第182話 それは本当に
「ま、とりあえず今はルリータの傷を治そう。気絶してるみたいだしさ」
「でも、真耶の傷も治さなきゃだよ。それをほっておくことは出来ない」
クロエはそんなことを言う。
「まーくんっていつも怪我してるよね」
奏がそう言って近づいてきた。そして、指をペロッと舐めると真耶の傷に口をちかづける。
「ちょっと我慢してよ」
奏はそう言って真耶の傷を舐め始めた。
「「「っ!?」」」
「にゃ、にゃにしてんにゃ!治癒だったらにゃあもできるにゃ!」
「魔力を無駄にできないでしょ?今のあなたたちはこの中の最高戦力なの。最後まで魔力を取っておかないと死ぬかもよ」
奏はそう言って再び舐め始める。すると、少しずつだが真耶の傷が治り始めた。効果は本当にあるらしい。真耶は複雑な気持ちになりながら近くに落ちているアンダーヴァースを掴む。
完全に切り裂かれている。断面は本当に綺麗だ。芸術作品として崇めてもいいくらい綺麗に切られている。
「真耶、武器はどうする?」
「妾達にその剣を治す技術がある者はおらぬ。今そこに倒れているサタン達も同じなのじゃ」
「……わかっている。今は代わりの剣を使う他ない」
「でも、代わりの剣ってあるにゃんか?」
「無い。プラネットエトワールもリーゾニアスもこの剣を作るために使ってしまった。今俺の手に残ってるのは普通の剣だ」
「物理変化で直せないの?」
奏が聞いてきた。
「無理だな。冥界の力は唯一理を受け付けない。逆に、理から外れた力も受け付けない」
「じゃあ、直すにはどうするにゃ?」
「冥界の力で直すしかないが、物理変化に冥界の力を与えることは出来ない。あれは冥界でも理滅でも何でもない、理から外れた魔法だからな」
真耶はそう言って剣を見つめた。多少なりとも力は残っているが、切られた衝撃で力が抜けている。一応その力は全て回収はしたが、完全に回収できたわけではない。真耶は少しだけ悲しげな表情を見せた。
「一つ言えることは、俺の技はやつにも通用するってことだな」
真耶はそう言って手を握りしめた。
それから数分が経過した。奏がぺろぺろとずっと舐めていたからか、真耶の傷はほとんど回復した。そして、動いても傷が開きそうにもない。
「それじゃあルリータ達を回復するわ。こっちはぺろぺろどころじゃないから魔法を使うわ。離れてて。危ないから」
奏はそう言って魔法陣を描く。そして、呪文を唱え始めた。
その傍らで真耶は剣を振り続ける。折れた剣を悲しげな目で見つめながら振り続ける。
「……どうするの?それに変わるものってあるの?」
「……王城に行けばある。昔俺が使ってた剣がまだ残ってる」
「そう、じゃあそれを取りに行くことをメインに入りましょ」
「いや、それはメインにおけない。俺の剣があるのは俺の部屋じゃないからな。俺の剣があるのは王の間だ。そこに飾ってある」
「「「っ!?」」」
その場の全員が絶句する。
「そんなの、もう使われてるじゃん!」
「いや、それは無い。あれは俺以外使えない。というより俺も使えない」
「どういうこと?」
「あれは使用者の命を奪い続けるんだ。だから、普通の人は握っているだけで命を奪われ続ける」
「そんなの使ってたにゃ?」
「まあね。一回だけだけど、”それ”は強かったよ」
真耶はそう言って悲しげな眼をして笑う。そして、アンダーヴァースを見ながら言った。
「それに、あれは使えない。俺には。あれを使ってしまったら、俺はお前らを裏切ることになる」
「「「……?」」」
その場の全員は真耶の言葉を聞いて何も言えなくなった。そして、全員が同じことを考える。
「真耶……おみゃーがそう言ってくれるのはありがたいけど、それに縛られにゃいでほしいにゃ」
「それは無理な相談だ。俺にとって……いや、何でもない」
真耶はそう言ってフッと笑った。しかし、そのときクロエが言った。
「でも、アポロンは殺したよね?」
「……」
その言葉を聞いた真耶はクロエをにらんだ。そして、一瞬だけくらい何かを出して、すぐに抑え込む。クロエはそれを感じ取り何かいやな感じを覚えるが、言葉をうまく出せない。もしかすると、真耶の能力なのかもしれないがもはやそれすらわからない。
「……俺は人を殺してない。そう思いたくないんだけどな。ごめんけど俺はあいつをまだ人だと思っている。でも、俺の心は”あの時の”あいつを人だと思ってないらしい。お前らはあいつを人だと思って、俺が人殺しをしたと思っていてかまわない。そう思ってくれてたほうが俺はうれしいよ」
「真耶……」
「もしかしたら、殺さなくてもよかったかもしれないとか、どうにかして無力化できたかもしれないとか、俺はそう思えない。あれは、いや、あれが人の域を超えたというのだ。俺は次にあいつみたいなのが出てきたときに勝てる自信がない。それだけは知っておいてくれ」
真耶はそう言った。人の域を超える。それは人を捨てるということだ。そして、人を捨てるということは、真耶自身を殺すということ。真耶にはそんなこと出来っこなかった。
「とにかく今はアンダーヴァースの代わりを探さなきゃ。わっちらに何かできることはある?」
「妾も手伝うのじゃ」
二人の言葉に真耶は少しだけうれしそうに笑った。しかし、真耶はそれを断った。
「俺のことは俺でやるよ」
「そんなことを言うにゃにゃ。助けてもらえにゃ」
「いやいいよ。大丈夫だからさ」
アイティールは少しだけむっとした。しかし、真耶がこうなってしまってはもう何も聞かないことを知っているためなのか、それ以上言うことはなかった。
「まーくん、回復終わったよ。もうじき目を覚ます。そしたら早速城に入ろ。ここが紅い森だから、勝手口からはいれるよね」
「そうだな。まぁ、多分、大丈夫だと思うよ」
真耶はそう言って王城をにらんだ。
━━……人を殺すことは”悪”だろうか?誰しもが”悪”だと言う。しかし、それは本当に”悪”なのか分からない。人を殺した人を殺すことは本当に”悪”なのか?連続殺人鬼を殺すことは”悪”なのか?
人はそう問われた時、本当に”悪”だと断言できなくなる。たった一人殺すだけで世界が救われる。たった一人の悪役を殺すだけで、世界は平和になる。そう言われた時、果たして本当に人を殺すことが”悪”だと言えるのだろうか?
平和という言葉に”悪”は”善”に塗り替えられる。人を殺した”悪人”は世界を救った”英雄”になる。勇者だろうが魔王だろうが関係ない。世界を救うために人を殺せば皆英雄となるのだ。
アーサーと呼ばれる英雄は、もう1人の英雄を作り出すために自分に問いかけた。目の前に突如として現れた、自分よりも格段に上の存在を見て、覚悟を決めた。
「君はアイツとは違うだろ?人の域を超える覚悟がある」
「……」
アーサーはその言葉を重く受け止める。
「……全ては託した」
アーサーは小さくそう呟いて目の前の人ならざる者の手を握りしめた。
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