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第13話

「壮君! わたあめ食べたい」

「は?」

「わたあめ! 美味しいじゃない!」

 ずらりと並ぶ屋台に、きらきらした目を向けながら雫が最初に言い出したのはわたあめだった。

 一気に色気のあるムードが破壊された。

 ちびっこいのに大人びた姿でキャラクターもののわたあめの袋を抱えてちびっこのように嬉しそうに食べる雫を想像したら可笑しい。結構面白い図式だと思い、壮は雫を連れてわたあめの屋台を探した。

 わたあめ、わたあめーとるんるんしながら歩く雫に、やっぱり手を繋いでおかないとはぐれるなと思った。

 わたあめの屋台を前に二人してぽかんとする。

 賑わっている。当たり前だが小学生、幼稚園生くらいの親子が群がっている。

「雫。お前、その格好であの中入っていけるか?」

 意地悪に壮が尋ねてきた。

 手を離したらすぐに雫がいなくなりそうだから、手は離せない。ちょっと恥ずかしいと思いながら列に並び、キャラクターものの袋に入ったわたあめを入手した。もちろん雫に持たせる。

 人によく見えるところで食べさせようと、壮の悪戯心がうずいた。一緒に居れば一括りになるわけだけど、面白いものは面白い。

 お祭りの為に特設されたベンチに座ってわたあめを食べる雫の姿を、壮はラムネを飲みながら眺めていた。嬉しそうに食べるなと思いながら。それからふと思った。わたあめは甘味、つまりデザートなのではなかろうか。腹拵えの最後にデザート、そう思うと急にお腹が減ってきた。

 雫を好奇の目で見ながら通り過ぎていく人が思いの外多くて壮は吹き出しそうになった。ラムネを飲み終えた後でよかったと思う。

 わたあめに夢中な雫はなにも思っていない。気付きもしない。

 というかいつまで食べてるんだよと、壮はだんだん飽きてきた。

「雫ー、今それ全部食うの?」

 聞いてみるともちろんとめんどくさい答えが返ってくる。けれどわたあめは甘いだけでふくれない。

「俺、お腹空いてるんだけど」

 そう言うと、雫はたこ焼きと焼きそばと餡子の今川焼きが食べたいと言った。

 相変わらずよく食べるなあと壮が呆れていると、待ってるから買ってきてと押し付けてくる。

「そんなにいっぺんに持てるかよ。それに雫をここに置いてくのはダメ」

「どうして?」

「お前、面白そうなもの見つけたら勝手にどっか行くだろ」

 そろりと顔を逸らしたということは、自覚があるということだ。

「取り敢えず、わたあめ一時中止。食うもん買ってゆっくり食おう」

 不満そうな顔を雫がするから、壮は雫の手からわたあめの袋を取り上げた。

 目立つわたあめ袋を抱えた雫と壮は手を繋いで屋台回りを始めた。



 賑やかな二人だから賑やかは好きだ。しかし賑やかの次は静かさも欲しくなる。買い物が終わると、高揚感を抱えたまま澄んだ静けさを探しはじめた。

 ビニール袋を提げて神社の奥の方へ進んで行くと、カップルの姿が多い。自分たちは恋人ではない。

 ふらふらと辺りを見回しながら、座れる場所を探す。買い物をし過ぎたせいで繋いでいた手は仕方なく解かれ、楽しそうに歩く雫の少し後ろを見失わないように注意しながら壮が追いかけていた。

 ちょうどよさげな場所を見つけて先に壮が腰を下ろすと、今日初めて雫を見上げたことに気づいた。いや、そもそも見上げることがあまりない。

 透子の悪戯にまんまとはまった壮はとくんと胸をときめかせた。

 浴衣から伸びた首の上、うなじがやたらと色めかしく映り、時々見せる色っぽい雫の表情まで彷彿ほうふつさせられ胸の内に昂りが湧いてしまう。

 透子さま、まじ怖いわ。そう思わずにはいられない。

 雫の腕を掴むと隣に無理やり座らせた。目に毒過ぎる。しかし座ったら座ったで今度は見下ろす胸元が気になってくる。

 抱きしめたくなる。そう思いつつも壮は食い気に負けていることにして自分をだました。

「壮君、何から食べる?」

 雫は色気より食い気か、いつもと逆だなと壮は思った。

「今川焼きは最後だろ」

 と言ったのは、甘味である餡子の今川焼きを最初に雫が手にしたからだ。わたあめといい、どうしてそう甘いものから手を付けようとするのか壮には謎である。

「たこ焼き」

「焼きそば」

「たこ焼きだろ。熱いうちに食わないとまずくなるじゃん」

「熱いから食べられないのよ」

 それから少しの間言い争ってみたものの、よく考えたら全部二人分買ってあるのだ。互いに好きなものから食べればいいだけだ。

 一緒に一緒のものを食べたいと思って言い争った。

 仲良し、それがふたりの今の関係的には一番近い。

 ふたりしてバカだなあと気付くとくすくす笑い合った。

 こういう感じ良いな、と壮は思った。

 遠過ぎなくて近過ぎなくて、だから傷付け合うこともきっと少ないと考えた。我慢はしないといけないけれども。

 我慢することと傷つくことは違う。そうしているうちにそれに慣れていけば我慢が我慢で無くなる。無理だろうなとは思うけれども。

「熱っ!」

 考えごとをしながらたこ焼きを頬張ったら、思いの外熱くて壮は叫んでしまった。

「だから言ったのに」

 雫が誇らしげだ。

「ちょっとぼんやりしてたんだよ」

 そんな風に考えごとをしていたことをぼやかした。

「焼きそば美味しいよ!」

 嬉しそうに笑う雫は可愛いけどやっぱり綺麗だ。

 なんだかいやだな、と壮は思った。

 これから雫は可愛いだけでなくてどんどん綺麗になっていくのだろうと思うと切ない。

 そこに自分がいないような想像をしてしまった。

 やっぱりなんだかんだ言っても翔と自分は同じで、しかし違うこともわかっている。

 自分と翔の違い、翔は時間を止めていたのだと壮は思う。自分はしばらく離れて過ごして、変わっていく自分をわかっていた。

 時はどんどん過ぎていって、どんどんいろいろなことが変わっていくことを壮は知っている。そして雫も、もうそれを知った。

「雫、早く食べた方がいいよ」

「どうして?」

「早食いは太るから」

「それ、女の子に言うこと?」

「お前軽過ぎ。軽過ぎて不安になったよ、背負った時」

 一瞬置いて、雫はものすごい勢いで食べ始めた。

 まずいこと言っちゃったと壮は思った。きっと今、雫は自分のために頑張っちゃっている。慌てて止めた。

 無理してまですることじゃいし、美味しいものは美味しく食べなきゃ美味しくない。

「ばーか」

 壮が小突くと雫があっけらかんと笑う。

 よく考えると、最近の雫は前より泣かなくなった。壮が泣かさない程度の意地悪しかしなくなったからだけれども。

 泣いてる雫も笑っている雫も、どんな顔をしてる時でもやっぱり全部好きだなとふと思ったら、また自分が恥ずかしくなった。

 絶対に翔のようなことはしない。さよならをすることなど考えたくないし、考えられないけれど、もしそんな時が来てしまったら、最後に見る姿が泣いているところなんて悲しすぎる。

 なんだかさっきから悲観的なことばっかり考えてしまっていることに壮は気付いた。もう嫌になって全部透子の悪戯のせいだと思うことにした。

「たこ焼き美味しい?」

 壮が聞くと、もぐもぐと頬張ったままこくこくと雫が首縦に振る。そうして飲み込んだあと、嬉しそうに笑った。

 一緒にいることはもはや日常的で、そうとらえれば今だって日常である。雫の家で一緒に夕飯をご馳走になるのも当たり前の日常だし、夏休みに入ってから毎日壮の家で二人で勉強していた。

 田舎に行くことを楽しみにしている雫としばらく会えないんだった。

 そう思うと壮は無性に淋しさを感じた。

 会えないことが淋しいなんて雫は思ってくれないだろう。

 また壮は悲観的なことを考えてしまった。

 静かすぎる場所を選んでしまったことを悔やむも、賑やかなところに居続けたらもっと淋しさが増す気もする。

 明日からなにしてようか。行きたい高校もあるし、変わらず勉強に打ち込んで、たまに友達や幼馴染と遊んでいればいいやと片付けた。

 食べ終わってのんびりしているとぽつりと雫が言った。

「壮君、手繋いで」

 最近の雫にしては珍しい言い方だなと思った。来る時も繋いでいたし、帰りも繋いで帰るのに。

 本当は楽しみだけど淋しい、雫だって。

 昔、少しのお別れが永遠のお別れに感じたように、目前のことばかり見ているから余計である。

「もういっぱい繋いでるだろ」

「でも今繋ぎたい」

 どうしたのだろうか、いきなりと壮は思った。

 壮が雫を困らせて振り回していたはずなのに、気が付けば壮が雫に振り回されている。

 一緒に居過ぎて欲張りにならなくなった自分のせいだろうか。それとも、今までそんな雫に自分が気付いてやれていなかっただけなのか。

  最近、壮はどんどんわからないことが増えていく。ごちゃごちゃが増していく。

 自分が複雑に振舞っていたのは単純なことを隠すためだったのに今は逆だ。

 手を繋いでやると、雫が壮に頭を預けてきた。撫でてと言っているようだった。手を繋ぎたいのか撫でてほしいのかどっちだよと壮は思った。

 結局、どちらもしないで肩を抱いて自分も頭を預けた。

 雫がどう思ったかはわからないけど、壮は幸せだなあと感じた。

 この幸せをいつまでも保つ為には、少しずつ変わって行く自分たちに見合った方法で、距離を保ち続けるのが一番良いのかもしれない。

 雫のことが大好きで大切で、自分に雫が振り向いてくれるまできっと待てるし、そうならなくても傷付かないような気がする。

 素直な雫はきっといつか、きちんと自分の気持ちを伝えてくれる。

 そんな風に壮を思わせた。 雫自身は自分がずるいと思っているが。

 結局、応援してくれる透子様様だなあと壮は思った。


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