第77話 戦いの終わり
死を間近にした時人は全てを諦める。全てがどうでも良くなり、無の空間へと入ったような気持ちになる。
しかし、真耶はならなかった。目の前に死が迫って来ても、まるでそれを受け入れたかのように悟った目をしている。そして、少し目を閉じると片足で地面をトントンと叩いて目を開いた。すると、その空間が突如闇に閉ざされた。そして、緑色の光が地面に現れる。
それは前に1度見せた八卦の印だ。真耶はそれを地面に展開するとゆっくりと呼吸を落ち着かせ心に呼びかける。
「クロエ……やるぞ」
その刹那、真耶の中に強い力を感じた。
しかし、それを感じた時には既に光線が目の前まで来ていた。普通の人ならここまで来ると死ぬだけだろう。だが、真耶はニヤリと笑って呪文を唱える。
「”天神纏”」
その瞬間真耶の体が光に包まれる。しかし、ロキはそれに気が付かない。光線で全く見えなくなった真耶の体に少し警戒するが、今の攻撃で確実に殺したと確信している。
しかし、真耶は死ななかった。ちょうど光線が無くなる前に天神纏を解除する。その間約0.1秒だ。いや、もしかするとそれより早いかもしれない。真耶はそんな速さで天神纏を発動し解除したのだ。
ロキは煙が立ちのぼる空間にいる真耶を見て少し目を細める。
「……」
そして、煙の中から真耶の姿が見える……かと思えたが、見えなかった。そこに真耶の姿は無い。それを知りロキは慌てて振り返る。すると、既に間合いに入り込み魔法を発動しようとする真耶がいた。その剣には炎が点っている。
「”血盟・紅十字”」
真耶がそう言って剣を十字に振る。すると、剣にまとわりついていた炎が血のように真っ赤に染っていく。
「っ!?クッ……!”ミストルティン・イージスの盾”」
ロキはそう言って盾を召喚する。真耶はそれを見て一瞬動きが止まった。しかし、迷わずその剣を振る。そして、イージスの盾に十字に傷が着いた。
「クッ……!」
「まだだ……!”吸い取れ”」
真耶がそう唱えた瞬間イージスの盾の魔力が凄まじい勢いで吸い取られていく。そして、イージスの盾を顕現させるための魔力が尽きてしまい光の粒子となって消えていった。代わりに、真耶にイージスの盾と同じ性質の魔力が流れ込んでいく。
「……フッ、メドゥーサの力は奪えなかったか。やはり、あの力を持っているのは本物を持っているアテナだけか」
「フフ、その通りですよ。残念でしたね。まぁ、あなたにその力を取られたのは少々気がかりですが、私もまだイージスの力は残っている。次こそは本物を持ってあなたの前に行きますよ」
ロキはそう言って振り返った。
「どこに行く?」
「フッ、あなたとこれ以上戦っても無益なので帰ります」
「アーティファクトは良いのか?」
真耶は煽るようにそう言った。すると、ロキも可笑しそうに笑いながら言った。
「あなたがいるでしょう?」
ロキは楽しそうにそう言ってニヤリと笑うと巨大なユグドラシルの根を生やした。その根には既に炎は消えてしまい残っていない。
ロキはその根の中に入っていく。
「それでは、またどこかで会いましょうか。……あと、次来る時は仲直りしてるといいですね。それとも、私が先に殺してしまうかもしれませんよ。伝えておきたいことは伝えておくことが吉です。では……」
ロキはそう言って根の中に完全に入った。すると、根は一気に地面の中へと入っていく。真耶はそれを見つめながら剣を鞘に収めた。
「……」
真耶は戦いの疲れか言葉が出なくなる。そのせいでその場にはしばらく沈黙が続いた。そんな沈黙の中風が吹く。すると、辺りにあった木が騒ぎ、草が歌う音が聞こえる。
真耶は夜風に当たりながら空を見上げた。その空には瞬く星がいくつも浮かんでいる。真耶はそんな星に向かって手を伸ばしてみる。しかし、その手が届くはずもない。でも、それでも、届きそうな気がして手を伸ばしてみる。
その時風が吹いた。その風は伸ばした手の先を掠めていく。少し冷たい風が真耶の手を優しく包み込んだ。
「こんな戦ったあとなのに、何でこんなに気持ちいいんだろ?魔力回路も、たった一瞬だったとは言え天神纏をつかった。そのせいで焼き付いてしまっている。きっとすぐ治るだろうけど、それでも傷を負ったことに変わりはない。なのに、何でこんなにも楽しかったって思えるんだろう」
真耶はそんなことを呟きながら手を下ろした。そして、両手をズボンのポッケに無造作に突っ込むとゆっくりと目を閉じ、ゆっくりと開く。その目からはたった一滴だけ涙が流れた。
「伝えたいことは伝えておく……か。それが出来たら俺はこうして1人で戦っているなんてことはない。たとえ仲間が足でまといだとしても、俺は必ず仲間と協力をして戦っただろう。でも、俺にはそんな広い心も強い心も、優しい心も……必要な心は全て置いてきてしまった。いつから、どこで、どんな風に、そんなものは覚えていない。それくらい前に全て、何もかもを置いてきたんだ」
真耶はそう言ってその涙を拭うと優しく微笑んで空に語りかけた。
「空は繋がっている。きっと、今こうして俺が空を見上げている時、モルドレッドも空を見上げているのだろう。……いつか、本音を話し合えるくらい平和になって、ゆっくり暮らしたい。でも、それまでは俺は嘘つきの王として戦い続けると決めた。あの日、記憶を消した時から。そして、あの日、初めてモルドレッドと出会って、運命を感じた時から」
真耶はそう言って前を向いた。その先には真っ暗な闇しかない。反対側は明るい街並みが続いている。
「……今は少し仲間との幸せを選ぼう。多分、いつか1人で戦わなければならなくなる。仲間を失い孤独に襲われる。だったら、それまでは仲間との幸せを堪能しよう」
真耶はそう言って光に満ち溢れた街の中へと向かって歩き出した。そして、ゆっくりとその光の中へと入っていった。
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