相変わらずの反応に雫をからかうネタが増えたと思うと、充は面白くなってきた。

「へいへい、良かったなあ」

 お互い、昨日のことはもう反省している。

 おそらく流されそうになった雫がこれからは流されることはない。

 あの後の話を聞いていればわかる。雫が本当はどんな気持ちで壮にしたいことも、されたいことも、好きなことも、全部わかり易過ぎた。

「充君、彼女いるの?」

 いたらあんなことするわけねえだろうがと充は思った。

「いない。俺は遊んでる方が今はいいの」

 流と陽介の言っていたことを思い出した。

「充君は遊び人なんだー」

「そそ、俺は遊び人だよー。誰かに夢中になるなんて今はめんどくせえ」

 引きずっている、紛らわせたいのだ。充は傷付くのが怖いんだ、きっと。

 傷付くのは怖い。 

 傷付けたらもっと怖い。

 雫も知ってる。

 翔のことを思い出した。

 翔もまだ傷付いているのだろうか。時々すれちがう時に、傷付いたような顔で自分を見る翔に、雫は気付かないふりをしてやり過ごして来た。

 きっと酷いことをした、本当に壮のそばにいて良いのだろうかと無性に不安になった。

 本当の好きに気づいてしまったから余計にそうさせた。

「雫?」

 俄かに顔を曇られさた雫に充が声を掛けてやった。

 別れた誰だかのことを思い出したのだろうかと思った。あの時と似た表情を浮かべている。

 考えた方がいいと言ったのは自分だけれど、考えるのをやめるべきこともある。

「座れば?」

「うん」

 ちょこんととなりに腰を掛けた雫の頭を「よかったな」と言って充はぽんぽん撫でてやった。

 途端に雫が目を輝かせた。

「あたし、壮君来たら帰るの」

「来年は?」

「お盆には来るけど長くいるかはわからない。淋しいことわかっちゃったもの」

 まだたった三日じゃんと充も壮と同じことを思った。全くまっすぐ過ぎるのも怖い。

「二日でホームシックか。珍しいな、雫にしては」

 下手すると帰りたくない! と駄々こねたりしてきたのが今までだ。

「で? 壮君はいつ来るんだ?」

「……わからない。けど来る」

「おー、兄貴分として挨拶してやるから帰る前に俺に顔見せろよー」

 雫で遊ぶ作戦を立てねば。

 いつ来るのか、いつまでいるのか楽しみで、にやりと充は口の端を上げた。

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