第58話 遠い記憶Part1
その光景を目にした者はみな口を揃えてこう言う。
『彼の頭はイカれている』と。
そう言われた彼は悲しみにくれた顔をしながら小さくこう呟いた。
『友達が欲しい』と。
彼は友達がいなかった。だから、こうしておかしなことをしては皆からの注目をひこうとした。しかし、それは全て裏目に出て彼を『頭のおかしな気持ち悪い変な人』だと言う人が増えた。
彼は、その事実に心を壊されてしまった。まだ人生は長いというのに、生まれてまもないというのに、彼は心を壊されてしまった。
辛い現実から逃げようと現実逃避を始めた。そして、ついに彼は寂しがり屋の王となってしまった。
そんな彼を見た彼の親は、彼に3つの試練を与えた。それは、親からも見放されるということ。
別に親は見放した訳では無い。そういうフリをするだけ。だから、嫌いでは無い。でも、試練だ。彼の親は一夜にしてどこかえ居なくなった。彼の親はその心に苦しみながら、彼を遠くから見守ることにした。
2つ目の試練は、彼に苦痛を与えること。その苦痛というのは物理的でも精神的でもどっちでもいい。彼に、耐え難い苦痛を与えることで強くさせる。たとえ再起不能になっても、たとえ彼が闇に堕ちても、彼を強くするために苦痛を与えること。
もし、その道中で彼が逃げ出せば、親は彼を助けることを心に誓った。だが、どうせそんな機会はないと分かっていたのだが。
そして、3つ目の試練は愛を知ること。どんな方法を使っても良い。愛を知ることが大事なのだ。愛の力こそが人をさらなる高みに連れていってくれる。そう信じていたから。
彼の親はそう信じて彼を1人にした。孤独にした。見放すフリをした。試練を与え尽くした。だから、彼は寂しがり屋の王となってしまった。
しかし、彼はそれでも強くなることを努力した。生まれてすぐから親がいないことで孤独を感じていたが、強くなることを頑張った。
虐められ、辱められ、殺されかけることもあった。それでも彼は特訓をした。強くなるために努力をしつくした。
最初の何年、何十年、何百年……いや、どれくらい経過したのか分からない。最初の10万年はずっと強くなることを続けた。どれだけ戦っても敵が減ることは無い。毎日毎日彼を殺しにくる。
いじめっ子達も、最初の100年は毎日虐めてきた。だが、途中で飽きたのだろう。いじめてくるのを辞めた。しかし、彼の復讐心は消えなかった。
それからさらに10万年旅を続けた。強くなるために古代武器を集めた。さらに、古代技術も研究した。
だが、彼の強くなることの探究心は消えなかった。古代だけじゃなく、未来にまで手をつけた。未来武器に未来技術を研究した。
彼は、この力について研究することで孤独を紛らわせようとしたんだ。だが、そんなことで孤独は紛れない。彼の研究についていけなくなった者達は、彼を『奇妙な人』や『気持ち悪い人』などと言って1人にした。
彼は、さらなる孤独を味わい、自殺を試みた。しかし、その時彼はある男と出会う。その男は彼を友達だと言ってくれた。しかし、彼はその男に怨みや嫉妬、あらゆる負の感情を抱いた。
なぜなら、男の背中には大量の人影が見えたから。男は、あらゆる全ての人から好かれていた。男がなにか言えば、その一言で国が変わる。男がなにか書けば、国中の人から読まれる。1週間もすれば国中の人から読まれるレベルだ。男が何かをすれば、国中の人は全員見る。他に何かをしていても絶対に見る。
それほどに男には影響力があった。彼はそんな男を見て心の底から嫉妬した。そして、殺したいと思った。
彼は思い立ったら直ぐに行動するタイプの人間だった。だから、彼はその男に襲いかかった。
男は突如彼が襲ってきたことに驚き反応出来ない。しかし、男を守る12人の騎士がいた。男はその13人に守られ傷を負うこともなかった。
彼はそんな姿の男を見て更に憎しみや怒り、嫉妬などの感情を強くした。そして、さらに剣を握る手に力を込める。その時彼が持っていた剣の名前が覇滅瞳剣アルテマヴァーグだ。
彼は、その剣を握りしめ剣を振る。その一振で強烈な波動が放たれ騎士たちは呆気に取られた。そして、その一撃で全員やられてしまった。
「……仲間の力を自分の力と間違えている。気持ち悪い。そのくせお前は自分はまだまだだと言って謙遜する。俺に勝ったつもりか?人の数で勝っていようとも、実力では巻けない。お前はまだ知らないんだ。誰にも認知されないという苦しみを」
彼はそう言って男に剣を突きつけた。しかし、殺すでもなくその場を去ろうとする。どうやら彼にはまだ人を殺める覚悟というのはなかったらしい。だから、男を殺さなかったのだ。
すると、男は去っていく彼に言う。
「待てよ!我と共に着いてこないか!?」
しかし、彼はまるで家族全員を殺されたかのような目で見ながら言う。
「お前が、孤独の苦しみを知らない限り、その可能性は無い」
そして、彼はその場から去っていった。
それが、彼と男の初めての出会いだった。
それから彼は再び1人で旅を始めた。強くなるための旅。彼はその度をすることで寂しさを紛らわせようとした。
彼がその度を続けていると、彼は寂しさを紛らわせることができたのか、笑う顔が増えてきた。どうやら1人の楽しさを見つけたらしい。彼は釣りや買い物、1人で出来ることを続けた。
彼を見ていた親も嬉しそうに見ている。彼も楽しそうだ。そう、今こうしていいことが起きている。しかし、人の一生というのは時に辛辣である。いいことがあれば悪いことは必ず起こる。そして、その悪いことというのは起こってしまえば終わり。永久に彼を陥れようとする。
そう、なんと、彼の目の前に女性が現れたのだ。その女性はボロボロの服を着て彼の元まで来た。しかし、ボロボロであるにもかかわらずその女性の容姿はとても綺麗だと思った。
だが、それ以上に彼は彼女を心配した。なんせ、体中に傷があり、まるで誰かに追われているかのように慌て怯えていたからだ。
「助けてください……!追われてるんです……!」
彼女は彼にそう言って助けを求めた。彼は彼女のその姿を見て慌てて駆け寄ると、背中に背負っていた剣を抜き彼女が来た方向を見る。その方向には森があり人が隠れるには絶好のポイントだ。
彼は少し右目に魔力を込める。すると、その右目に『孤独の瞳』と呼ばれる目が浮かぶ。これが、彼が初めて手にしていた瞳力だ。
この目の力は、彼が力を追求し続けてきた証だ。孤独という苦しみを耐え抜いた結果だ。しかし、この目は特に模様などは無い。もしかすると、まだ不完全なのかもしれない。だが、それでもこれは彼の力だ。
そんな彼はその目を浮かべて森の中を見た。すると、森の中から2人ほど人と呼んでいいのか分からないくらい神々しい者達が現れた。その2人は無言で彼に近づいてくると、彼女を連れ去ろうとする。しかし、彼女の前に彼が立ちはだかっているのに気がつくと、何も言わずに攻撃をしてきた。
彼はその攻撃をいとも簡単に受け流すと、2人を殺そうと剣を振るった。しかし、彼にはまだ人を殺す勇気などない。だから、戦闘不能にするつもりだった。そして、彼は思惑通り戦闘不能にさせて逃がしてしまった。
そう、逃がしてしまったのだ。彼女はその様子を見て慌てて彼に近寄ってきた。そして、こう言う。
「今すぐ逃げましょう!出ないと、あなたが殺されてしまいます!」
彼女は必死な形相で彼にそう言う。彼は、なにか嫌なものを感じて直ぐにその場から逃げた。そして、その日から再び彼の最悪な生活が始まってしまったのだ。
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