第30話 悲しみに包まれし者
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━あの日、世界は変わった。その改変は世界をいい方向に変えた。
そう、ケイオス達は思っていた。そう思っていたけど……
「世界がそれを許さなかった」
「どうしたの?ケイオス?」
「多分、全ての始まりはあの日なんだよな。あの日全てを変えた。人は……いや、命ある者は皆変化を拒む。だから、突然の変化に対応しきれないんだ。でも、これは命ある者に限らない。世界だってそうだ。唐突な変化を拒む。だから、あの日世界を変えたことで世界は悪い方向に言ってしまったんだ」
男はそう呟いた。その男は、真っ直ぐ目の前の暗闇を見つめ、背中のアヴァロンナイトに手をかけた。そして、目の前から現れた正体不明の生物を切り刻む。その技は、まるで真耶が使っていた魔法のようなものだ。考えてみれば、その男はどこか真耶と似ている気がする。
その男は隣にいる女と一緒に暗闇へと足を進める。そして、いつでも攻撃できるようにアヴァロンナイトを握る手の力を強めた。
「……もしかしたらだけどさ、これ自体がマーリンの予言だったのかもしれない。こうなることがマーリンが見た未来だったのかもしれない」
「そうかもしれないね。ただ、1つ言えることは、あなたと真耶が出会ったのは、マーリンが見ていた未来とは違うと思うよ」
「それは確実にそうだな。だが、俺もお前も、いや、世界もそうだけど、真耶が冥界の王だったのは誤算だと思うぜ」
「そうね……」
男はそう言って微笑むと、女と一緒に奥へと進む。その道中女がドジをこいて服が脱げたりお尻を吸われたり、体中ヌルヌルにさせられたりしたが何事もなくここまで来れた。
「……第1段階はクリアってところだな。まぁ、正確に言ったらこの階層の主を倒したらだけどさ」
「でも、もう目の前の扉を開いたらいるのよ」
「……早く行かないと、真耶がなぁ……」
「やっぱり心配なの?」
「当たり前だろ。あいつは無茶しがちだからな。もしかしたら、既に何かしらの異常が起こっているかもしれん。例えば、目が見えなくなるとか、味覚がなくなるとかな」
男はそう言って扉を触れた。そして、そのままその手の力を強めていく。すると、扉は少し動いた。
「気をつけろよ」
男はそう言って扉を開き中へと入った。そして、その場所にいる敵を倒すため、アヴァロンナイトに魔力を流した。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━真耶は真っ直ぐギルドに向かった。そのためなのか、街に入って10分くらいでギルドに到着する。
そして、直ぐにギルドの中へと入った。入った途端、空気が変わる。まるで、スライムが体にまとわりついたかのように重たい空気が真耶達を襲う。
真耶はそんな空気を感じながらギルドを見渡した。すると、そのギルドの中には傷というより、あざのようなものを体に沢山つけた冒険者達が治療を受けている。
「……これは……?」
「……これが毒ガスの影響です。この街は突如毒ガスで覆われました。たとえ耐性をつけていても、いずれは耐えきれなくなります。そうなった人達がここに沢山いるのです」
霧音はそう言って顔を暗くする。
「……なぁ、なんで俺のことを知っていた?それに、お前の口ぶりからだと俺を待っていたみたいだ。なぜ知っていた?」
「……少し、奥まで来ては下さりますか?」
霧音はそう言って真耶達を奥へと誘導する。真耶達は、1度霞と別れ霧音に誘導されながら奥へと向かった。
そして、奥の部屋の扉の前へと来る。霧音はその扉の前に来ると少し悲しい顔をしながら扉に触れた。そして、扉を開ける。
「っ!?」
その扉の奥にいたのは、なんとクロバだった。隣にはアロマもいる。だが、それ以上に驚くべきことがあった。なんと、クロバが寝込んでいるのだ。体には紫色の痣がいくつもあり、弱りきっている。
「……あ、ま、マヤ……様……?」
アロマはそう言って真耶の顔を見て言葉を失う。真耶もその言葉を聞いて言葉を失った。
「うわぁぁぁぁん!マヤ様ぁぁぁぁ!うわぁぁぁぁん!」
アロマは真耶の顔を見るなり泣きながら抱きついてくる。真耶はそんなアロマを見て完全に言葉を失ってしまった。
「なんで俺のことを知っているんだ……!?」
「な、なんでって……なんで忘れてるなんて思ってたんですか!ずっと……!ずっと待ってたんですよ!」
アロマはそう言って泣きながら真耶に抱きついてくる。その姿を見てモルドレッドが殺気を飛ばしてきた。
「……そうだったのか……済まなかったな。だが、なぜ俺の事を覚えている?」
「……逆に、なんで忘れてると思ってるんですか?あの日、突然マヤ様が消えて奏ちゃんも消えた。そして、皆さんの様子がおかしくなりました。私とクロバちゃんだけはずっと覚えてたんですけど、皆さんマヤ様のことを完全に忘れてしまいました。私……私……!ずっと怖かったんです!」
アロマはそう言って真耶の胸に顔を埋めて大粒の涙を流す。そのせいで、その涙は服では全て拾うことが出来ず、床にぽたぽたとこぼしてしまう。
「……済まなかったな。何があったか話せ」
「うぅぅ……。ひっぐ……ひっぐ……あの日、マヤ様が消えて世界が変わりました。そして、世界は壊されて私達は何とかこの街に逃げ込みました。ですが、この街はある1人の男によって毒ガスで充満させられたのです。そして、クロバちゃんが……!」
「もう分かった。よく頑張ったな」
真耶はそう言って優しくアロマを抱く。モルドレッドはそれを見てめっちゃ胸をモヤモヤさせながらその姿を見つめていた。
その時だった。
「……ん……あ……マヤ……さん……?」
なんと、昏睡状態だったクロバが目を覚ましたのだ。
「マヤ……さん……?来て……くれた……んだ……」
「っ!?クロバ様!喋ってはいけません!」
「うう……ん。もう……いいの……わた……し……は、もう……ダメだ……から……」
クロバはそう言って少しだけ微笑む。その声は、あの時のような生き生きとした声ではなく、弱々しい衰弱しきった声だった。
「クロバちゃん!もうダメ!それ以上は死んじゃうよ!」
アロマはそう言って涙を流すその涙はぽたぽたとクロバの顔に落ちるが、漫画や映画のように涙で復活するなんてことはない。現実というのはどこまでも非情なものなのだ。
「……マヤ……さん……最後に会えて……良かっ……た……!」
クロバは最後にそう言い残してゆっくり目を閉じた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!ヤダ……!ヤダ……!ヤダぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
その場にアロマの悲痛な叫び声が反響する。その声はその部屋だけでなく、ギルド内に響き渡った。
「嫌だよぉぉぉぉぉ!うわぁぁぁぁぁぁ!」
アロマは大声で泣き叫び、涙を流す。その涙は頬を伝うことも無くぽたぽたとクロバの頬や目尻、顔全体を濡らしていく。
端の方では、霧音が静かに泣いている。普段は感情を表に出さない霧音も、今回のことは悲しかったようだ。
そして、真耶も例外では無い。もし本当にかつての仲間が死んでしまえば、恐らく心を完全に折られこれ以上生きる気力を失ってしまうだろう。もし……本当に失えば……。
「……真耶……泣いてるの?」
「……本当に死んだら、俺は多分透明で、澄んだ涙を流すよ」
真耶ばそう言って涙を拭う。その涙は真っ赤に染まっていた。どうやら血の涙を流していたらしい。
真耶は、その血の涙を拭うとアロマの前に立つ。アロマは目の前に来た真耶を見て睨みつける。
「マヤ様が……マヤ様がもう少し早かったら!こんなに遅くなって戻ってきてなかったらクロバちゃんは死ななかった!もう少し早かったら死ななかったの!いつもマヤ様は遅いんです!世界がこうなったのも、私達がこうなったのも、全部マヤ様が悪いんです!全部……全部マヤ様が……っ!?」
その時、怒りを真耶にぶつけていたアロマが絶句する。なんと、真耶の背後に巨大な柱が立っていたのだ。その柱にはいくつもの時計が垂直にくっついている。
傍から見たら、時計の真ん中に巨大な芯が刺さっているみたいな形だ。しかし、よく見るとその柱にも何か描いてある。
なんとそれは数字だった。その数字はずっと増え続けている。
「これって……!?」
「アロマ、まだ諦めるのは早い。クロバは死んでいない」
真耶は苦しそうな声でそう言った。
「っ!?」
真耶のその言葉にさらに絶句する。そして、直ぐにクロバの姿を見た。どこか安らぎを感じたような表情をしている。
アロマはそんなクロバの胸に耳を当てる。しかし、心音は聞こえない。体も冷えきっている。どう考えても死んでるのだ。
「嘘ばっかり……!あなたは嘘つきなのよ!信じられないわよ!」
「じゃあなんで俺を信じた!?自分を信じて突き進めばよかっただろ!こうなりたくなかったら、その矛と盾を誰かに差し出せばよかっただろ!なぜそうしなかった!?なぜ今更になって俺に罪を擦り付けた!?ふざけるなよ!お前はただ、自分が出来なかったことを都合のいい他人に押し付けてるだけだ!それで、出来なかったら人のせいにする!最悪な魔女だな!」
突如怒鳴りあげた真耶に対してその場の全員が驚き言葉を失う。そして、そんな真耶から溢れるとてつもない殺気にアロマは言葉どころか体を動かすことさえも出来なくなる。
「あぅ……あ……うあ……」
「……分かるよ。全て人のせいにしたくなるのは。逃げたいもんな。苦しみたくないもんな。俺だって、こんな世界になったのを全てゼウスのせいにしたいよ。でもな、受け入れなきゃ強くはなれないんだよ。ずっと人のせいにしてたらからなんか破れねぇんだよ」
真耶は悲しみの籠った声でそう言う。そして、クロバの頬に手をふれながら言った。
「さっきも言ったとおり、クロバは死んでない。クロバが死ぬ4秒前に時間を止めた。かなり強力な魔法を使ったから、俺の魔力が月用が、死のうが解けることはない」
真耶はそう言ってクロバの体を神眼で確認する。そして、自分の親指をかじって皮を破るとその血をクロバに飲ませた。
「……これで少しは楽になるだろうな。じゃあ、行くか」
「行くって、どこに!?」
「薬草採取だ。必要な薬草がある」
「それなら私も……」
「無理だ。お前は行かせられん」
「でも……!」
「でもじゃない」
真耶はそう言ってその部屋の扉に手をかける。そして、ゆっくりと開けた。
「俺は、何があっても仲間を見捨てたりしない。たとえこの世界が崩壊して無くなっても、必ず助けに戻ってくる。待ってろ」
真耶はそう言ってその部屋から出ていった。モルドレッドはその後を追って部屋から出ていく。アーサーとヘファイストスはその部屋に戻ってクロバの回復をしようとした。そのために、どんな症状かを確認する。
「……なるほどねこれならあの二人に適任か……」
アーサーはそう呟いて真耶達が出ていった扉を見つめた。
「真耶!」
「来てくれたのか?」
「ん!」
当の本人である真耶は、モルドレッドが来てくれたことに感謝していた。そして、その喜びからモルドレッドの胸とお尻を触りまくったあとおんぶする。
モルドレッドは多少頬を赤くしたものの、直ぐに真顔に戻って真耶に言う。
「早くしないと、ヤバい」
「そうだな。じゃあ、あの病気を治すために、瘴気草を探しに行くか」
真耶はそう言って街から出ていく。そして、瘴気草がある場所へと急いで向かったのだった。
アーサーはクロバの症状を見たあと直ぐに薬剤を作り始める。真耶が帰ってきた時ある程度進めて置かなければ時間がかかってしまう。
それに、今回真耶が使った魔法は時間魔法の中でもかなり珍しい魔法……というより、訳あって使わない魔法の1つだ。その効果は絶大だが、何かしらの原因で災害が起こることもある。
「時間はかけられない。最大でも持って3日だ。それまでに帰ってこいよ。真耶……」
アーサーは小さくそう呟いて調合を始めた。ヘファイストスは魔力を時の柱に流し込み、魔力を安定させる。すると、少しはマシになる。だが、それでも時間はかけられない。魔力とかそういうのとかと別に理由があるから。
「2日で帰ってくるよ」
真耶は小さくそう呟いて瘴気草を探しに向かった。
読んでいただきありがとうございます。