第36話 その目に映る死と怒り
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━あれから何時間経過したのだろうか。辺りはすっかり暗くなってしまっている。
と言っても、ずっと真っ暗だからくらいかどうかも分からないが、昼と思われる時間帯よりは暗くなっている。
「……」
真耶はそんな中1人でずっと立ち尽くしていた。そこは、ロストの街に近い草原。だから、瘴気や毒霧、毒ガスは漂っていない。澄み切っているとは言いきれないが、少し優しい風が真耶の体に当たる。
その草原には真耶の他に誰もいない。そのため、聞こえるのは草が揺れる音だけ。それ以外は完全に静寂に包まれている。
「……」
真耶はそんな静寂を壊さないように何も喋らない。何も言わない。動くことさえもしない。静かに音を立てないように空を見つめる。
「真耶」
その時、突如後ろから声をかけられた。しかし、真耶は誰が来るかわかっていたかのように振り向かず話返す。
「何だ?」
「……」
「何も言うことがないなら帰ってくれ。俺は今虫の居所が悪い。何をするか分からん」
真耶はそう言って真っ直ぐ進み始める。そのせいで、足音と草が揺れる音がする。
だが、真耶はあることに気がつき足を止めた。なぜか、雨が降っているのだ。だが、それも横ぶりの。頭に当たると言うより体や頬にばっかり当たる。しかも、後ろから。
真耶はその正体がわかった時、思わず振り返って駆け出していた。そして、目の前にいるモルドレッドに抱きつく。
「ごめんな……」
「……良いよ。だって、あれは真耶が悪いことなんて無いもの。ずっと孤独で頑張ってきたんだよね。どんな事があっても孤独で戦ってきたんだよね。その辛い気持ちが完全に分かるとは言えない。だって、私には両親がいたから。本当は憎かったんだよね?初めから全て揃っている私が、憎くて憎くて仕方なかったんだよね?本当のこと言って良いよ」
モルドレッドはそう言って静かに真耶に言った。真耶はその問いかけを受けて言葉を失う。そのせいで、その場には再び完全な静寂が訪れた。
「……あの日……」
その時、その静寂を破って真耶が話を始めた。
「俺は初めて人を好きになるという感情を知った。ずっと孤独で生きてきた俺は、初めてお前に一目惚れした。それも、生まれたすぐのお前にだ」
真耶はそう言ってモルドレッドから離れる。そして、振り返って顔を見ないようにして話を進める。
「ずっと秘密にしてたことがいくつかある。これを言ったらお前は俺のことが嫌いになるだろうけど、それでも言う。あの日、お前の両親を殺したのは俺だ」
「っ!?」
モルドレッドは真耶の言葉を聞いて自分の耳を疑った。そして、何を言っていいのか分からなくなる。
だが、それもそのはず。だって、目の前に自分の仇がいるのだから。
「今のお前はこの話を聞いて俺に対して憎しみを持っただろ。だが、これだけでは終わらない。……あの日、俺が殺したのはお前の両親だ。だがそれも、本物じゃない。偽物の両親だ」
「っ!?ど、どういう……こと……!?」
モルドレッドは思わずそう聞いてしまう。真耶は振り返って少し目を瞑ると、ゆっりと開いて言った。
「お前も知ってるだろ?俺が2度も世界を変えたことを。皆よく言ってるからな。その内の1回は、奏を倒した時。もう1つはもっと前。確か、1万7000年前」
「っ!?もしかして……」
「そう、そのもしかしてだ。俺があの日変えたのは、お前の記憶と、お前の両親だ。お前の両親はあんなクソ貴族共じゃない。お前の本当の両親はアーサーとモルゴースだ」
「っ!?う……そ……!?」
モルドレッドは真耶の話を聞いて言葉を失う。そして、信じられなくなって自分の手のひらを見つめた。すると、その掌はブルブルと震えていた。
「……」
「ね、ねぇ、それって嘘だよね?」
「嘘じゃない。モルゴースも理滅の影響で記憶を書き換えられているから気づいてないが、本当のことだ。悪かったな。ずっと言おうと思っていたんだけどな。言うのが怖かった。言って嫌われるのが怖かった。だから、ずっと秘密にして置いたんだ。初めは理を変えたことに影響が出るからと思ってたけど、途中で影響がないことに気がついた。だから言ってよかったんだ。でも俺は、怖かった。ずっと……ずっとずっとずっとずーっと怖かった。言ったら嫌われる。でも、バレても嫌われる。いつバレるのかずっとその恐怖に怯えていた」
真耶はそう言って悲しい目をする。その時、風が吹いた。その風はさっきより少し強く、その場を草が揺れる音だけど埋め尽くす。
「やぁ」
その時、突如後ろから声をかけられた。慌てて振り返ると、そこにはデメテルがいる。どうやら真耶がここにいるのを見つけて殺しに来たらしい。
「まさかこんなこと頃にいるとはね。向こうまで行く手間が省けたよ。じゃあ死んでくれるかな?」
デメテルはそんなことを言いながら戦闘態勢をとる。
「……モルドレッド、行け。どうせ俺のことが嫌いになったんだろ。別に構わないよ。俺は孤独だ。ずっと孤独で生きてきた。じゃあな」
その瞬間、真耶の姿が消える。そして、一瞬でデメテルとの距離を詰め、リーゾニアスを背中から抜き攻撃していた。
いつものモルドレッドならその戦いを手伝う。しかし、なぜか手伝う気になれない。それどころか、真耶を信じられなくなってしまい、今にも逃げたい。
そう頭の中で一瞬だけ考えてしまうと、なぜか体が勝手に動きだしていた。そっちに行きたい訳じゃないのに体が勝手に振り返って逃げていた。
「……」
真耶はモルドレッドのその姿を見ると、少しだけ暗い顔をして前を向いた。そして、殺気を全力で出す。
「デメテル……お前はぶち殺す!”真紅・炎神”」
真耶はそう言ってリーゾニアスを振るう。その時、刃から炎の斬撃が3つ放たれた。
「危ないな。こんな小さな男の子に殺すとか、大人気ないね」
デメテルはそんなことを言いてくる。確かに、デメテルは身長はそこまで高くなく、だいたい小学3年生くらいの男の子だ。子供と言われたらそう見えなくもない。
だが、心は大人だ。それに神だ。子供に見えるからと言って油断は出来ない。現に今も、真耶の放った斬撃を全て避けている。目で追えないような速さの攻撃なはずなのに、全て避けている。
「何を言う?見た目で判断するのは良くないことだぜ」
真耶はそんなこと言って笑う。しかし、その笑みは明るさなど何も感じない。そこから感じるのは深い闇だけだった。
「そうなんだ!それじゃあ気をつけないとだね!」
デメテルはそう言いながら地面を隆起させ棘を作り出した。真耶はその棘を華麗な動きで全て避ける。そして、そのまま距離をとってデメテルの姿を見た。
「さすがだね。そろそろ僕は本気を出すよ」
そう言って魔法陣を作り出した。デメテルはその中に手を突っ込み中から杖を取り出す。
「フフフ、君にこれが耐えられるとは思えないね。この、”スポンテイネオス”の力にね」
そう言ってその杖を真耶に向ける。その杖からはなぜか嫌な感じがした。しかし、いつもならその嫌な感じがしてすぐに対策を考えていたが、何故か今回は考えなくていい気がした。
「スポンテイネオス…… spontaneousのことか。自然発生的な……。なるほど。大地の神だから自然発生的ということか。まぁ、似たような意味だから問題無いのか」
真耶はそんなことを言って笑う。やはり、その笑みには悪魔のような恐怖感が詰め込まれていた。
「フフフ、そんな強がりはいらないよ。僕はヘファイストスのような馬鹿じゃない。初めから本気で行くよ。”天変地異”」
その瞬間、その場の空気が変わった。そして、ポツポツと雨が降り始めた。さらに、風も段々と強くなっていく。
「……なるほどな。これが……」
「そう、天変地異だよ」
その時、雷が落ちた。さらに、竜巻も発生する。竜巻はその草原と草を全て刈り取り雷は焼き尽くす。そして、さらに地震が発生し地面をかち割る。
真耶はそんな中ひっそりと笑った。そして、何かを企んでいるような顔をして大量の魔力を左目に溜める。
「アハハハハハ!絶望しろ!この力の前に跪け!我の力を思い知るがいい!」
デメテルはそんなことを言いながら、さらに地面を隆起させて真耶を襲う。しかし、それでも真耶は動こうとしない。デメテルはそんな真耶に向かって5属性の龍を作り出した。その龍は真っ直ぐ真耶を襲う。
「君はこれでもその嫌ったらしい顔を続けられるかい!?」
デメテルは高笑いをしながら真耶にそう問いかける。そして、さらに嵐の強さを強くした。そのせいで風が体を吹き飛ばそうとしてくる。
「アハハハハハ!これで僕の勝ちだよ!」
デメテルはそう言って高笑いをした。しかし、その時だった。その時デメテルは自分がした過ちを後悔することになった。
「っ!?」
なぜか唐突に恐怖と絶望、それ以上の負のエネルギーを体全身に感じた。そして、その負のエネルギーは一瞬で恐怖へと変わりデメテルの体を硬直させてしまう。
デメテルはそんな突然のことに対応しきれず汗をダラダラと流し始めた。そして、とてつもない恐怖に襲われながら真耶の姿を見る。すると、そのとんでもない負のエネルギーが真耶の殺気だということに気がついた。そして、真耶の左目が金色の光を放っていることにも気がついた。
「っ!?」
デメテルはそれを見て言葉を失う。そして、なぜか優勢なはずなのに逃げたくなった。
「……」
真耶はそんなデメテルを見て不敵な笑みを浮かべる。そして、左手を前に突き出し左目を金色の光で包み込んだ。
「っ!?な、何なんだよ!その技は!クソォ!」
デメテルは自暴自棄になって攻撃をしまくる。棘を作り出したり、5匹の龍を突撃させたり、様々な攻撃を繰り出した。しかし、それらの攻撃は一切真耶に通じることは無かった。
なんと、殺気の壁を作り出しそれで防いでいるのだ。だから、ほとんどの攻撃は真耶にあたる前に殺気によってかき消されてしまうのだ。
「……フッ、そろそろ終わりにしよう。”金色の光を纏いし絶望の覇者は、黒く輝く死を招き世界の理をねじ曲げる。正義を示し、正義を壊せ。己を信じ、周りを疑え。全ての信頼を裏切り孤独を愛せ。この世にはびこる善も悪も全て断罪せよ”」
真耶はたんたんと詠唱をする。そして、左手の目の前に金色の球を作り出し、その球を変形させていく。すると、それは金色の弓へと変貌した。
真耶は金色の弓を作り出すと、その弓の真ん中をを右手で引っ張る。すると、金色の矢が作られた。その金色の弓矢は通常の弓矢と同じように構えることが出来、威力はその数万倍はありそうだ。
「っ!?クソッ!クソッ!クソォ!僕はこんなところで死ぬわけにはいかないんだ!このやろぉぉぉぉぉぉぉ!」
デメテルは苦し紛れにそう叫ぶ。しかし、それも負け犬の遠吠えに過ぎない。もしのこの場に真耶とデメテル以外の人物がいたとしても、口を揃えて真耶の勝ちだと言うだろう。そしてそれは、デメテルも真耶もわかっている。
「そろそろ終わりだ」
真耶はそう言って金色の弓矢を最大限に張る。そして、その矢を静かに右手から話した。
「死ねよ……」
「っ!?嫌だ……嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
デメテルの悲痛な叫びが聞こえる。しかし、金色の矢はそんな言葉を聞き受けるわけない。そのまま容赦なくデメテルの体を貫く。真耶はそれを見てニヤリと笑うと静かに言った。
「”ジャッジメントアロー”」
その時、デメテルの体は右胸を中心として円形に消滅させられた。
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