第23話 奥の手
真耶は黄色く光らせた左目で目の前にいるヘファイストスを見つめる。ヘファイストスの体には硬そうな龍の鱗の鎧が着いており、簡単にダメージを与えられそうでは無い。
さらに、ヘファイストスの全ステータスが爆上がりしている。さすがにここまで上がってしまえば大抵の人はワンパンで殺せるだろう。
「フッ、戦ってたのが俺でよかったな。この世界の人だったらこの時点で戦意喪失だよな」
「馬鹿ね。この世界の人だったらこうなる前に殺してるわ」
「……それもそうか」
真耶はそう呟いて目を少し閉じる。そして、ゆっくりと開き全身の筋肉を集中させた。
さらに、周りを見渡し逃げ道を探す。開けた場所とは言えないが、逃げることは出来るだろう。
真耶はそれを確認してリーゾニアスを強く握りしめた。その刹那、真耶の姿が消える。ヘファイストスは突然のことに驚き動揺するが、直ぐに振り返り背後に真耶がいることを確認する。が、しかしその時にはもう遅い。真耶は完全に間合いに入り込んでしまっている。
「”紺青・激流閃”」
真耶は剣に水を纏わせた。その水は激流のように激しく流れている。真耶はその剣でヘファイストスを切りつける。
しかし、その攻撃がヘファイストスに当たることは無かった。なんと、ヘファイストスの体から燃え盛る火炎が吹き出されたのだ。
真耶はそれを見て直ぐにその場から離れる。しかし、ヘファイストスはそれがわかっていたかのように剣で切りつけてくる。真耶はそれを無理やり体を反らせて避けるが次の攻撃を防ぐのは難しい体制になってしまった。
「終わりね」
「チッ……!」
真耶は迫り来る刃を見て直ぐに転移眼を発動する。そして、その場から1度離れる。
「っ!?」
しかしその時、突如左目に激痛を感じる。そのせいで真耶は左目を抑え、膝を着いてしまった。
一流の戦士の戦いともなれば、一瞬の隙が命取りとなる。当然だが真耶は一流だ。たとえ一瞬しかない隙だとしても、見逃すことは無い。さらに言うなら、ヘファイストスも一流だ。真耶と同じく一瞬の隙を見逃さない。
だから、こうして左目を抑え膝を着いてしまった真耶を殺さないわけが無い。
「絶好のチャンスね!”神焔流・螺旋の焔斬華”」
ヘファイストスは剣に魔力を注ぐ。すると、その剣は紅色の炎を放ち始める。その炎は螺旋を描いていて、触れれば一瞬で灰になってしまいそうだ。
「危険!真耶!」
それを見たモルドレッドは思わず真耶を助けようと、真耶に向かって行こうとした。しかし、アーサーはそれを止めた。モルドレッドの前に手を出し行かないように制止する。
モルドレッドはそれを不思議に思ったが、直ぐにモルドレッドは全てを理解する。
その刹那、その渓谷から巨大な土の剣が現れる。その剣の先端には剣でその攻撃を防ぐヘファイストスがいる。そして、その剣が出ている場所には地面に手を着く真耶がいた。しかし、まだ目は抑えている。
「クッ……!」
真耶は苦悶の表情を浮かべながら左目を抑える手をゆっくり離した。すると、その手のひらには大量の血が着いており、真っ赤に染っていた。
だが、幸いなことに目はまだ見えている。恐らく目の力を使いすぎて目の魔力回路がオーバーヒートしてしまい、その時に漏れ出た魔力で血管を傷つけてしまったのだろう。
だが、それでもまだ目はちゃんと見えている。ぼやけて視界は悪いが見えている。
「……!」
真耶は何とか重たい体を起こして立ち上がると、作り出した巨大な土の剣を粉々にした。
「危なかったわ。よく私を正確に狙ったわね。あれって偶然?それにしては正確に狙ってるようだったけど」
「偶然では無いさ。別に目が見えてなくても狙うことは出来る。お前が来た時音が聞こえたし、魔力を放出してその魔力がなにかに触れればそれがお前だ」
「なるほどね。そんな方法があるなんて知らなかったわ。でも、もう知ったから私には効かないわ。それとね、あなた目が見えてないんでしょ。だったらさ、こんなのはどうかしら?」
ヘファイストスはそんなことを言ったあと、魔力を一定の場所にため始める。そして、その魔力は人型になっていきもう1人のヘファイストスが出来上がった。
「これ、分身なんだけど普通に見たら分かるのよ。でも、今のあなたに判別できるかしら?」
ヘファイストスはそう言って勝ち誇るような笑みを見せた。
どうやら遂に来てしまったらしい。いずれこの技を使ってくるやつはいると思っていたが、かなり早かった。
そう、今の真耶にとって最も厄介なのが分身だ。今の真耶は視界がぼやけており、はっきりくっきり目が見えている訳では無い。
そのため、似たような形の人が2人並ばれると分からないことがあるのだ。
そして、今目の前にいる2人のヘファイストスは魔力量も合わせてあるのか判別ができない。通常なら見えたはずのものでも今は見えない。
「やられたな……」
真耶は小さくそう呟いて目の前の2人のヘファイストスを見つめた。目の前の2人のヘファイストスは、姿形は全く同じ。そして、魔力量や質も全く同じだ。
こうなってしまえば真耶に判別できる手段はほとんどない。そのため、下手におさ攻撃することが出来ないのだ。
「逃げ出さないでよ。私はこっちにいるわよ」
ヘファイストスはそう言って真耶に攻撃してくる。しかし、真耶はそれを難なく避ける。が、しかしもう1人のヘファイストスが攻撃を仕掛けてきた。さすがに2発目は避けることは出来ない。真耶はその攻撃を食らってしまい、少しよろめく。
「アハハハハハ!愉快!愉快よ!こんな簡単にあなたを倒せるなんて、これまでの攻撃がバカみたいだわ!」
ヘファイストスはそう言って高笑いをする。しかし、真耶は全く笑えない。何とか分身をどうにかしようと策を考える。だが、そう時間もかけられない。気がつけばヘファイストスはさらに3体ほど分身を増やしていた。
「クッ……!」
真耶は苦悶の表情を浮かべながら思考を巡らせる。そして、遂に解決の糸口を見つけた。
「っ!?まさか……!」
真耶はそれを確認すると、不敵な笑みを浮かべ殺気をこれまでの何倍にも強くする。そして、右目に青白く光る輪を、左目に金色に光る輪を浮かべた。
「っ!?な、何よ!そんなものに……っ!?」
その時、真耶の姿が消える。そして、さっきとは全く違った動きでヘファイストスを攻めてきた。
「嘘!?これって……!」
「あぁ!そうさ!これはお前の神焔流の動きだよ!」
「っ!?」
なんと真耶はヘファイストスの神焔流の動きをしたのだ。その動きはヘファイストスの全く変わらない。いや、もしかしたらヘファイストスより動きがいいかもしれない。
真耶は神焔流を使いこなしながらヘファイストスと距離を詰める。
しかし、ヘファイストスはまだ負けたとは思っていなかった。なぜなら、真耶は分身と本物を見分けられないからだ。だから、たとえ真耶が強くなったと言っても、ヘファイストスが負けることは無いのだ。
「残念ね!あなたじゃ勝てないのよ!」
ヘファイストスはそう言って体中から大量の焔を吹き出した。そして、その焔で攻撃をしてくる。
そんなことが起こっているとは中、真耶は目を瞑った。そして、聴覚と触覚をしゅうちゅうさせる。
「……」
その時、真耶はパチパチという音と、少しの熱を感じた。それを感じた真耶は直ぐにそのヘファイストスから離れ、別のヘファイストスがいる場所へと向かう。
そして、同じように2つの感覚を集中させた。すると、全く同じ感覚を感じる。真耶はその感覚を感じた瞬間、再び直ぐに違うヘファイストスのいる場所へと向かった。
真耶はそれをあと2回続ける。そして、遂に本物を見つけ出した。
「っ!?」
ヘファイストスは突如真耶が変な動きをしたせいで訳が分からず動揺する。そして、その動揺で隙が出来る。
「ハッ!お前に1つ教えてやるよ!戦士たるもの、いついかなる時も心を乱してはならない!”真紅・炎神”」
真耶はそう言うと剣に炎をまとわりつかせる。そして、目にも止まらぬ速さで剣を振るった。すると、真耶から紅い斬撃が飛び散る。
「っ!?」
その斬撃はヘファイストスの体にいくつかの傷を作った。しかし、さすがは龍の鱗だ。全くと言っていいほど傷がつかない。着いた傷はかすり傷程度。
しかし、真耶はそれを見て笑う。そして剣を強く握りしめた。その刹那、ヘファイストスの纏っていた龍の鱗が全てはげ落ちた。さらに、体には深く切り込まれた傷が出来る。
「っ!?何……で!?」
ヘファイストスは何が起こったのか分からず自分の胸の辺りから吹き出す血を見る。そして、遅れてとてつもない激痛が体を走った。
「ゴフッ……!い……たい……!」
「フフフ……フハハハハハ!残念だったな。炎神はただの斬撃では無い。切った対象に火炎斬撃カウンターを1つ追加する。そして、そのカウンターを1つ使用する度に、カウンターを追加された対象は必中で火炎斬撃を食らう」
「っ!?なに……それ……!?」
「さぁな、教えるわけねぇだろ。それに、その程度の痛みで泣いてたら、これからの痛みに耐えきれねえぞ」
真耶はそう言ってヘファイストスの顎に手を当てクイッと上を向かせる。そんなヘファイストスの目には大粒の涙が浮かんでいた。
真耶はその顔を見て恐怖に満ちた笑みを浮かべる。そして、左目に邪眼を浮かべた。そして、その目でヘファイストスの目を見つめようとする。しかし、その背後でヘファイストスの分身が襲ってきていた。
「馬鹿ね!まだ消えてないのよ!」
「っ!?」
真耶は背後から襲ってきた分身を見て直ぐに逃げようとする。しかし、その空間が閉所なため逃げ道が全くない。
「仕方がない」
真耶は小さくそう呟いて、左目の邪眼を1度解き、大きく見開いた。その目には、金色に光る輪が浮かんでいる。
「っ!?真耶!ダメ!」
渓谷の上からモルドレッドがそう叫んだ。実際のところ、モルドレッドは記憶をなくしているためこの目の力と代償を知らない。だから、危険かどうかも分からないが、何故か口からそんな言葉が漏れていた。
そして、それと同時にアーサーが慌ててモルドレッドを遠くに避難させる。そして、5重に結界を張りモルドレッドを覆い隠すように抱きしめた。
そして、その2秒後に天から金色の矢が降り注いだ。その金色の矢は雨のように何本も降り注ぐ。そして、1つ地面に当たれば地面を破壊していく。
ヘファイストスはその金色の矢を華麗な動きで全て避ける。しかし、分身はそういう訳も行かず、全て消されてしまった。
だが、そんなに強力な技が長い時間続くわけもない。30秒程で金色の矢は落ちてこなくなった。ヘファイストスはそれを確認すると、直ぐに真耶のいる場所へと向かう。
しかし、それより先に真耶の方が動いていた。真耶はまるで殺人鬼のような形相でヘファイストスのいる場所へと向かう。そして、2人は出会った。
「っ!?」
ヘファイストスは真耶のその殺気に気圧され言葉を失う。しかし、それでも剣を強く握りしめ攻撃しようとした。
だが、そう上手くいくはずもない。いかに剣に迷いがないと言っても、多少の変化は出てくる。それがたとえ、目視では分からないような小さな変化でも。
ヘファイストスは自分でも気づかないくらいの変化が出ていた。さすがに真耶の殺気が強かったせいで、剣にほんの少しだけ怯えが見える。その怯えのせいで剣が少し遅いし震えている。
「終わりだ!”理滅・羅刹斬”」
その時、ヘファイストスの目には悪魔が見えた。その悪魔は真耶の背後から突如として現れ、真耶の体にまとわりつくように憑依する。そして、その悪魔は黒い何かを体から出した。その何かは剣にまとわりつき黒く染めあげる。
そして、ヘファイストスがそれを認識した時には既に、真耶によって体を切り裂かれていた。体の四肢を切断され、胸の辺りに大きな傷を作られていた。
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