第89話 強い心を……
「2つだ……」
真耶は悲しげな表情でそう言った。男は最初その意味がわからなかったが、真耶は続けて言ったことにより分かる。
「俺が魔法を使わない理由が2つあるんだよ。1つ目は、ルリータが傷ついたから。ルリータが視力を失ったのは俺のせいだ。俺が魔法を使ったから、その魔法をコピーされた。それからかな。突然魔法を使う気分になれなくなったのは。使おうとすると、その事がフラッシュバックするんだよ……だから、怖くて使えない」
真耶はそう言ってある方向を見る。その目線の先にはルリータがいた。ルリータは怪我こそはなかったものの、落下の衝撃で意識を失っている。
今回は真耶が守りきれたが、次は守りきれないかもしれない。それに、これがルリータではなく、12死星の誰か、そしてサタンであっても同じことが言える。次は守りけるか分からない。なんせ、未来は分からないから。
「未来も、過去も、現在すらも分からないんだよ……俺は」
真耶は小さくそう呟いた。
「もう1つはここでは言えない。ルリータが聞いていたらまずい」
真耶は出されたお茶を少し飲んでそう言った。すると、男は腕を組み深く考えて言った。
「……そうか。だが、いずれ分かる事だぞ。それなら先に言っておいた方がいいんじゃねぇのか?」
「それは出来ない。世界のためにも、俺はこうして戦わなければならないから。もし俺がそれを言えば、必ず皆は俺を止める。そうなれば、この世界は……いや、俺やルリータがいる世界までもが壊されてしまう」
「世界ねぇ……もっと仲間を信じても良いんじゃねぇのか?それに、俺も長年冒険者を続けてきたから分かんだけどよ、あんちゃんの体……次が最後だろ?」
「っ!?……何故……そう思う……?」
「見りゃわかんよ。引退間際の冒険者と似たようなものを感じる。まぁ、あんちゃんがそれでいいって言うなら止めやしねぇが、仲間を悲しませることにも繋がるぞ。だから、もう少し仲間を信頼しろよ」
男はそう言った。その言葉を聞いた真耶は心を強く締め付けられるような気持ちになった。まるで、自分の疑心暗鬼なところを説教されているみたいで、心が痛かった。
「……仲間……か……。俺は……俺は、仲間を信頼して良いのだろうか?俺は誰にも信頼されない。されるべき人では無いからだ。そんな人が、人を信頼なんてしていいのだろうか?信頼していい権利なんてあるのだろうか?世界は俺を嫌った。色んな世界が作られていくが、どの世界も俺を嫌った。俺が信頼されるべきではないからだ。だから、俺は……」
「なーんで信頼しちゃダメなんだよ。信頼していい権利なんか要らねぇよ。信頼出来るって思ったんなら、信頼すればいい。たったそれだけの事じゃねぇか。俺はこの世界がどう出来たかとか、あんちゃんが何者なのかとか全く興味ねぇが、あんちゃんは世界から嫌われてなんかねぇよ。それに、誰からも信頼されてないなんてことは無い。その証拠に、そっちの嬢ちゃんはずっとお前のことを信じてたぞ。どんな事があっても助けてくれるって、きっと信じてたぞ。だからあんまり自分を責めるなよ」
男は真耶に優しく微笑みかけてそう言った。真耶はその言葉を聞いて心が苦しくなる。まるで、心の中のなくなってしまった部分を全力で埋め尽くされているような気分になった。
「……ありがとう……!本当にありがとう……!」
真耶は胸を押え俯き、涙を流す目を隠しながらそう言った。男はそんな真耶を見て再び優しく微笑んだ。
「……だが、俺のこの体については……本当に誰にも言えない。元はと言えば、この作戦を考えた時からいずれこうなることは承知していた。ずっと打開策を考えていたのだが、俺が先延ばしにした結果がこれだ。だから、俺が起こした問題は俺がケジメをつける」
真耶はそう言ってルリータに乾いた上着を被せると、リーゾニアスとプラネットエトワールを手に取り扉へと向かう。そして、外に出た。男もそれについて行く。
2人が外に出た時、男は言った。
「次が最後なんだろ?」
「……そうだな。ルリータが目覚めたら、さよならって伝えておいてくれ」
真耶はそう言って行こうとする。しかし、男は言った。
「無理だな。そういう大切なことは自分で伝えろ」
「……それが、出来るといいんだけどな」
真耶は俯いてそう言う。しかし、男は言う。
「出来るか出来ないかじゃない。やるかやらないかだ。初めから出来ないと決めつけやらないやつは、出来ることも出来ない」
「……そう……なのかもな」
「……はぁ、そんな暗い顔すんなよ。なんで俺があんちゃんを助けたか分かるか?」
「いや、知らんな」
「へっ、そりゃそうだよな。俺があんちゃんを助けたのは、あんちゃんがカッコイイって思ったからなんだぜ。あの時俺はあんちゃんにあんな出会い方をして、あんなことを言ってしまった。だけど、俺はそれを後悔しちゃいねぇ。なんせ、俺の目標が出来たし、こうして2人出会うことが出来た。あんちゃんはいつまでもそのカッコいい姿を見せてくれよ」
「……俺は、かっこよくなんかないさ。何をしても失敗ばかりだ。上手くいってるふうに見えて、何も上手くいってない。でも、今日だけは……最後だけは、全員にかっこいいって認めさせれるように頑張るよ」
真耶はそう言って優しく微笑んだ。その時、街の真ん中の方で爆発が起こる。どうやらアポロンが暴れているらしい。真耶はそれを見て手に力を込める。
「何度も言ってやる。これが最後だ。だから、出し惜しみは無い。”物理変化”」
真耶はそう言って自分の体の損傷を全て治した。そして、アポロンがいた場所を見てニヤリと笑うと、左手を前に突き出し魔法陣を作る。
(……俺は、この世界に生まれてから何十万年も生きてきた。それだけ過ごせば、時代は変わっていく。そこで始めて時の流れの速さを知った。もしかすると、俺がこの世界に生まれたこと自体良くないことなのかもしれない。それが、この世の摂理……言わば理なのかもしれない)
「だったら、俺はその理を否定する。”強化魔法・オーバーフィスト””効果魔法・エンチャントエフィクト・波動””倍加魔法・5重発動”」
真耶は自分の目の前にいくつも魔法陣を描いていく。そして、その魔法陣を一気に一つにまとめた。真耶はその魔法陣に向かって全力で殴る。
「”理滅・ネガティブスマッシュ”」
その刹那、魔法陣から高密度の魔力が放たれた。そして、その魔力は真っ直ぐ突き進み、アポロンに直撃する。
「ぐがぁ……!」
アポロンはその一撃で攻撃の手を止める。さらに、不意打ちだったからか、多少のダメージを与えることが出来たようだ。
「クハハ!おっちゃん、ルリータが起きたら言っておいてくれ。必ず戻るってな」
真耶はそう言って走って行った。男はそれを見て笑って送り出す。そして、瞬く間に見えなくなった真耶に向かって言った。
「必ず戻ってこいよ」
その言葉は届くはずもないのに、真耶の耳に……心に届いたのだった。
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