第187話 壊れる壁
━━……少し前、アレスはアテナの方の異変に気がついていた。先程までなかったはずの気配がそこにしたからだ。
「……」
アレスはムラマサを横目にアテナの方に行こうとした。しかし、ムラマサが行かせるわけもない。当然のように妨害され、攻撃される。
「邪魔をするな。”龍牙裂”」
「”赤色・五月雨切り”」
アレスの攻撃はムラマサに通じない。それどころか、ムラマサの攻撃がアレスを襲う。
「っ!?」
アレスはそのことにかなり戸惑った。しかし、すぐにその攻撃を何とか防ぎムラマサから離れる。
「よく分かった。お前はここで確実に殺しておく」
アレスは刺すような強い殺気を放ち、ムラマサを睨みつける。
「……」
ムラマサはアレスを見つめた。その体には神々しいオーラの他に赤黒い殺気がまとわりついている。
「怖気付いたか?今更頭を垂れてももう遅いぞ」
「……」
アレスの言葉に答えず、ムラマサはただ剣を構えた。そして、ゆっくりと剣を鞘から抜く。その刹那、ムラマサの体にどす黒い悪魔のような気配が宿った。
「……」
「っ!?何だこの気配は……!?」
アレスはその気配に恐怖を覚える。しかし、そのすぐ後に別の感覚が襲ってきた。それは、強敵にぶつかった高揚感だ。これまでなかなか出会ってこなかった、一撃で終わらせようとするタイプじゃない強敵。戦の神と呼ばれたアレスはその高揚感が極限まで達し、恐怖などさっぱり忘れてしまう。そして、自分の中の魔力を高まらせたのだった。
「ハハハ!何年ぶりだ!?貴様のような真っ向から、きちんとした戦いを挑んでくるやつは!最近は一撃で終わらせようとするやつばっかで楽しくなかったからなぁ!」
アレスはそう言って扉の向こうを見る。ムラマサも何となく予想が出来たが、特にそのことに触れはしなかった。そして、すぐに剣を構える。
「お前はどれだけ楽しませる?”龍擊”」
アレスは剣を振り下ろした。すると、龍の形をした気弾が剣から飛び出してくる。その気弾は地面をえぐりながらムラマサを襲った。
「”閃裂”」
たった一瞬、その一瞬で龍の形をした気弾は切り裂かれた。しかし、その太刀筋など見えるものはいない。刃の光すらも見えないまま気弾が真っ二つに裂かれる。
「ほぅ、全く見えなかったな。なら、もっと踊れるな!?”龍擊・乱”」
今度は1匹ではなかった。こういうのは普通、段階を置いて3匹とか5匹くらいだと思うが、そんなことも無かったのだ。なんと、数十匹に及ぶ龍の形をした気弾がムラマサを襲う。
流石にムラマサもそれを見て逃げ出した。全てを切り裂くことは出来ないと理解し、避けることを選択したのだ。
「逃げるのかぁ!?”龍爆”」
さらに気弾が増やされる。しかも、今度は少し違った魔力を感じる。ムラマサを殺そうとする数十匹にも及ぶ気弾をムラマサは全て避けようとした。
しかし、避けきれないものも存在する。ムラマサはそれを切り裂き無傷で終わらせようとする。
「いい動きだぁ!だが、それは良くない判断だ」
アレスの声が聞こえた。その刹那、ムラマサが切った気弾が1つ大爆発する。ムラマサは咄嗟にその範囲外に逃げて難を逃れた。しかし、まだ気弾は追ってきている。しかも、爆発するタイプのやつがかなりいる。
「……」
ムラマサは周りを確認し、壁の上を走り出した。そして、遠くから斬撃を放つ。すると、気弾はいくつか爆発する。
「それはいい判断だ」
アレスはそう言って足に力を込め、ムラマサの前に出た。
「俺も忘れるな」
そう言って直接剣を振り下ろす。ムラマサはその剣を華麗に躱し、アレスの首元を狙って剣を振り下ろした。しかし、アレスはもう片方の手に持った剣でそれを防ぐ。
「……」
「ここじゃ狭い。楽しくないだろ?それに、もっとおしゃべりしようじゃないか。俺は話すのが大好きなんだ」
「……」
ムラマサは相手が悪かったなと言わんばかりの目つきでアレスを見る。しかし、アレスはそんなことは気にしない。楽しそうに殺気を体に纏わせる。アレスにとってこの戦いはもしかしたらお遊びに近いのかもしれない。
……いや、そんなことは無いだろう。ただ純粋に戦いを楽しんでいるのだ。それが、アレスが戦神と呼ばれる所以なのかもしれない。どちらにせよ、ムラマサにとって今のアレスは危険そのものだった。
「”羅刹斬”」
その瞬間、どす黒い力が剣に宿った。そして、ムラマサは見ることが不可能な速度で剣を振り下ろす。すると、たった一瞬だったにもかかわらず気弾は全て切り裂かれてしまった。しかし、当然爆発はする。
「……」
「へぇ、真耶が同じ技名のやつをアポロンに使ってたな」
「……」
「……教える気はねぇか」
「……」
「フッ、そのまま二度とお前と喋らずにこの関係が終わるのか。それも一興だ。”龍牙・天砕き”」
アレスが剣を叩きつけた。すると、一瞬にしてたくさんの亀裂が床を走る。そのせいでこの場所の足元は不安定になった。
「ここにいる全てを壊し尽くす。”龍豪・絶羅”」
そして、たった3匹の龍の形をした気弾によってその部屋は完全に破壊されてしまった。少し遠くを見ると夢幻とペテルギアがアテナと戦っているのが見えた。あの二人はまだ部屋が崩壊していることに気づいてないらしい。
しかし、考えるのはそこだけじゃなかった。それ以上に、後ろの壁が完全に破壊されたことが良くなかった。このままでは真耶とサタンの戦いの邪魔をしてしまう。そう思って振り返ると、サタンがこっちを見ていた。そして、真耶がいたはずの場所は穴がボコボコになり、天井など無くなっている。それこそ、いつ崩壊してもおかしくない状態だった。
「”侵食する超重力場”」
唐突にサタンがアレスに向かって魔法を唱えた。アレスはその不意打ちに対応しきれず魔法を食らう。
アレスの体に4つほど小さなブラックホールができた。そのブラックホールは各々重力場を形成する。アレスはその重力に耐えきれず体を引きちぎられてしまった。
しかし、すぐに異変に気がつく。なんと、アレスの体が木に変わったのだ。
「木人か!?」
サタンがそう叫んだのもつかの間。突然黒い光線が飛んでくる。サタンはそれをササッと躱して飛んできた方を見る。
「モルドレッド……これ以上は無駄だ。君じゃ我には勝てない」
「お嬢さんじゃあ……無理かもしれない。では、私が代わりを務めましょう」
そう言って突如ロキが現れた。
「っ!?」
サタンはそのことに非常に驚く。
「”ジオグラビティ”」
サタンは即座に魔法を放った。しかし、ロキは目の前に木の壁を作り出し防ぐ。サタンはそんなロキを見て少しだけ汗をかいた。
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