第60話 遠い日の記憶Part3
彼らは再び場所を変えた。1度敵が襲ってきたのであれば、もう一度来る可能性は高い。だから、最大限に隠密をした状態で別の場所と移動した。
それから3日ほど経過したが、男の仲間が襲ってくることは無かった。彼はその事に安心したのか、その場に座り込んで安堵の息を漏らす。
彼女も、もう追ってこないと確信し彼と共に安堵の息を漏らした。そして、彼女は周りを見渡して言う。
「ありがとうございます。もう来てないみたいですね。さすがはご主人様です」
「フッ、まぁな。だが、結構疲れたぞ。アルテマヴァーグの波動も尽きかけたからな」
「そうですね……。そろそろ私達も強くなるべきとは思いませんか?」
「ん?どういうことだ?特訓でもするのか?だが、そもそも俺の旅自体が強さを求める旅だ。旅をすること自体特訓になっているぞ」
「フッフッフッ、そうではありませんよ。新しい剣、そして新しい”固有”の魔法を作るのです!誰も見た事がない魔法なら、相手をひるませることが出来ます!それに、誰も見た事がない剣なら、相手を一瞬で倒せます!」
彼女は自信満々にそう言った。しかし、普通に考えてそれはかなり無茶だ。新しい魔法を作るには、誰も見た事がない魔法を考える必要がある。それに、新しい剣を作ると言っても、彼は鍛冶屋じゃない。どうやって剣を打つつもりなのか。それすら全く分からない。
「俺は鍛冶屋じゃないぞ」
「わかってます!だから、そのために不思議な鍛治台を探すのです!不思議な鍛治台があれば自由に鍛治が出来ます!たとえ初めてでも武器が作れるのです!」
彼女はそう言って目をキラキラさせる。そして、彼女は続けてこう言った。
「それに、ご主人様の武器も自分で作ったのですよね?」
「っ!?」
彼はその言葉を聞いて自分の耳を疑った。そして、目を見開き驚きながらこう答える。
「なんで分かった?」
「そんなの簡単です。ご主人様の剣から出てるオーラが普通の剣とは全く違います。恐らくその剣は、ご主人様ご自身が作ったからそのようなオーラが出てるのだと思います。ご主人様はこの剣を作る時に愛を注ぎ込んだのですよね。ご主人様がこの剣を愛していたのがよく分かります」
彼女はそう言って彼の剣を見つめた。彼の剣からは普通の人が見ても何も出ていない。しかし、彼女には何か出ているように見えているらしい。
「ご主人様!さぁ行きましょう!早く見つけて早く作るんです!」
「いや、あのなぁ、何年かかると思ってんだよ」
「何年でもいいじゃないですか!時間がかかるってことは、それだけ一緒にいれる時間が増えるってことですよ!」
彼は彼女にそう言われてハッとした。そして、何故か無性に嬉しくなってきて、探す気力が湧いてきた。
そして、彼らは不思議な鍛治台を求めて歩き出した。
「あ、当然ですけど魔法の練習はしますよ。それに、今日からは新技の開発です。少し厳しく行きますよ」
彼女はそう言ってニシシと笑った。
その日から彼の楽しい時間は増え始めた。彼は昼は鍛治台を探すため色んな街に寄った。そして、色んな場所に向かった。その間もずっと2人だったから苦では無かった。
夜は、彼女といっしょに魔法を考える。これも、前よりさらに彼女と接近することが出来たから苦ではなかった。ただ1つ、彼女は相当なドMでありドSであることが分かった。だから、怒った時は怖かった。
しかし、そんなことがありながらも彼らは順調に強くなっていっているという実感をもてた。
そして、それと同時に彼は彼女に対して何か不思議なものを感じるようになった。それは、これまで彼が感じたこともない何かを。
「コラ!ご主人様!何ぼーっとしてるんですか!?」
「っ!?ご、ごめん!」
「もぅ、話を聞かないなら教えませんよ!それとも、私の話が眠いと言うのですか!?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「じゃあ起きてください!次眠ってたらお仕置ですよ!お尻ペンペンですよ!」
彼女はプンプンしながらそう言った。しかし、彼女は彼の表情を見て一瞬で察する。
「ん?お尻ペンペンってなんだ?」
そう、彼がよく分からないと言った表情をしていたのだ。そして、彼女はその表情を見て少し疑問に思う。さらに、彼の言葉を聞いて不思議に思った。
「知らないのですか?代表的なお仕置ですよ」
「いや、俺……いや、何でもねぇ」
「待ってください!全部話してください!」
彼女は怒るでもなく笑うでもなく、真剣な眼差しで彼を見つめそう言ってきた。彼は、少し暗い顔をしていたが、彼女にそう言われて少し目を見開く。
しかし、直ぐに暗い表情に戻って彼は言った。
「いや、別にいいよ。面白い話じゃないから」
「面白くないってことは、悲しいってことですね。それなら尚更話してください」
彼女は優しく、だが真剣にそう言ってくる。彼は、その言葉に反論できなかった。なんせ、面白くなく悲しい話だから。
いつもの彼ならこんなこと話さない。たが、彼は何故か彼女にだけ心を許していた。だから、話したくないのに自然と口から言葉が漏れてしまう。
「……俺さ、親がいないんだ。物心ついた時からいなかった。死んだのか、家を出ていったのか、それすらも分からない」
「っ!?」
彼の話を聞いた彼女は少し驚き動揺したが、直ぐに彼に抱きついて優しい声でこう言う。
「安心してください。私は絶対にご主人様と離れることはありません。たとえ私が死んでも、必ず転生してご主人様の元に戻って来ます」
彼はその言葉を聞いて安心する。そして、心の底から彼女に特別なものを感じた。胸が締め付けられるような、そして、これまで感じたことも、誰かに貰ったこともないようものを感じた。
「……なぁ、俺はさ、こういうの感じたことないから分かんないんだけどさ、本で見たんだ。こういう気持ちの正体を。俺、お前のことが好きだ。どうしようもないくらい好きだ」
彼は、無意識でそう言っていた。
「私もです。私もご主人様のことが大好きです」
彼女は彼の言葉にそう答えた。
そしてこれが、生まれて初めて、彼が恋をして、愛を知った日だった。しかし、彼はまだ知らなかった。この愛という感情は、彼を強くするだけじゃなく、彼に耐え難い苦痛を与えることになると。その時の彼は、これっぽっちも思ってなどいなかった。
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