第181話 人形《ドール》だよ
ドパッと体から血が吹き出す。そんな所にも血管が通ってたのかと思うほど血が吹き出す。その量は集めれば飲み放題のパーティーが出来そうな程だ。
「っ!?まさか君がそんなことをするなんて……」
「……!」
真耶は少しだけ苦しげな表情を見せた。そして、ルリータの前で片膝を着く。肺からはコロロロロロと音が聞こえた。恐らく肺の避けた部分から血がどんどん流れ込んでいるのだろう。この音は肺に血が入る時の音だ。
それに、胃も切り裂かれている。そのせいで胃酸と血が混ざって変な感じになっている。肋骨も切り裂かれている。
とにかく、今の真耶は無事ではなかった。普通の人なら……いや、真耶以外の人なら泣いて倒れているくらいの痛みだ。その痛みだけでショック死してしまう程のものだ。恐らく切られた時点で死んでいるだろう。
それほどの一撃を真耶は受けてしまった。しかし、一向に意識を失う気配を見せない。まだ、ルシファーと戦う意思を見せる。
「……もう無理だよ。諦めなよ」
「無理な話だ。意地でもお前を殺す」
その体で?と誰でも聞くだろう。当然ルシファーも聞いてきた。だが、真耶にはその声は届いていない。恐らくだが、切られる瞬間に発生した衝撃波で耳もやられたのだろう。
「……昔の……強い君なら無視して僕を殺しに来てたのに。仲間が死んでもお構い無しだったのに。仲間ができて、大切な人なできて、特別な人ができて、君はどんどん弱くなってしまったみたいだね。悲しいよ」
ルシファーはそう言って両肩から生えている翼を大きく羽ばたかせた。すると、大量の黒と白の羽が空から降ってくる。そして、ルシファーは右手を上げて魔力を溜め始めた。
魔力はどんどん溜まっていき、すぐにそこら辺にある木とおなじサイズになった。
「今のうちに殺しておく。君が強い君のまま死んでもらう」
ルシファーはそう言ってその魔力の玉を投げ下ろした。太陽のように光を放つ魔力球が真耶を襲った。喰らえば一溜りもないようなものが真耶目掛けて迫ってくる。今度の標的は真耶らしい。
しかも、その魔力球にも誰も反応できなかった。速すぎたのか、それはどうかわからない。どちらかと言えば遅いくらいだ。
そうなれば、おそらく何かしらの魔法で止められているのだ。そうであれば、誰も反応できないのは納得する。
とりあえず今はこの状況を脱する手を考えなければならない。魔力による体の凝固を打ち砕き、目の前に迫ってくる魔力球を消し去る力。
「……!」
その瞬間、真耶の目に魔力が流れ込む。そして、その目に神眼が浮かんだ。
「消し去る」
そして、真耶の目の前に空間のゆらぎが現れた。その空間のゆらぎは向かってくる魔力球を吸い込み別のところに飛ばす。
「……」
真耶は一難を超えた。
「……昔のままなら……こんなことにならなかったのにな。『アースガルズ』に入って、一緒に戦って、全世界の王に慣れたのにな」
「ならんでいいからこうなった。お前の思う通りに動くかよ。人が人たらしめる所以というものにな、人の思う通りに動かないこともある。全てを思い通りにできたら、それは人ではない。人形だ」
「……人じゃないんだよ。君は」
「……俺は人だよ。お前も、俺も、単なる人だ。お前は神人類で、俺はただのモブでオタク」
「違う!僕は人なんかじゃない!天使という地位を超えた、天界神だ!神なんて言葉で僕を括れると思うな!人なんて弱い存在と同じにするな!君だって弱くない!人という存在に執着してるからこそきみは弱いんだ!人を捨てろ!神を越えろ!人の域を脱し、神の域を超越した人が本当の強者だ!」
ルシファーはそう言って羽を広げる。そして、鬼の形相で真耶を睨み言った。
「すぐ似合うことになる。君はその時にわかるさ。人という存在の弱さを」
ルシファーはそう言って羽を羽ばたかせて飛んで行った。その後には大量の羽が落ちていた。
「……」
真耶は血まみれの体を無理やり動かし立ち上がると、ゆっくりとルリータを見た。特に傷ついてはいないようだ。剣圧での攻撃も特に食らってはいないみたいだ。
「……」
「真耶……」
「っ!?」
突然アイティールが真耶を押し倒した。そして、真耶のお腹の上に馬乗りになって泣きながら言う。
「にゃんで自分を大切にしにゃいにゃ?」
「……何でなんだろうな。俺が人じゃないからか?」
真耶がそう言った時、突然アイティールが真耶の胸を殴った。そして、真耶に抱きつくように倒れ込んで泣きながら言う。
「怖いにゃ。真耶が死んだら……。いつも真耶は怪我をしてるにゃ。守るためだってのは分かるにゃ。身を呈して守るのもかっこいいにゃ。でも、それ以上に怖いにゃ。今度はにゃあが残されるんじゃにゃいかって、ヒヤヒヤして……本当に怖いだにゃ」
アイティールはそう言って泣く。
「人が人の域を脱した時、真耶はどうなるか知ってる?」
クロエは聞いた。
「……俺は……知ってるつもりだよ。人が人たらしめるものが無くなれば、人ではなくなる。それはずっと前から知ってるつもりだよ。だから俺は……アイツが許せないんだ」
真耶はそう言って横をむく。その方向には黒と白の羽があった。そこは先程までルシファーがいたところだ。真耶はそこを見つめて思いに耽ける。
「分かってるなら良いのよ。ただ、そうやって自殺行為ばっかするのが、もしかしたら人を越えようとしてるんじゃないかって思っただけ。これはさ、ずっと覚えておいて欲しいの。私は龍神族になったけど、それは1度龍人として死んだから。人としての生を終えたからなのよ。あなたはまだ完全には死んでない。それに、あなたは冥界の王なのよ。人の死を決める立場にいるの。だから、人の域を脱することは許されない」
クロエは深刻な表情でそう言った。
「……言われなくても分かってるさ。俺は人のつもりだから。俺にとって大事なのは力じゃない。それに、俺の命でもない。お前らの命と人生だよ。それだけは、何があっても必ず守る。特にアイティール。お前だけは、お前だけは何があっても、どんな時でも、必ず守る。たとえこの体が消えようとも、必ずお前を守る。俺はそう決めたんだ」
真耶はそう言って優しく笑った。しかし、アイティールはムスッとしている。そして、真耶の首を絞めながら言った。
「自分の命を大切にしないのは許さない。真耶は私を守ることをギアスだとか何とか言うかもだけど、自分の命を守って欲しい」
「まぁ、善処するよ。それと、俺がアイっぴを守るのはギアスなんかじゃないよ。ただの願望、それと欲望さ。ただ、お前を守りたい、お前と一緒にいたい。子供が欲しい。生涯を共にしたい。キスしたい、抱きつきた、そんな願望と欲望……それだけだよ」
真耶はそう言ってさらに笑った。アイティールは少しだけひいたが、嬉しくなって笑ってしまった。