第26話 見えてる世界と見えない世界
真耶はフリッグのその笑みを見て不敵に笑う。そして、背中のリーゾニアスに手をかけた。
「真耶、気をつけろよ」
「わかってる。援護は任せた」
真耶はそう言ってフリッグに向けて駆け出した。フリッグは向かってくる真耶を見て少し微笑むと体をフラフラと揺らせる。
「あなたに見破れるかしら?」
その刹那、フリッグの体が増えた。
「っ!?」
「気をつけろ!幻影だ!」
後ろからアーサーの声がする。真耶はその言葉を聞いた瞬間、世界眼を浮かべた右目を見開いた。
「あら、いい目をしてるわね。欲しいわ」
「やるわけないだろ」
真耶はそう言ってフリッグの体を切り裂く。しかし、その体は霧のように霧散した。どうやら幻影だったらしい。
「残ねーん。外れよ」
背後からそんな声が聞こえた。真耶は直ぐに振り返るとフリッグの姿を捉える。しかし、フリッグは既に鎌を振り下ろしていた。
真耶はその鎌を体を反らせて避ける。そして、その勢いを殺さないままバク転のように回転して後退する。そのついでにフリッグの鎌を足で搦めて奪おうとした。
「っ!?」
しかし、突如真耶の両足を切断される。真耶はそれを認識した瞬間左目に転移眼を浮かべて一瞬でテレポートした。
「あら、速いわね」
「お前もなかなかやるじゃん」
真耶はそう言って地面の素材を変えて足を再生させた。
「怖いわ。あなたのその足はどこから生えてきてるのかしら?」
「知らん。自分で考えろ。そうやって何でも人に聞いてたらボケるぞ」
「うふふ、お口が悪いみたいわね。悪口言う子にはお仕置よ」
「それを言ったら、人の足を切断するような子にはお仕置だぜ」
「そう、それじゃあお仕置してみなさい。出来たらの話だけどね」
フリッグはそう言って衣装から黒い羽のようなものをヒラヒラと回せる。そして、鎌を少し振ると構える。
「……なるほどな。幻惑か……」
真耶はその姿を見て小さく呟いた。その刹那、真耶の胸元に大きな傷ができる。その傷は何かで切り裂かれたような傷だ。
「……」
しかし、そんな傷ができても真耶は微動だにしない。そして、目を閉じて集中すると剣を強く握りしめた。
「うふふ……ふふふふふふ……」
フリッグの笑い声がその場に響いた。恐らくこの声にも何かしらの魔法がかけられているのだろう。こうして声を出すことで相手を幻惑状態に陥れることが出来るのだ。
「うふふふふふふふ……死になさい」
フリッグはそう言って真耶の目の前に現れた。そして、鎌を構える。
「ここだ!」
真耶はそう言ってリーゾニアスを横に振り払う。そして、目の前に現れたフリッグの体を切り裂いた。
「残念。そっちは偽物よ」
そう言ってフリッグの体が霧散する。そして、気がついた時には真耶の体にいくつかの深い切り傷が出来ていた。
「っ!?」
「真耶!」
モルドレッドは大きな声で名前を呼んだ。しかし、そんな言葉も虚しく真耶の体は崩れ落ちていく。
「そんな……!」
「うふふ。やっぱり私の勝ちね。呆気ないものだわ」
フリッグはそう言って楽しそうに微笑むと、お嬢様のような歩き方でヘファイストスの目の前まで来る。
「なんでこんな人に負けたか分かる?もっと修行が足りないのよ。この鼻も、真っ赤になるまで痛めつけてあげるわ。お尻も1ヶ月は座れなくしてあげるわ。うふふ、どんな顔して泣くのか楽しみだわ」
ヘファイストスはフリッグのその言葉を聞いて顔を真っ青に青ざめる。そして、涙を流し出した。
しかし、ここまで隙だらけというのに攻撃をしようとしない。さらに、怯えきってしまって動こうともしない。アーサーはそんなヘファイストスを他所に、エクスカリバーを構えてフリッグの首を切ろうとした。
しかし、その攻撃は防がれる。
「遅いわね。そんなもの当たらないわよ」
「当たり前だろ。我は当てに来ていない」
アーサーがそう言った直後にフリッグの後頭部に魔法がぶつかる。その魔法はモルドレッドのディスアセンブル砲だった。
「っ!?まさか……全然気が付かなかったわ。面白い魔法ね。あなたも私のペットにしたいわ。その綺麗なお尻も真っ赤に染め上げて歪ませたいわ」
フリッグはそう言って恐怖に満ちた笑顔を見せた。モルドレッドはその顔を見て少し怖気付いてしまう。
「良いわ。その顔も。その顔を涙でぐちゃぐちゃにしたいわ」
モルドレッドはフリッグのその言葉を聞いて錯乱してしまった。恐怖で頭を支配されいてもたってもいられなくなる。そのせいで、魔法を乱発してしまった。
「いや……いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
そんなモルドレッドの悲痛な叫びと共に無数のディスアセンブル砲が放たれる。乱雑に放たれた魔法はフリッグだけでなくアーサーにまで襲いかかった。
アーサーは迫り来る弾幕の中を華麗な動きで避けながら何とかその場を脱する。しかし、その弾幕によって生じた砂煙によってフリッグの姿は見えなくなってしまった。
「しまった……!」
アーサーは慌てて辺りを見渡す。だが、アーサーには探索系の魔法が無いため見つけられない。
「クッ……!このままでは……」
「もう遅いわよ」
その時、モルドレッドの方から声がした。振り向くと、モルドレッドの首筋に鎌の刃を当てたフリッグが立っていた。既にモルドレッドをいつでも殺せる距離にいる。だからか、モルドレッドの頬をぺろぺろと舐めていた。
「うふふ、この顔よ。こんな可愛い子をぐちゃぐちゃに出来るなんて最高だわ」
「そんなことさせるわけないだろ。モルドレッドは真耶の女だ。だが、それ以上に我の部下でもある。渡す訳には行かないのだよ」
アーサーはそう言ってエクスカリバーを構えた。しかし、フリッグは不敵な笑みを浮かべて言う。
「ダメよ。あなたじゃ私に勝てないわ。だって弱いもの」
フリッグはそう言ってモルドレッドから離れると、一瞬でアーサーとの距離を詰めて鎌でアーサーの体を切ろうと何度も攻撃をしてくる。しかし、アーサーもそう簡単にやられることは無い。上手い具合に攻撃を全て受け流す。
「残念ね。あなたはこれが限界よ。私に攻撃1つ当てられないのよ」
「いや、違うな。我はお前が思っているより強い。どういう判断をしてるのか分からないが、見えてるものが全てではないぞ」
アーサーはそう言って不敵な笑みを浮かべた。そして、突如2人の目の前に丸い玉が落ちてくる。
アーサーはそれを切り裂くと、中から大量の煙が出てきた。
「っ!?何!?」
「言っただろ。見えてる世界が全てじゃないって」
「どういう……っ!?」
その時、フリッグは突如自分の胸に激痛を感じた。見ると、そこには剣が突き刺さっている。
「っ!?」
フリッグはそれを見て驚き、あることに気づく。なんと、体が全く動かないのだ。それどころか両手足の感覚が全くない。
「なん……で……!?」
「言っただろ。見えてる世界が全てじゃないと。いや、それだけじゃない。視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚で感じるものが全てではない。それさえも違うものとなっていることがある」
後ろからそんな声が聞こえてくる。その声はどこか聞いたことがあるような気がした。いや、聞いたことがあるに決まっている。なぜなら、ついさっきまで話していたのだから。
「っ!?なんで生きてるの!?」
フリッグは思わずそう叫んでしまった。
「なぜって?お前は頭が悪いなぁ。そんな子にはお仕置が必要だね」
そう言ってフリッグの目の前に現れたのは、さっきフリッグに殺されたはずの真耶だった。
フリッグは真耶の姿を見て言葉を失う。なぜなら、傷一つないのだ。服も敗れている様子は無い。血が着いていたような形跡もない。まるで初めから怪我などしていないかのようだ。
「ま、君には真実を見る目がないみたいだから教えてあげるよ」
真耶はそう言ってフリッグの額をトンっとつつく。すると、周りの景色が一変した。なんと、フリッグの両手足が切断されているのだ。さらに、体のあちこちに地面から生えだした鉄の針が突き刺さっており、それで固定され拘束されている。
「っ!?いつから……!?」
「初めからだよ。まず俺が世界眼を使っただろ?あれはワールドアイじゃない。俺はあの目を使う直前にお前に幻を見せた。それは、俺の目が違う目に見えるというものだ。だから、俺が幻惑眼を使ったことに気が付かなかったんだ。それで、お前は知らず知らずのうちに幻惑を見せられ自分がこんな状況になっていることに気が付かなかった。痛覚も、五感で感じる全てを狂わせたからな」
「っ!?」
真耶のその言葉を聞いてフリッグは言葉を失った。そして、直ぐに逃げようとするが全く逃げられない。それどころか体を動かすことも出来そうにない。
「さぁ、お前の女性としての尊厳はこれからなくなる。その体、心が壊れるまで弄んでやるよ」
真耶はそう言ってフリッグの体に触れた。そして、恐怖に満ちた笑みを浮かべる。
フリッグはさっきまでの余裕は全くなくなり、慌てて逃げようとする。しかし、焦っているためろくに頭をはたらかすことも出来ない。策を練ることも出来ずもがくだけだ。
「さて、そろそろ終わりにしよう。”真紅……」
そう言って真耶はリーゾニアスを構える。その刃には真っ赤な焔がまとわりついていた。
「……天焦……」
「真耶!避けろ!」
「っ!?」
その時、真耶の上空から槍が落ちてくる。真耶はその槍を避けると直ぐに上を見た。
「よくもやってくれたな。どうやら死ぬ準備は出来ているみたいだな」
そんなことを言いながら男が空から降りてくる。
「……お前まで来たのか……オーディン」
そう、空から降りてきたのはオーディンだった。オーディンは怒りのオーラを出しながら降りてきたのだ。
「よくも俺の妻をこんなふうにやってくれたな」
「そっちから来たんだろ。人に罪をなすりつけるな。自業自得だ」
真耶はそう言って笑うオーディンはその言葉を聞いた瞬間ブチ切れた。しかし、冷静に槍を構える。
「……貴様はとことん人の神経を逆撫でする男だ。まぁ良い。今回は貴様の勝ちだ。俺達は退かせてもらう」
オーディンはそう言ってフリッグを拘束する鉄の針を壊すと抱き抱えて空へと上がっていく。
真耶も、そんなオーディンに攻撃することなく、ただ見つめるだけだった。そして、オーディン達は扉を開き帰って行った。
「……」
「全く、遅いぞ。お前が遅いせいでモルドレッドがあんなに脅えてしまっただろ」
「悪いな。まさか乱入者が現れるとは思ってなかったからな」
「ん?どういうことだ?」
「……いたんだよ。この場にもう1人乱入者が。それも、オーディンといつも一緒にいて杖持ってる奴がな」
アーサーはその言葉を聞いて直ぐに理解した。
「まさか、ロキまで来ていたとは……」
「もしかしたらだが、この世界は俺達のまだ知らない何かが隠されてるのかもしれない」
真耶はそう言ってリーゾニアスを鞘に収めた。
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