第177話 ゼロだ
大抵、どんな戦いでも負ける最大の原因は気の緩みだ。たとえ1秒でも……いや、1秒にも満たない時間気を緩めただけでも負ける時は負ける。
だが、勝つ時は勝つという訳では無いのだ。負けないだけであり、引き分けか勝敗が着く前に有耶無耶になってしまうと言うだけ。だから、気を緩ませることは決してしては行けないことだ。
それも、生死をかけた戦いなら尚更。気を緩ませれば次にくるのは『死』だけだ。
真耶はそれがわかっていたはずなのに。きちんと理解していたはずなのに、アイティールが殺されたからなのだろうか……。クロエが再起不能なまでに傷つけられたからなのだろうか……。ルリータの心がぶち壊されたからなのだろうか……。無為の……フィトリアの顔がぐちゃぐちゃにされたからなのだろうか……。
真耶はその瞬間気を緩めてしまった。そして、その一瞬の緩みのせいで、今まさに真耶は死にかけることになる。
「っ!?」
到達に心臓に痛みを感じる。見ると、心臓を炎の剣が貫いている。そのせいで完全に心臓は焼かれ、潰れ、亀裂ができていた。
真耶はそれに気づいた瞬間に即座に振り返る。すると、そこには傷だらけのアポロンが立っていた。アポロンは全身の至る所から血を流していたが、もれなくその傷がある場所を燃やしている。恐らく回復してるのだろう。アポロンの体は黒い炎で包まれていた。
「……手応えはあったはずだ」
「……」
「……素の防御力が高いのか……。もしくは、なにか別のものか。なんにせよ、お前を生かしておくのは良くないみたいだ」
「……」
アポロンは無言で真耶に突き刺した炎を引き抜く。すると、真耶の胸から大量の血が流れた。それに、吐血までして片膝を着く。誰しもが負けだと思っただろう。
「……まぁ、ここまでは計算済み。あとはなるようになるさ」
真耶はそう言って笑う。不敵な笑みをうかべて立ち上がる。しかし、それはおかしなことだ。真耶は立ち上がる力すら出ないほどの攻撃を受けたはずなのだ。それにもかかわらず、平気な顔をして立ち上がる。
そして、振り返って言った。
「ゼロだ」
たった一言。だが、その一言で全てを悟る。体を乗っ取られていたとしても、アポロンの本能が真耶のそれを危険だと認識する。
「……!」
アポロンは真耶の姿を見て後ずさった。真耶は全身から見たこともないような魔力を垂れ流す。
「ちょっと多いな。”冥界王戯・覇王真剣”」
真耶は天に手を掲げた。そして、淡い紫色の剣を放った。その剣は雲の中に吸い込まれ、消えていく。真耶はその様子を見届けると、サッと手を下ろした。
その刹那、凄まじい威力の巨大な剣が降ってきた。アポロンはその剣を慌てて躱す。そして、直ぐに真耶を見る。しかし、真耶の笑みを見てすぐに察した。なんと、更に連続で剣が降ってきていたのだ。
アポロンはその剣を前後左右に動き華麗に躱す。しかし、気がつけばじわじわと押されていた。逃げ道は完全に奪われ、次の攻撃は躱せない
そして、真耶はこのときを狙っていた。自分の目の前に剣を落としそれを握る。そして、その剣を天高く掲げた。すると、剣が巨大化する。
真耶はその剣を振り下ろした。天すら切り裂くその剣は容赦なくアポロンを襲う。そして、同時に大地を破壊した。
「……これで完璧かな」
真耶はそう言って静かに目の前を見つめる。すると、目の前から黒い何かが向かってきているのが見えた。アポロンだ。
しかし、真耶はそれを見ても何もしない。動ずることもなくただ見つめるだけだ。そんな真耶にアポロンは全力の一撃を放つ。
「もう足りてるから」
真耶はそう言ってアポロンの拳を片手で受け止めた。しかも、軽々と。先程までのアポロンの強さが無くなったのかと終えるほど軽々と受け止めた。
「言ったろ。ゼロだって」
真耶はそう言って全身から白色の光を放った。その光は真耶の体を一瞬で覆い、凄まじい力を放つ。
「”ポイント・ゼロ”」
真耶がそう唱えると、一瞬だけ凄まじい衝撃波がその場を襲った。そして、真耶の姿が真っ白に光る。厳密に言ったら白っぽい灰色だったり、白っぽい緑だったりと、完璧な白ではないが、白く光る。
そして、先程とは違った、別の何かを感じた。それは、禍々しくもあり、神々しくもあった。
「……!」
アポロンはそれを見た瞬間に凄まじい魔力を放った。そして、再び炎の化身を呼び出す。しかし、今度は真っ黒の炎で作られている。
真耶はその化身を見て指を指した。そして、スっと人差し指を横にスライドさせる。すると、スパッと化身が切り裂かれた。そして、化身が黒い炎を撒き散らして霧散していく。その様子はどこか儚いものだった。
真耶はその化身を一瞥するとアポロンとの距離を一瞬で詰めた。そして、その拳をアポロンの顔面に直撃させる。
本来今の状態のアポロンに攻撃でもすれば、ダメージを負うのは攻撃した側だ。なぜなら、今のアポロンは黒い炎の鎧を着ているようなものだから。その鎧のせいで、素手で攻撃なんて出来たものじゃない。
だが、真耶は平然とそれをやってのけたのだ。当然そのせいで傷ついたとアポロンは思った。しかし、何故か傷つくことはなかった。逆に、アポロンの炎が消されてしまっている。
「っ!?」
「残念。これが俺の力」
真耶はそう言いながらアポロンを殴り飛ばした。そして、左目に神眼を浮かべる。
「今のところ、お前にとって有効打になるのはこのゼロエネルギーを使った技か、冥界の力か、物理変化かだな。ま、物理変化は冥界の力と同じでもいいんだが……まぁいい」
真耶はそう言って手を前につきだす。すると、その手に向かってアンダーヴァースが飛んできた。真耶はその剣を掴んで飛び上がる。そして、そのままの勢いで剣を振り下ろした。
ズバッと地面が切り裂かれる。その剣で切られれば生きているものはいないと思えるほど威力が高かった。
「”物理変化”」
更に真耶は魔法を唱える。馴染みの魔法だ。この魔法で空気を固め足場にし、アポロンの真上に場所に水を発生させる。さらに、風を雷に変え、その雷をアンダーヴァースに纏わせた。
「”妖光・春雷の夜明け”」
怪しげに光る雷がアポロンを襲う。さらに、頭上の水に雷が作り出す電流が流れ、その水がアポロンに当たったせいで感電する。
そして、怪しくきらめくその刃がアポロンの首元に振り下ろされた。しかし、寸前のところで躱される。
真耶はそんなアポロンを見てさらに動きの精度と速さを上げた。
「”深紅・魔火の剣”」
黒っぽい紫色の獄を纏った剣炎がアポロンを襲った。アポロンはその獄炎を見てかなり脅えた様子で避けた。
先程までのアポロンであれば、避ける必要などなかった。だが、今は違う。この攻撃を喰らえば致命傷になると理解しているのだ。
そして、その攻撃は確実に一撃で仕留められる場所を狙っていることも気づいている。アポロンは必死に技を避けた。
「”水禍・八岐大蛇”」
真耶の太刀筋は奇怪なものだった。まるで波打つかのような滑らかなものだ。アポロンはそれを見て動揺を隠せない。さらに、真耶の太刀筋の理由を知ってさらに言葉を失う。なんと、真耶は今の太刀筋でヤマタノオロチを形成したのだ。水で作られたヤマタノオロチはアポロンを噛みつき持ち上げると地面に叩きつける。
「……!”▉▉▉▉▉▉▉▉”」
アポロンも負けじと魔法を唱える。
「”雪華・白魔の鎮魂歌”」
しかし、真耶には通用しない。真っ白な雪の波がアポロンを襲う。そして、アポロンは雪に飲み込まれて行った。
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