第78話 ルーザー
その時、ルリータは突如目覚めた。目覚めて直ぐに自分の尿意がとんでもない事に気がつく。ルリータは慌てて扉の前に立った。そして、扉を開けようとする。
(っ!?待って……外は真っ暗……)
ルリータは少し身震いをすると、慌てて真耶を起こそうとする。そして、ベッドの近くまで行き真耶に話しかけようとした。その時、初めて真耶が居ないことに気がつく。
「真耶様……!?」
ルリータは慌てて真耶を探しに出かけようとした。しかし、それ以上に外が暗いのが怖いのと、何よりトイレに行きたい気持ちが凄まじく、足が震えてその場から動けなくなる。
決壊寸前の膀胱を全力で押えながら涙目でその場にへたりこんだ。
そして真耶は、光に包まれる街中を歩いて宿に戻っていた。先程までの静けさが嘘のように掻き乱される。辺りには夜にもかかわらず人の話し声が響き渡る。
そんな、賑やかな街並みをゆっくりと歩いていた。そして、何事もなく宿に到着する。真耶は宿に戻ると寄り道せず自室へと戻った。
「……あ」
自室に戻ると、目に大粒の涙を浮かべながらドアの前にへたりこむルリータがいた。ルリータは真っ直ぐドアがあった方を見ながらプルプルと震えている。恐らく、ここで真耶をずっと待っていたのだろう。
「……トイレか?」
真耶は優しくそう聞いた。すると、ルリータはこくりと頷く。真耶はそんなルリータを見て手を伸ばすと刺激しないように優しく立ち上がらせた。そして、そのまま2人でトイレへと向かう。
トイレの前に来るとルリータは尋常じゃないほど内股でかつ震えながらトイレへと入っていった。
「……真耶様。何か歌ってください。音を聞かれるのが恥ずかしいです」
「え?まぁいいけど。……らんらんらんらん♪」
「そんなのダメです!」
「……はぁ、めんどくさいな。てかなんで歌なんだ?」
「……歌を歌うと心が暖かくなるからです。真耶様はいつも暗い顔をしてます。辛そうな顔をしてます。苦しそうな顔をしてます。だから、歌を歌って暖かい気持ちになれば、真耶様の苦しみも、何もかも払えると思ったからです」
ルリータは少し期待しているのか、声を高揚させながら話す。
「……なぁ、俺がこの世界に来て何年が経った?」
「え?あ、えと……真耶様がこの世界を去ったのがこの世界に来て半年で、それから1年が経過して、復活して半年が経ったのでだいたい2年です」
「……なるほど。じゃあ、3年前か。ルリータ、良いよ。歌ってあげる」
「え!?やったぁ!」
ルリータはトイレの中でそう言ってはしゃぐ。真耶はそんなルリータの声を聞きながら少し微笑んで言った。
「俺が3年前に作った曲だ。……スゥ……重なり合った2つの欠片♪消えることない星となって行く♪そして、止まることの無い時を刻んで♪再び重なる2つの欠片♪尽きることの無い光となっていく♪そうして僕らを照らす♪」
真耶は優しい声でそう歌った。その声は、まるで自分の心境を歌ったかのように明るいけど、どこか悲しい曲だった。
「……これが、俺が3年前に初めて作った曲さ。クラスメイトに文化祭で歌うからと頼まれて作った。そして、それは大失敗だった。歌った人が下手だったのか、演奏した人が下手だったのか、俺が下手だったのか、何も分からない。ただ、全ての矛先が俺に向いただけだった。下手くそだとか、気持ち悪い歌だとか、散々な誹謗中傷を食らった。その日から俺は人に何かを見せることに対して希望を感じることはなくなったよ」
真耶はそう言って悲しそうに話しながら壁にもたりかかった。ルリータはそんな真耶に向かって大きな声で言う。
「そ、そんなことないです!真耶様が作った曲は全て最高です!今の歌だって、歌声も、歌詞も、曲調も、全て最高でした!真耶様に出来ないことなんてないんです!」
「ハハ……そんなことないさ。買い被りすぎだよ」
真耶は少しだけ諦めたようにそう言った。しかし、ルリータは言う。
「いえ!真耶様は最高です!これまでの戦いだって、まだ1度も負けたことないじゃないですか!だから、こんなところで落ち込んでいてはダメですよ!」
ルリータは少し声を荒げて言った。多分、怒っているのだろう。1人で出ていったこととか、ずっと暗い表情をしていることとか。
でも、もうこれはどうしようもないことなのだ。全てが……世界の全てが真耶を嫌っている。オリュンポスもアースガルズも、その世界の人々も、モルドレッドにも。そしていつか、魔界の人々だって真耶を嫌いになる。そう思うと、明るい表情なんて出来ない。それに……
「それにさ……俺はまだ1度も勝った事なんてないよ。戦いも、その他の全ても。常に負けて来た。アヴァロンの王になる時も、アーサーは俺が王にふさわしいって言ったけど、民衆やラウンズは違った。俺の事を『殺し屋』だとか、『最恐の処刑人』だとか言って畏怖の目で俺を見てきた。その口から放たれる言葉は全て俺への悪口や暴言、恐れる言葉だ。誰も俺の事なんか認めはしない」
「っ!?そ、そんなこと……」
「あるよ。お前だって、最初俺のことをどんな風に見ていた?初めからそんなふうに見ていたか?」
「っ!?そ、それは……」
「別にいいよ。今こうしてお前が俺の事をよく思っているのも、俺がまだ掴んだことの無い勝利を掴むために、新しいことに挑戦した結果なんだ。分かるだろ?俺は基本的に1つの戦闘で同じ技を連続で使うことは無い。新しい技に挑戦しているからだ。それに、俺がこうして戦い続けているのだって、新しいことに挑戦してるんだ。もし俺が勝利したのなら、もう戦ったりしないよ。多分今頃、モルドレッドと2人で楽しく暮らしている」
真耶は悲しみが混じった声でそう言った。ルリータにはその言葉は少し辛く聞こえた。トイレはとっくに済んでいたのに、その言葉を聞いてしまって涙が溢れて出られなくなる。
今出てしまえば、恐らく今以上に涙が止まらなくなるから。でも、出ない訳にも行かない。ルリータは泣きながらその震える手でドアを開け、真耶の顔を見た。
その時の真耶は多分笑っていたと思う。優しく微笑んでいたと思う。でも、それも分からない。目を見ることが出来なかったから。
ルリータは泣きながら真耶の腹に顔を埋めた。そして、声を出して泣き始める。真耶はそんなルリータの頭を優しく撫でると、おんぶをして部屋まで歩き始めた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁん!」
「……たった1人、俺のために泣いてくれる人がいたら、俺はそれだけで幸せだよ」
「そ、そんなこと言ったってぇ!私……私!何も出来ないから……!」
「何も出来なくて良い。俺だって、なんでも出来るわけじゃない。何も出来ないんだ。出来ないから、練習して出来るように見せてるだけ。だから、ルリータはそれでいい」
真耶はそう言って部屋に入った。そして、ルリータをベッドの上に座らせて言う。
「俺は、お前に傷つかないでいてくれればそれで良い。たとえ何も出来なくても、お前がいてくれるだけで良いんだ」
「そ、そんなの……わ、私はこの任務で、何も、出来なくて……」
「それが当たり前なんだよ。初めからなんでも出来る人はいない。もし、初めてで何かをして成功したのなら、それは実力でもセンスでもない。運だ。俺は運が悪いから努力するしかない。でも、皆そうなんだ。成功したいなら、努力が必要だ。そうして努力を積み重ねて成功して、そんな日常を過ごして、死ぬ時に『俺、頑張ったよね。やっとこれで勝利を掴める』って言って死ぬ。俺は、こんな人生が1番だと思うよ。だから、今無理して出来るようにならなくていい。努力して、いずれ出来るようになればそれでいいんだ」
真耶はそう言ってルリータをベッド寝かす。そして、布団をかけた。しかし、ルリータはなかなか寝付けない。
「い、一緒に寝て欲しい……です」
「ん?あぁ、良いよ」
真耶はそう言ってベッドに入る。すると、ルリータは真耶の胸に顔を埋めてスヤスヤと眠り始めた。真耶は、そんなルリータの顔を見ながら小さく笑って、一緒に眠りに落ちた。
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