第179話 おはよう
━━……暗闇は唐突に無くなる。暗幕を垂らした真耶はたった一言でその暗幕を撤去した。そして、勢いよく目覚める。
「真耶ぁ!起きたにゃ!」
体を起こすと目の前には見慣れた顔があった。しかし、それはもう既に失った顔。黄色い紙に猫耳が着いた女性。そして、全身を焼き尽くされて爛れていた女性。
真耶の脳内には彼女の姿が未だにこびりついて離れない。目を開けば、彼女の顔は焼き爛れたあの泣き顔が見えてしまう。
「……夢……か。まだ夢を見てるんだな……」
真耶はそんなことを言って頭を抱えて少しだけ笑った。そして、ため息をひとつはいて落ち込む。
目の前の女性はそんな真耶の姿を見て可笑しそうに笑った。そして、真耶に股がって押し倒してくる。
「真耶。夢じゃにゃいにゃんよ」
「え?それって……どういう……」
真耶が全てを言い終わる前に、女性が真耶の頬をつねった。そして、にっこりと笑う。
「夢じゃにゃいのがわかったかにゃ?」
「っ!?アイティール……まさか……いや、なんで……?」
真耶は目の前の女性をアイティールと言った。そして、そう言って目を見開く。
この時の真耶はかなり動揺していた。なんせ、アイティールは先程までの戦いで死んでしまったからだ。アポロンによる業火で前半身を焼き尽くされ、溶かされ、命を奪われた。真耶が時間をとめたからそのままで維持できたが、あのままであれば体も消えていただろう。
そんなアイティールが何故か今こうして真耶の前に生きているのだ。真耶にとってそれは奇怪なことでしか無かった。夢と言われた方がまだ納得がいくくらいだ。
だが、真耶がそういうのにも理由はある。アイティールが受けた傷はかなり深いもので、回復のしようがなかったのだ。正直魂すら直すのが困難なくらいだった。真耶はそれ故に半分以上諦めていた。
少なくとも、あの状態のアイティールの傷を治せるという事は、今の真耶よりも強い可能性が高いということになる。
「……誰が……」
「私よ」
「っ!?」
その声に真耶は反応する。そして、慌てて振り向くと、そこには意外な人物が立っていた。
「……」
真耶はその人に疑いの目を向ける。そして、少しだけ構えた。その人はそんな真耶を見て少しだけ笑う。
「そんなに構えなくても良いわよ。別に攻撃したりしないわ」
「……そうか」
真耶はそう言って戦闘態勢をとるのを止めた。そして、その人の前に行って言う。
「久しいな。少し気になってたんだよ。お前がどこに行ったのかをね」
真耶はそう言った。その相手と言うのは奏だった。どうやら奏はどうしてか復活し、どこからか時空間に来たらしい。真耶はその事がとにかく不思議で仕方がなかった。
「……ま、助かったよ。それで、何故ここに?」
「そりゃあ、まーくんがピンチだったら来るに決まってんじゃん」
「何だよそれ。危険だっかもだぞ」
「危険なところなんかもういっぱい行ったから慣れてるよーだ!まーくん私の事なめてるでしょ?」
奏はそう言って笑う。何となくその様子から奏に危険な部分はないと感じた。不安材料や不穏分子にはなり得ないと思えた。
「……どうやってあの傷を?それに、時間対策まで……」
「フフフ、私を舐めてもらっちゃ困るよ」
奏はそう言って得意げな笑みを浮かべる。そして、真耶の目を見つめてくる。真耶はその目を見て少しだけ色んなことを思い出した。
「……そう言えば、どうやって生き返ったの?」
「えっと……それはさ、ほら、また今度でいいじゃん!」
「……」
奏の言葉に真耶は沈黙で返す。すると、奏は少しだけ戸惑ったような動きをした。しかし、すぐに動きをやめて不敵な笑みを浮かべる。
「まーくん私の方が強くなって嫉妬してる?」
そんなことを聞いてくる。その時真耶は何か危険なものを感じた。
「まーくんはさ、本当は弱いよね」
奏がそう言った刹那、クロエが動いた。右手に巨大な爪を作り出し、その爪で奏の頭を削り取ろうとする。しかし、何故か攻撃が届かない。クロエの爪は奏の頭をすり抜けてしまう。
「無駄だって」
奏がそう言って指を鳴らした時、その場にいる全員が拘束された。そして、魔法も使えないように封じられる。
「ほら、私強いでしょ?」
そう言って笑う。
「無駄な抵抗はしないでね。痛いことしたくないでしょ?」
そんなことを言ってくる。
「奏、本当の強さとはなんだ?」
真耶が聞いた。
「何?言葉で諭そうって言うの?」
「……違うな。多分今のお前じゃ俺には勝てないよ」
真耶は表情を変えずにそう言う。すると、奏は少しだけ驚いたような表情を見せた。
「なんでそう言い切れるの?」
「……」
真耶は何も答えない。もうわかってるだろと言わんばかりの顔をする。
「教えなさいよ」
奏がそう言うと、真耶は少し驚いたような顔をする。そして、ため息をひとつはいて言った。
「「「だって俺はお前の横にいる」」」
声が重なった。しかし、奏の前にいる人は真耶意外誰も喋っていない。だが、それ以上に奇妙なことを言われた。前にいるはずなのに真耶は横にいると言った。奏はそのことに少し驚く。そして、恐る恐る顔を横に向ける。
「っ!?」
なんと、そこには真耶がいた。真耶はどういう訳か分身していた。さらに、恐らく感覚的に奏の隣にいる人が本物の真耶だ。
「どうやって抜けたの?」
「忍びには縄抜けの術というのがあるらしい。それに分身の術もな」
真耶はそう言って笑う。
「……負けたわ。今ならまーくんに勝てると思ったのに……」
「そう簡単には負けんよ」
「うぅぅ……賭けは私の負け……。大人しく罰を受けるわ」
突然奏がそんなことを言い出した。
「……は?」
真耶が戸惑っていると、アイティールがニヤニヤと笑っている。そして、いつの間にかその場の全員の拘束が解けていた。
「賭けをしたにゃ。にゃあが真耶にキスしたら力も復活するかっていう賭けをにゃ。にゃあの勝ちにゃ」
「何それ……」
真耶は呆れて何も言えなくなった。その後、奏がアイティールからなにかされていたが、疲れすぎていたためか真耶はぐったりと横になって休んだ。
「真耶様……どうです?私達頑張ったんですよ」
横になる真耶にルリータがしゃがんで近づき言った。真耶は横になりながらルリータに言う。
「そうだな」
「……」
真耶の一言でルリータの機嫌は悪くなった。頬をふくらませて怒っている。真耶はそんなルリータを見て少しだけ笑うと言った。
「助かったよ。良くやったな」
そして、そう言ってルリータの頭を撫でた。ルリータはどこか嬉しそうな笑みを浮かべてすぐにどこかに行ってしまった。
「……さて、行くか」
真耶はすぐに体を起こしそう言う。そして、背筋を伸ばして深呼吸をする。
「真耶、時間は大丈夫にゃんか?」
「多分ね。こっちの世界は時間軸が違うから流れ方も違うはずだよ。向こうだと30分くらいしか経ってないんじゃないかと思う」
真耶はそう言ってゲートを開く。
「……」
しかし、なかなか前に進まない。何故か止まって考え込む。
「何してるの?」
「……いや、何も無いよ」
真耶はアンダーヴァースをすぐに取れるように構えてゲートをくぐった。それに続いて他のみんなもゲートをくぐった。
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