第176話 羅刹
━━……正直なところ、真耶にとってアポロンは糧でしかなかった。真耶が王になった以上負けは許されない。そして、アポロンはそんな王に敗北を喫するだけのbotだと思っていた。
しかし、どんな存在も侮ってはいけない。たとえ時間を操れても、たとえこの世に存在する全てを切り裂く力を持っていても、たとえ逆にこの世に存在しない全てを切り裂く力を持っていても……どんな状況でも侮ることはいいことでは無い。
何事にも全力で、心の底から応えなければならないのだ。しかし、真耶の頭の中からそのようなことが完全に無くなっていた。王になったが故の怠慢かどうかは分からない。
ただ、一つだけ言えるのは、『モブオタクからは遠ざかってしまった』のだった。
だからこそ真耶は………………………………
「おっと、この先は話しすぎになってしまいますね。冥界の王がこの先どう進むのか、気になりますが、それは自分の目で確認する他ありません」
少なくとも、今真耶の仲間だと思われる人達は誰も知らない男が、本を閉じながらそう言った。そして、両目に時眼を浮かべて不敵な笑みをうかべた。その後、マントを扱うようにどこからか暗幕を出し閉じたのだった。
━━真耶は目の前のアポロンを見て言葉を失った。どこからどう見てももう人ではないのだ。
いくら神だったとは言えど、今のアポロンはその領域を確実に超えている。
「……神人類……」
真耶はそう呟く。神人類というのはアポロン達オリュンポスのことを言う。人が神となった時初めてそう言われる。
そもそも、オリュンポス十二神ももとは人間だ。人間が、ある日人の領域を超越した時神となる。元々神だった者は存在しないはずだ。
基本的に元々神的な力を持つものは天使と呼ばれている。だから、神とは呼ばれない。
そして、今目の前にいるアポロンはその『神』の領域すらも超越しようとしている。
「領域の逸脱者……」
真耶はアポロンの姿を見た。黒い炎は先程よりも強く、もうアポロンの原型は見えない。顔も体も黒い炎で埋め尽くされ、何者かも分からなくなっている。
「……”逆時”」
真耶の右目の時計が光を放つ。そして、時計の針が逆に回り始めた。
「……っ!?」
しかし、何も起こらない。何故かアポロンに時間魔法が通用しなくなっている。
「おかしいだろ……!」
真耶は右目から大量の血の涙を流した。そして、その目を閉じて直ぐにその場から離れようとする。
しかし、アポロンはもっと早かった。それは、スピードが速い訳ではない。アポロン自身の時間の進み方が早かったのだ。
「っ!?時間魔法だと!」
真耶はアポロンの拳を腕で防ぐ。しかし、拳にまとわりつく黒炎でその手は燃やされてしまう。
「やりすぎだろ……!」
真耶は直ぐに体勢を整えて攻撃を放った。
「”冥擊夢”」
真耶は右足でアポロンの首元を狙って蹴った。その足には冥界の力が宿っており、当たれば大抵の生き物なら気絶させられる程だ。しかし、アポロンには効かない。
「っ!?おかしいだろ!」
真耶はそう叫んで反対の足でアポロンを蹴りその場から離れる。そして、直ぐに魔力を溜めて手を前に突き出し魔法を放つ。
「”冥王波動”」
冥界の力を帯びた波動がアポロンを襲う。
「”▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊”」
しかし、アポロンは動じない。聞いたこともないようなとんでもない長い呪文を唱えている雰囲気を出し、黒い炎の龍を作り出した。その龍は荒れ狂いながら真耶の魔法を喰らい尽くしていく。
「”時械・輪狂鳴動”」
真耶は再び右目の力を使った。すると、真耶の目の前に巨大な機械が現れる。その機械は凄まじい魔力を放ちながら無数の時計を作り出した。
その時計はそれぞれ波を放っており、その波が共鳴し合い黒い炎の龍の動きを鈍らせる。そして、時計が放つ波によって時空を破壊し始めた。しかし、それでも炎の龍は止まらない。全てを燃やすべく向かってくる。
「時間魔法が効かない!?」
真耶は慌ててその場から離れた。すると、その直後に炎の龍が真耶がいた場所を燃やし尽くす。流石に真耶でもこの炎を受ければ死ぬ。それをひしひしと感じた。
「……もうなりふり構ってられないと言うことか!?」
真耶はそう叫んで後ろを振り返った。
普通ならもう真耶はいなくなっているだろう。勝てないと判断したなら、勝てるようになるために1度撤退する。その判断は大切なことだ。
しかし、今回は違う。逃げればクロエ達も殺される。負けも逃げも、引き分けも許されないのだ。だが、今の真耶には今のアポロンを倒すすべが少なすぎる。あったとしても成功するかは分からない。
「万事休すか。やっぱりあのモードに……」
そうつぶやく。そして、少しだけ目を瞑った。
「……」
今の真耶に魔力の温存は出来ない。そもそも温存する魔力がないということと、出し惜しみはしてられないということだ。勝つには全力をぶつける必要がある。
「ま、初めからこうすりゃ良かったんだよな」
真耶はそう言って手をパンッと合わせる。すると、真耶の周りに風が吹き始めた。その風は濃い魔力を帯びており、あたりの炎もかき消されていく。
「負けないよ。”冥界王戯・冥王状態”」
そして、真耶の体が淡い紫色の光で包まれた。その光はマントを形成し、真耶の姿を帝王に変える。
「……勝てたら……ラッキーって感じかな」
真耶は小さくそう呟いて走り出した。辺に燃え盛る黒炎をかき分けてアポロンに切り掛る。アポロンはそんな真耶を見て構えるが、その速さに驚き反応しきれない。
更に、真耶は連続で攻撃を繰り出す。上下左右全ての方向から攻撃を仕掛ける。アポロンはそんな真耶に翻弄される。
「”▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊……」
「させるか!”冥閃・死を告げる送り火”」
アポロンが魔法を唱え終わる前に真耶はアポロンの体を数回切りつける。すると、アポロンの魔力の流れに途切れができた。そのせいで魔法が上手く発動しない。
しかも、切られた部分に魔力が一定時間流れなくなる。そのせいでろくに魔法を使うことが出来なくなる。
「”冥閃・輪廻の獄”」
淡い紫色の斬撃がアポロンを襲った。その斬撃は円を描きアポロンを閉じこめる。アポロンはそれを見て即座に魔法を放った。
「”▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊▊”」
しかし、その黒炎も効かない。円形の斬撃は黒炎すら通さず飲み込んでしまう。アポロンはそのせいで自分の黒炎を受ける。
「終わらせる。”冥閃・羅刹斬・零式”」
真耶の剣が赤黒い魔力を帯びる。その魔力はまるで悪魔のように禍々しく、真耶の上半身の半分ほど侵蝕されていた。
更に、真耶の心臓から黒っぽい、青っぽい、紫っぽい色の魔力が溢れ出てくる。その魔力は流れるように剣にまとわりついていく。
真耶はその剣でアポロンに切りかかった。目で追うことなど出来るはずもない速度で何十回もアポロンを切り裂く。四方八方からの攻撃にアポロンは対応しきれずただ着られるだけだ。
真耶が攻撃する手を止めた時、アポロンの体はボロボロだった。ある程度は防がれていたが、防ぎきれずにかなりのダメージを負っている。
「……!」
真耶は傷だらけで動けなくなるアポロンを見てゆっくりと呼吸をする。その震える手と足を抑えながら、少しだけ気を緩めてしまった。
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