第207話 グングニル
━━クロエは夢を見ていた。それは、遠い昔の記憶。いつの記憶なのかは分からない。だが、すごく、すごく、遠い昔の記憶。
でも、その記憶が果たして本物なのか。果たして自分のものなのか。それはクロエ本人にも分かっていなかった。ただ何となく、自分の遠い昔の記憶のような感覚だけが残っていた。
しかし、そこに出てくるクロエは何故か今と変わらない。見た目も年齢も今とは全く変わらない。せいぜい1歳差とかだろう。クロエにはそれが分かった。
しかし、クロエには分からないことが2つあった。1つは、目の前にいるクロエの前にいる女の子が誰なのか。もう1つは、今目の前にクロエがいるなら、じゃあ自分は今誰なのか。
クロエは感じたこともない感覚に頭がこんがらがる。そして、自然と涙が溢れてきた。
「あ……」
クロエがなにか言おうとした時、突如として意識は奈落の底へと落ちていく。空間が崩れ始め、何も無い場所へと向けて落ちていく。落ちれば死ぬ。そう思わせる虚空に落ちていく。
(私……もう……)
クロエの意識は暗闇に呑み込まれた。
━━奏はクロエの姿を見て怒りに燃える。そして、オーディンに向けて魔法を放つ。
「”ブリザードフラワー”」
ビキビキと音を立てて空間が凍りついていく。しかしオーディンにとってその程度のことは気にすることでは無い。静かに2つ目のグングニルを回転させ氷を振り払う。
「……懐かしき技だ。あの頃からお前は何も変わっちゃいない」
「っ!?」
そして、奏も腹部にグングニルを突き刺される。強烈な痛みが全身を襲い、意識を一気に持っていかれそうになる。
「グフッ……!」
吐血しながらも何とか意識を保ち立ち上がろうとした。しかし、もがけばもがくほど帰って足は重たくなる。両膝を着いて土下座のような格好になる。
「お前はやっぱり弱い」
「お前がな」
「……」
突然場の空気が変わった。オーディンの背後にアレスが現れ武器を胸に突き刺した。オーディンは驚くことなく振り返ることもしない。まるでこうなることが見えていたような雰囲気を醸し出す。
「奏!生きておるかの?」
フィトリアは素早く奏に近づきグングニルを抜こうとした。
「うん……!大丈夫……!」
「我慢するのじゃ」
フィトリアはそう言って槍を抜いた。
「……んぐっ!」
奏は少し苦しげな、痛そうな声を上げる。
「お前達に何があったのかは知らんが、ウザイんだよ。そう言うの。俺の前でくだらない茶番を繰り広げるな」
「くだらないか。お前もいずれこうなる時は来る」
「まるで見えているみたいな言い方だな。クロノスにでも見せてもらったか?」
「さぁね。どうかな」
オーディンの言葉は3人に疑問を残すだけだった。しかし、アレスはそれが気に食わない。オーディンの胸から剣を引き抜き頭に振り下ろす。
「くだらん。邪魔だ」
そして、アレスはオーディンを殺した。そう確信した。
「”グングニル・第2形態・電光”」
オーディンは何事も無かったようにそう唱える。すると、グングニルの形が少しだけ変わった。羽のようなものが生え先端がトライデントのように変わる。
「アレス……お前は手加減をして俺に勝てると思っているんだな」
オーディンはそう言ってグングニルを操作する。先程よりもさらに速く動くグングニルがアレスに襲いかかる。
アレスは剣を引き抜きグングニルを弾き返そうとした。しかし、雷を帯びたグングニルは平気で剣を砕いてしまう。
「チッ」
アレスは迫り来る槍を連続で躱し、オーディンから距離をとった。
「形態変化か。姑息な真似を」
アレスはそう言って手首をポキポキとならした。
「俺が本気を出してないと言ったな?だったら本気でお前を潰してやる」
アレスはそう言って手を横に伸ばす。すると、灼熱の魔力が手のひらに集まりランスが形成された。
「デュポーンだ。お前もよく知ってるだろ?」
アレスはそう言って笑う。オーディンも笑う。
「知ってるさ。ただのくず鉄だろ?」
その言葉が3人とオーディンの戦いの始まりの合図になった。アレスはオーディンに猛攻を仕掛ける。灼熱の溶岩を纏うデュポーンが連続でオーディンを襲うが、オーディンは表情1つ変えずに全てを捌く。
速く、雷を纏うグングニルがオーディンのデュポーンを迎え撃つ。
「”行きなさい”」
フィトリアの声が聞こえた。そして、大量の魔物が押し寄せてくる。その魔物は少し透明な姿をしていて、まっすぐとオーディンに向かって走っていた。
オーディンはそれを見て少しだけ笑う。そして、グングニルに魔力を込めた。
「”グングニル・第6形態・星屑の光”」
オーディンが指を鳴らすとグングニルの形が変わり始める。周りにある塵のような魔力を溜め込み初め、小さな刃を大量に形成した。
オーディンはその大量の小さな刃が魔物を全て串刺しにする。あれだけ大量にいた魔物はたった一瞬にして全滅した。
フィトリアはオーディンのその技を見て少しだけ驚く。しかし、すぐに気持ちを入れ替え新しい作戦を考える。そうしていると奏とアレスがオーディンに向かって行っているのが見えた。
「”来なさい”」
フィトリアはすぐに魔法を発動する。するとフィトリアの背後に禍々しい塔が2つほど建った。さらにその間から巨大な腕が伸びてくる。
なんと、そこから現れたのは炎に包まれたヤギの悪魔だった。
「……行きなさい。エレメンタルファイアゴート」
灼熱の炎を撒き散らしながらヤギの悪魔はオーディンに襲いかかった。オーディンはそんな悪魔を見てグングニルを向ける。
「”グングニル・第2形態・電光”」
グングニルの形が再び変わった。かなりのスピードで悪魔に向かって突き進んで行く。
「”ボルテックスドライブ”」
オーディンからグングニルがかなり離れたと思われる頃にアレスが攻撃を仕掛けた。灼熱の溶岩を纏い、歩いた道を溶岩に変えながらオーディンに襲いかかる。
オーディンはそんなアレスを見ながら微笑むと、軽いステップを踏んでアレスの攻撃を全て躱す。
「”ダークフェニックス”」
そんなふたりに向けて奏が魔法を放った。黒い炎で作られた不死鳥はオーディンに向かって突っ込んでいく。オーディンはすぐにグングニルを戻って来させようした。しかし、グングニルはいつの間にか悪魔に掴まれており動けない。
「……」
オーディンはアレスを蹴り倒すと不死鳥に向かって手刀を放つ。すると、不死鳥は真っ二つに切り裂かれ、そして突如として消えた。まるで酸素のない空間に突っ込んだかのようにフッと消えた。
「っ!?」
「爆ぜよ」
オーディン声が聞こえる。そして、その声に反応したからなのかグングニルが爆散した。当然グングニルを握っていた悪魔はその腕を持っていかれる。片腕をなくした悪魔は心配そうにフィトリアを見た。
すると、何故かフィトリアも苦しそうに腕を押えている。なくなっている訳では無いがかなり苦しそうだ。
「マズイわ。フィトリアの『召喚共鳴』が裏目に出たわ」
「なんだそれ?」
「フィトリアのスキルよ。召喚した人や魔物、どんな生物にも強力なバフをかけられるの。でも、感覚を共有しなきゃならない弱点がある」
「不便な能力だ」
「あんたの技よりマシよ」
アレスと奏はそんな会話をする。そして、アレスは苦しむフィトリアを横目にオーディンに攻撃を仕掛ける。
「お前の攻撃、普通じゃないな」
「どういうことだい?」
「なにか特殊なバフが掛けられているはずだ。でなければ、あんな苦しみ方はしない」
アレスはそう言いながら猛攻を仕掛ける。
「勘が鋭いね。でも、そるがわかったところでなんになる?怖がって奥手になればお前達は死を待つのみだ」
アレスとオーデンはそんな会話をしながら激しい戦闘をくりひろげた。縦横無尽にこの場を駆け巡り炎や雷の軌跡を残しながら2人は戦い続ける。
「”リトルフェニックス”」
そんなところに奏が魔法を放った。小さな様々な属性のフェニックスがオーディンに向かって突っ込んでいく。小さなフェニックスはぶつかる度に小爆発を繰り返しオーディンを追い込む。
「……!」
しかし、それでもオーディンは倒れなかった。まるで何も効いてないかのようにオーディンは立っている。
そうこうしているとオーディンの手元にグングニルが戻ってきた。グングニルは再び元の形態に戻りアレスに襲いかかる。
そんな時オーディンの背後に別の種類の悪魔が現れた。どこから来たのかはまだ分からい。しかし、少なくともフィトリアの眷属だと言うことは分かる。
オーディンはそんな窮地に陥った自分に向かって少しだけ楽しくなってニヤリと笑った。
読んで頂きありがとうございます。




