第91話 遠のく意識……
人は死を身近に感じた時走馬灯を見る。それは、自分の過去の記憶から打開策を探しているからだ。だから、死を覚悟した時は走馬灯を見ない。なんせ、打開策を考える必要がないから。
そう、それは真耶だって例外ではなかった。真耶は死を覚悟した瞬間走馬灯を見ると思っていた。そして、その走馬灯で自分の過去がわかるとも思っていた。嘘偽りのない、本当の記憶を。
だが、走馬灯など見ることは無かった。たった少しの時間だけで、全身から力が抜けていき、意識は朦朧とする。気を抜けばたった一瞬で意識は闇の中へと吸い込まれて行く。
真耶はその時初めて、今自分をむかえにきているものの正体が『死』だということに気がついた。そして、それと同時に全てにおいて虚無を感じてしまった。
ドクンッ……ドクンッ……ドクンッ……
心臓が鼓動する音が聞こえる。どうやら左胸を貫かれた時、潰れたと思っていた心臓は微かに残っていたらしい。その心臓の破片はまだ心臓が潰されたことに気がついていない。そのせいか、まだ正常な動きをしようとしている。
しかし、時すでに遅し。真耶の体には力は入らない。左胸からは人の体から出てくるのかと疑うほどの血が流れ出てくる。そのせいで地面が真っ赤に染め上げられていく。
真耶は霞む目で自分の手を見た。剣を握っていない手なのに真っ赤に染まっている。
「……」
真耶がその手を見つめていると、ついに視界は真っ黒になった。恐らく死がもうすぐそこまで来ているのだろう。だから、目の機能も脳の機能も、体のほとんどの機能が失われていくのだ。
「俺は……死ぬのか……」
真耶はそう小さく呟いた。死ねない。死ぬ訳には行かない。そんな使命感は無駄に等しい。真耶の意識は闇の中に囚われていく。
「俺……は……」
真耶は何か言う途中で、その意識を闇の中へと連れ去られてしまった。そして、この日、月城真耶は死を迎えた。
「……アハハハハハハ!弱い……!弱いぞ!俺に盾つこうとしたからだ!これが神の力なんだよ!無駄な努力ばっかしやがって!」
アポロンはそう言って真耶の死体を踏みつけにする。そして、死んでしまった真耶に向かって暴言を吐き捨て頭を踏み潰そうとした。しかし、その時どこからか魔法が飛んでくる。
「”ウィンドイーグル”」
アポロンはその魔法を見て慌ててその場から飛び退いた。そして、魔法が来た方向を見る。すると、そこにはなんとルリータがいた。ルリータは起きるなり直ぐに真耶を追いかけてきたらしい。
「っ!?嘘……!?真耶……様……!?」
ルリータは倒れている真耶を見て言葉を失った。自分の目を、耳を、五感全てを疑い真耶に近寄る。
「なんだお前?死にたいのか?」
そんなルリータにアポロンは聞いた。すると、ルリータは何が何だかといった声で言う。
「な、なんで……こんなことに……な、なってるん……です……か?」
「何故かって?そいつが楯突くからだ。弱いくせに、出しゃばるからだ。俺を不快にさせたからだ!”バーニングオーバー”」
アポロンはそう言って天井を殴った。すると、その魔力は天井をつきぬけ絵の中を通り真耶とルリータの真下に来る。そして、真下に来た魔力は一瞬で大爆発した。
「……っ!?」
ギリギリのところで結界を張り守ることが出来たルリータは目を見開きアポロンを見る。アポロンはどこか楽しそうに笑っていた。
「……何が楽しいの?私たちだって頑張ってるのよ。なんでそれを笑うの!?」
ルリータはそう言って杖から魔法を放つ。それも、ほとんどが初級魔法だ。しかし、その威力は波の魔法使いのそれとは違った。
「”ファイアーボール”」
真耶はアポロンに向かって炎の玉を放つ。その玉は真っ直ぐアポロンに向かって飛んで行った。アポロンはその玉を見て何も面白くなさそうにその玉を叩き落とそうとする。しかし、アポロンはその玉の予想外の威力に手が押し返されルリータの攻撃は直撃した。
「っ!?まさか……小娘にそんな力があったとは……」
「私だって、ずっと真耶様の後ろで隠れてたわけじゃないんです……!真耶様がいなくても、あなたなんか余裕で倒せるんです!」
「……ほぅ、よく言ったな。なら、さっさと死ね」
アポロンはそう言って姿を消す。いや、姿が消えたように見えた。その一瞬で姿を捉えられなくなったルリータは慌てて周りを見渡す。すると、後ろにアポロンがいた。
ルリータは慌てて逃げようとする。しかし、アポロンのその速さに驚き足が上手く動かない。
「”プロテクト・Lv7”」
ルリータは避けきれないと判断し防御魔法を使った。ルリータの目の前に魔力でできた防壁ができる。
アポロンはその上にパンチした。すると、その防壁を容易く破壊する。そして、ルリータの腹に直撃した。
「おぇ……!」
ルリータはそのパンチをもろにくらいかなり遠くに飛ばされる。そして、地面に何度もバウンドして、最後は壁に激突し止まった。
「ゲホッ……!ゲホッ……!」
ルリータはその痛みに耐えながら必死の思いで立ち上がる。そして、アポロンを見た。すると、アポロンは既にルリータの目の前にいる。
「っ!?」
「弱いな。多少俺の力を弱めたようだが、それだけだ。その程度では楽しめそうもないな」
アポロンはそう言ってルリータを蹴飛ばした。すると、ルリータの体はその壁を突き破りさらに遠くに飛ばされる。そして、再び壁に激突し止まった。
「カハッ……!ゲホッ……!……はぁ……はぁ……」
ルリータの体全体に痛みが拡がっていく。恐らくどこかの骨が折れてたりするのだろう。それでも立ち上がりアポロンと戦おうとする。
「弱者が……左目もろくに見えないやつが、俺と戦うなんて馬鹿げてるんだよ!”紅蓮拳”!」
アポロンはそんなルリータの姿を見て怒りを顕にすると、燃える拳でルリータを襲った。
ルリータはその拳を見て言葉を失う。元々最初の攻撃でルリータの体にガタが来ていた。そこに2発目を打ち込まれたことで動くどころか立つことさえままならない。そんな体でルリータは燃える拳を迎え撃とうとする。
「終わりだ!」
アポロンはそうい言った。その時、ルリータは飛びゆく意識を抑えるため唇を噛み切る。そして、目を見開きアポロンを見て魔法を唱えた。
「”マリントルネード”」
ルリータの杖からとてつもない量の水が生成される。それは、瞬く間に洪水のようになりアポロンを飲み込んだ。さらに、それは渦を巻き始める。そして、アポロンを洗濯機のように回転させた。
「っ!?さっきより強いだと!?」
アポロンはその威力に驚き硬直する。そして、そのまま水に流されていく。しかし、直ぐに冷静になり炎で水を全て蒸発させた。
「お前……凄まじい力を持ってたんだなぁ!良いじゃねぇか!」
「うるさいな!私だって、私だって……!」
ルリータは突如大声を出して殺気を放つ。その殺気の強さは先程までのあれとは全くの別物だった。
「……いいわ。あなたに教えてあげる。私は魔王軍幹部、十二死星の1人。第三星のルリータ・シュリア。今から貴方を殺すわ」
ルリータはそう言って杖を構えた。その時のルリータはどこか、いつもと雰囲気が違っていた。
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