第178話 終戦
雪を溶かすのは間に合わない次から次へと体を押し潰していく。それに、どういう訳かアポロンが纏う炎が弱まっている。
「……!」
アポロンは必死にもがいた。しかし、全てが徒労に終わる。だんだんと体力も失われていき、動きが鈍くなってきた。
「……!”▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉▉”」
刹那、アポロンの魔力が急上昇した。そして、凄まじい炎が雪を溶かしていく。そして、真耶に向けて魔法を放とうとした。
しかし、真耶の姿が見当たらない。アポロンはそのことに動揺する。
だが、すぐに真耶の姿を発見した。真耶は超高速で動きながら襲ってきていたのだ。アポロンはその速さに即座に対応し真耶を狙う。
「ま、終わりっぽいよな」
真耶はそう言ってアポロンに真正面から突っ込んだ。剣を構えて息を整える。
「全ては無に帰る」
その言葉が重たくその場に響く。
「何も無くなって、本当の自分になれる」
更に言葉が重くのしかかる。暗く重たく冷たい言葉でいっぱいになった空間に白い光が瞬いた。
「”ゼロ”」
たった一言、たった2文字、そんな短い短い技名を小さく唱える。そして、真耶の剣がアポロンを斜めに切り裂いた。
その瞬間、全てがゼロになっていく。無に変わっていく。これまでアポロンが貯めてきた力も、魔力も消えていく。外部から与えられた魔力も消し飛ばされていく。残るのは、アポロンが初めから持っていたその力だけだ。
「まったく……手間のかかるやつだ」
真耶はそう呟いて剣を地面に突き刺した。そして、その背後でアポロンが膝から崩れ落ちた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
その場に沈黙が流れた。風の音すら聞こえない。炎の音も聞こえない。……心臓の音も、脈拍の音も、何も聞こえない。さっきまでのは嘘のように静かな空間に変わってしまう。
「……うぅ……!」
アポロンが目を覚ました。そして、真耶の姿を見る。
「……」
アポロンは何か言いたげな顔をする。しかし、声が出ないのか何も喋らない。
「……」
「ありがとう」
「……」
アポロンはたった一言だけ喋って再び黙り込む。真耶はそんなアポロンを見て言った。
「決着をつけよう」
「……」
アポロンはその言葉に一瞬戸惑うが、すぐにその真意を理解し立ち上がる。アポロンの体はほとんど壊れかけだった。一部は焼けて灰となってしまい、また一部はちぎれかけている。
「ハンデありか?」
アポロンは少しおちょくるような声でそう聞く。
「無しだろ?お前も俺もボロボロだ」
真耶はそう言って笑った。その瞬間にゼロエネルギーが完全になくなり通常の真耶へと戻る。そして、少し離れた場所で向かい合い構える。
「……全力で来いよ」
「お前もな。手を抜くなよ」
真耶がそう言った刹那、2人は同時に走り出した。そして、2人共同時に攻撃をする。アポロンはその拳で真耶に殴り掛かり、真耶はアンダーヴァースでアポロンを切る。
勝敗はどちらか分からなかった。真耶もアポロンも少しの間だけ静止する。
「……覚悟は決まってたんだよ」
「……へぇ」
「……」
「……」
真耶はそんなことを言った。アポロンの小さな相槌がその場に消えていく。真耶は武器を地面に突き刺すと、ゆっくりとアポロンを見た。
「……だから、俺の勝ちだ」
真耶がそういった途端、アポロンの体から大量の血が吹き出し始める。そして、アポロンの体には深い傷ができていた。
どうやら最後の勝負は真耶の勝利で終わったらしい。あの一撃は真耶には届かず、アポロンには届きすぎてしまったのかもしれない。深く深く切り込まれたその傷は、治癒などできるはずもなかった。
真耶は倒れ込むアポロンに近づく。地面には既に血溜まりができており、靴は赤く染っていく。アポロンがまとっていた炎も既に消えてしまい、目の光すら消えてしまいそうだ。
「……あり……が……とう……」
「……礼なんか言われることはしてないさ」
「……そう……でも……ない……さ……」
「とりあえず、安らかに眠りな。いつか皆そっちに行くからさ」
「……へぇ……待ってなんか……やらねぇよ……」
アポロンはそう言って目の光を失った。真耶はそんなアポロンの目をゆっくりと閉じさせる。すると、アポロンの体が灰になり始めた。その様子をゆっくりと見つめる。
そして、全てが灰になった時突然突風がふきあれる。そのせいでアポロンの体は完全に消えてしまった。真耶はその様子をめで追いかけ、アポロンがいた場所にお墓を立てその場を後にした。
━━……それから少しして、真耶は皆がいる場所に戻ってきた。そして、ゆっくりと皆に近づく。
どうやら全員寝てるらしい。理由は様々だが、皆気持ちよさそうだ。真耶はそんな全員を1人ずつ治癒していく。傷が深いものもいれば浅い者も……いや、傷が浅い人は居ない。全員が深手を負い、死と直面している。そして、アイティールは……。
「……いつもそうなんだよな。守りたい時に誰も守れない。何でなんだろうな……」
真耶はそう言いながら皆の魂の状態を確認し治癒していく。
「魂まで燃やされてる。どんだけ高火力なんだよ」
真耶は悪態をつきながらもどんどん治癒していく。そして、アイティール以外の全員を完治させた。
「……何で涙が出てくるんだろ」
真耶はそう言う。
「悲しいことしか起こらないよ」
真耶はそう言う。しかし、誰の耳にも聞こえない。皆気絶してしまっている。真耶は静かに拳を強く握った。両手から血が流れ始める。その血はぽたぽたとアイティールの目に落ちて、涙を流しているように見えた。
そして、真耶は静かに目を瞑って、深淵の奥……さらに奥まで意識を封じ込めた。その瞬間、真耶の体はアイティールを押し倒すように倒れ込んだ。
━━……暗い暗い海の底のようだ。深海よりも深い場所。圧力で押しつぶされそうな、深い深い……暗い暗い……暗い暗い………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
真耶はそんな場所にいる気がした。右も左も分からず歩くことも出来ない。そこはまさに地獄だ。
と、言えればなんと楽なことだろう。この空間は恐らく地獄よりも恐ろしく、地獄よりも厳しい場所だ。地獄であれば、恐らくどこかに誰かいる。だが、この空間は違う。どこにも誰もいない。何も無い空間で永遠に孤独でい続けなければならない。
真耶にとってそれは、2番目に苦痛なことだった。
「……そう言えば、昔アーサーが言ってたな。『王になったから皆から認められて人気が出たんじゃない。人気があってかっこよくて認められたから王になったんだ』って」
真耶は暗闇でそんなことを言う。そして、嘲笑うような笑みを浮かべて真耶は言った。
「人気度が初期値0だと認められることなんかないんだよ。知られることもない。なぜ孤独なやつが孤独なままなのか……それは、孤独なやつを誰も知ろうとしないからだ。孤独なやつは永遠に誰からも知られないんだ」
そう言って孤独な空間に幕を下ろした。そして、真耶の体は暗闇に包まれた。
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