第61話 遠い日の記憶Part4
それから彼らはひっそりと森の中で結婚式を挙げた。街で大きく式をあげると、必ず追っ手が来ると分かっていたからだ。
ちょうど彼は長い度で精霊の森を見つけていた。彼はそこの精霊を救ったことがあり仲も良かったので、快く式をあげることを受け入れてくれた。
彼らはそこで指揮を挙げ愛を誓った。
「どんな事があっても君への愛は忘れない」
「私もです」
2人はそう言って熱いキスをした。そして、固く、強い絆の赤い糸で結ばれた気がした。
式が終わると彼らは再び旅に出ようとした。その時、式に出席していた精霊王が彼らに提案する。
「この国に住みませんか?」
しかし、彼は言った。
「いや、俺達がいるといつ追っ手が来るか分からない。被害を出したくないんだ。だから、ここには住めない」
彼はそう言って彼女と森を出ようとする。しかし、精霊王はそんな2人を必死に止めて言った。
「お願いします。貴方様から頂いた恩はこれだけで返せるものではありません。今こうしてこの国が存続できているのも、全ては貴方様のお力があったからこそ。その事の恩を返させてはいただきませんか?」
精霊王はそう言って頭を下げる。
「「「っ!?」」」
「や、やめてください!私達はこうして式を挙げさせていただけたことだけで満足です!だから、頭をあげてください!」
彼女は慌てて精霊王にそう言う。しかし、精霊王は頭を下げたまま頭をあげようとしない。
ついに、彼らは根負けして精霊の森……別名、精霊の国に住むことに決めた。
「だが、良いのか?いつ俺達を追ってくるか分からないのに……」
「はい。この国は特殊な魔法で隠されているので、侵入はできません」
精霊王は自信満々でそう言って彼らの前に立った。そして、どこからか兵士を呼んできて何かを命じている。その兵士は直ぐに彼らを国に住まわせることを国中に教えた。
それから、どこにも彼らを襲うものや、意地悪をする人はいなかった。だから、彼はその時初めて暖かい家庭を知った。朝になれば彼女が暖かい料理を出してくれる。それから仕事をする。そして、昼になれば魔法の練習をする。何時間も練習をする。その後は精霊王の城にある巨大図書館で文献を見る。もしかしたら、どこかに不思議な鍛治台の情報が乗っているかもしれない。そう思って文献を見る。
夜になれば、彼女と『1日頑張ったね』と言って楽しい話をする。そして最後に一緒に眠る。そんななんでもないただの日常を、彼はずっと繰り返していた。しかし、彼はそんな日常が楽しくて、楽しくて楽しくて楽しくて……すごく幸せだった。
そして、月日はどんどん流れていく。時の流れというのは自然の摂理。楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。そして、100年が経過した。
彼は頻繁に街へと顔を出していた。初めは子供だった男の子も、100年が経てば皆大人になり結婚して子供を産んでいる。時々彼と彼女の間で子供を産むか産まないかという話が出てきたが、もしものことを考えて産まなかった。
しかし、それでも彼らの生活は充実していた。毎日同じことを繰り返して、笑い合う。そんな生活がずっと続くことを望んでいた。
しかし、終わりというものはいずれ来るものだ。その終わりは、これまで彼が感じた幸せを軽く凌駕する位の絶望だった。だが、人の一生というのはそういういい事と悪いことの連続で成り立っている。しかし、彼の一生ではいいことは少なく悪い事の方が大きかった。ただ、それだけ。だが、それだけで人の心は簡単に壊されてしまうものだ。
その日彼は狩りに出ていた。精霊王からの頼みで、正体不明の魔物が入ってきてしまったらしい。
彼はその事を何ら不思議に思わなかった。なんせ、そういうことはよくある事だからだ。だから、今回も同じように狩りに出ていた。
しかし、そこで事件は起こる。なんと、彼の居ない精霊の国で警報が鳴り響いたのだ。サイレンがなった後に精霊王がの声が続く。そして、精霊王は言った。
『ただいま、森に侵入者を確認しました。戦闘に参加する者は今すぐ城へと集まってください。それ以外の人は今すぐシェルターへ避難をしてください』
そんな声が聞こえてきた。すると、精霊の皆が慌てて避難を始める。しかし、城に集まって行く人もかなり居た。戦闘好きや、戦闘に自信がある人、衛兵など色んな人が集まってくる。彼女もそこに集まった。
すると、精霊王が目の前に出てきて説明を始める。みんなはその話を聞いて気を引き締めた。
そんなことが起こっている中、彼はその事を知らずに森で狩りをしていた。そして、その侵入者と出会う。
「……」
「何者だ!?」
彼は男に聞く。男は少しニヤけると言った。
「俺が何者かはどうでもいいんだよ。大事なのは、お前とあの女がここにいることだ」
男はそう言って彼に襲いかかった。彼はその一撃を紙一重で避けるとそのまま反撃をする。
「”波動斬”」
彼の剣から波動の斬撃が放たれる。しかし、男はその波動の斬撃を殴り壊した。そして、彼に切りかかる。
さすがに彼もその動きに対応できなかった。そして、胸元をざっくり切り裂かれる。さらに、右足の太ももと右の脇腹に剣を突き刺された。
「っ!?」
「呆気ないな!死ね!」
男はそう言って彼を殺そうとした。しかし、彼は逃げられない。さっきの攻撃のせいで体が上手く動かせないのだ。しかし、男は剣を振り上げ彼を殺そうとする。しかし、その時彼はあることを思い出した。それは、ある古代武器だ。
その名も、悲しみの糸だ。これは、なんの素材で出来ているか分からない。だが、とてつもなく伸縮性があり、それにもかかわらずとてつもなく硬い。さらに、吸着性もあるなど、様々な能力がある謎の糸だ。
彼はその糸を上着の内ポケットから取り出すと、直ぐに遠くの気に向かって投げ、伸ばした。すると、その糸は木に吸着する。彼はそのまま糸を収縮させ木に惹き付けられた。すると、紙一重で男の攻撃を避ける。
彼は木の上まで惹き付けられると、糸を木から外して今度は指輪を見つめる。これは、結婚式の日に彼女に渡したものと同じもの。しかし、これにも能力がある。
彼はその指輪を使って謎のゲートを開くとそのゲートの中に飛び込んだ。
しかし、その途中で男が謎の物体を投げてきた。彼はその物体が背中に刺さりゲートをくぐる途中で力尽きてしまった。そして、彼は倒れるようにゲートを超えた。
ゲートを超えた先は彼と彼女の家だった。ここで100年間暮らしたのだ。その思い出が染み付いた家に彼は帰ってきたのだ。
しかし、そこに彼女はいなかった。誰もいない真っ暗になった部屋で彼は倒れ込む。
体に力が入らない。全身が痺れたように痙攣している。そして、呼吸も段々と浅くなり心音も小さくなっていった。
気がつけば、床は真っ赤に染まりつつあった。別に、ゲートは閉じたしどこかに繋いだ訳でもない。それにもかかわらず赤いということは、これは全て彼の血だ。
「クッ……!」
彼は何とか起き上がってベッドに寝転がろうとする。しかし、そこまで動かすことが出来ない。
死ぬ。彼の頭はそんな考えで埋め尽くされた。そして、彼は深い眠りについた。寝てしまえば死ぬかもしれないと思いながらも、深い眠りについた。
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