第65話 伊邪那美
その光景を見た瞬間アーサーは目を疑った。なぜなら、目の前で真耶が禁術を使用したからだ。だが、別に禁術を使用すること自体はそれほどやばいことじゃない。なんせ、真耶の使う理滅は禁術だからだ。
問題はそこじゃない。本当の問題は、その禁術を使ったあとの真耶の様子が全く違ったことだ。
「何故だ!?何故その魔法を使って無事でいられる!?代償は大きいはずだ!」
「……フッ、言ったろ。文献で見ただけでやったこともないやつがほざくな。お前、この魔法の名前を知っているのか?」
「本能の目覚めだろ!そんなことくらい……」
「いいや違うね。この魔法の名前はそんなダサい名前じゃない。本当の名前は”記憶の封印”だ。この魔法はその名の通り記憶を封印する」
「記憶を封印だと?どういう事だ?」
「そのまんまの意味さ。俺は、月城真耶の約20万年の記憶を封印した。10万年前にな。そして今俺はその封印を解いたんだ。そのおかげでこれまでに無かった新たな力を思い出すことが出来た」
真耶はそう言って恐怖に満ちた笑みを浮かべる。そして、何故か楽しそうに、でも悲しそうに語り出した。
「前に俺に人間味がないと言ってきたやつがいた。そいつは俺の感情の起伏が無いから人間に見えないとも言った。だが、当たり前だよな。感情すらも封印したのだから。まぁ、感情は封印を解いても戻らなかったがな。当然と言ったら当然なんだがな。だが、俺はこの20万年のイザナミとの記憶を完全に思い出した。当然戦いの記憶もな。悲しいこともだがな……だが、人は悲しみを経験しなければ強くはなれない。俺は十分に経験したからな。同じことは繰り返さないと誓った。さぁ、決着をつけよう。人々に慕われ、人々のために戦ってきた大衆の王と、人々から忘れられ、孤独と共に戦ってきた寂しがり屋の王の戦いを」
真耶はそう言って両目に新たなる目を浮かべる。その名も”孤独の瞳”だ。
しかも、この目は記憶の中で出てきた不完全なものでは無い。イザナミの死を経験したおかげでこの目は完成体へと変わった。
「っ!?なんなんだよ!その目……!」
アーサーはその目を見て何か嫌なものを感じとった。そして、その目を見つめる。
その目は何故かキラキラと光っていた。だが、どちらかと言うより涙のような感じがする。それに、よく見るとその光っているもの一つ一つが星のようなもので、黒い瞳が宇宙のようになっていた。
だから、遠くから見ると感情がないめで泣いているようだった。
「長い間低迷していた。しかし、大器晩成……黎明の時だ」
真耶はそう言って武器を構えた。アーサーはそんな真耶を見てすぐに戦闘態勢に入り、結界を張る。
その刹那、真耶は魔法を唱えた。
「”伊邪那美”」
その瞬間、真耶から半径10km以内の範囲に領域が展開された。アーサーはその領域を見て言葉を失う。
いや、どちらかと言うと、何も出来なくなったせいで言葉を発することさえも出来なくなったと言うべきだろうか。アーサーは全ての行動を封じられてしまったのだ。
真耶はそんなアーサーを見てニヤリと笑う。そして、剣を構える。その剣には不思議なエネルギーがまとわりついていた。
真耶はその剣をアーサーに向けた。そして、大きく振りあげるといつでも殺せるように狙いを定める。
「俺の勝ちだな」
真耶はそう言って剣を勢いよく振り下ろした。そして、アーサーの頭を剣の腹で殴る。
アーサーはその重たい剣の腹で殴られ気絶してしまった。その瞬間真耶の展開した領域がガラスが割れるような音を立てて崩れ始める。そして、光を放ち煌めかせながら完全に崩壊した。
「……また俺の勝ちだな。8万年前と変わっていない。……唯一変わったのは、実力だけだったな」
真耶らそう言って剣を背中の鞘に収める。そして、そのままモルドレッドのいる方向を向いた。すると、そこにはモルドレッドとアフロディーテがいた。真耶はその2人をターゲットにする。
「じゃあ、やるか……っ!?」
真耶は少し呟いて歩き始めた。しかし、すぐに強烈な頭痛を感じて動けなくなる。
「っ!?クソッ……!反動が……!」
どうやら急に20万年間の記憶を頭に流し込んだせいで脳のキャパオーバーでオーバーヒートしているみたいだ。
アフロディーテはその隙に真耶の耳元まで近づき囁く。
「”従いなさい”」
しかし、真耶にその技は通じない。アフロディーテは何度も言うが通じない。真耶は頭痛を堪えながらニヤリと笑って言う。
「アフロディーテ……お前のその技はお前の言葉を脳で認識した時初めて効果を発揮する。だから、俺はお前の話を聞いてないから通用しないんだよ」
真耶はそう言ってアフロディーテの顔を殴り飛ばした。そして、さらにアフロディーテが飛んでった方向に移動してアフロディーテにかかと落としを食らわせる。
「かハッ!」
アフロディーテは地面に叩きつけられ灰の空気を全て吐き出してしまった。そのせいで軽い過呼吸になってしまう。
真耶はそんなアフロディーテを見て左手に雷を発生させた。
「”物理変化”」
そして、アフロディーテの心臓に狙いを定める。
「死ねよ」
真耶は、その雷を帯びた左手をアフロディーテの心臓目掛けて素早く伸ばした。
しかし、その手がアフロディーテの心臓を貫くことは無かった。なんと、再び何者かによって攻撃をされ起動をずらされたのだ。そのせいで真耶の左手はアフロディーテの腹を貫く。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
アフロディーテの断末魔が聞こえた。しかし、真耶は全然嬉しそうな顔をしてない。直ぐに魔法が飛んできた方向を見て叫ぶ。
「モルドレッド!また俺の邪魔をする……のか……っ!?サタン!何故お前まで邪魔をする!」
なんと、真耶に攻撃したのはサタンだった。サタンは少し心配した顔で真耶を見つめている。
「真耶、もう辞めよう。お前の勝ちだ。我らもお前の実力は分かった。頼む、帰って来てくれ」
サタンは少し悲しそうな顔でそう言ってくる。真耶はその顔を見て少しだけ怒りが収まっまた。
「分かった」
そして、真耶はゲートを開いた。サタンはそんな真耶に近づく。そして、ゲートに向かって歩き始めた。
「モルドレッド、悪かったな」
真耶はそう言ってゲートを超えた。サタンもゲートを超える。すると、ゲートは閉じてしまいその場には静寂だけが残った。
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