第173話 初めての
炎が吹き荒れる。体のあちこちが痛み、ヒリヒリする。真耶はその痛みで目を覚ました。
真耶の周りには、まるで閉じ込めるかのように炎の壁ができていた。そのことに気づいた時、まだ誰かがアポロンと戦っているのだと理解する。
「……!」
真耶は目を覚ますとゆっくりと起き上がる。そして、周りを見渡した。隣にはひどい怪我を負った無為とフィトリアがいるのに気がつき、言葉を失う。
そして、自分がかなり眠っていたことを理解し後悔した。
「……この感じ……」
別の場所で弱っているがヘファイストスとクロエ、そしてルリータの生命エネルギーを感じた。しかし、アイティールだけこれっぽっちも感じない。
「……」
真耶は顔を暗くさせた。そして、ゆっくりと立ち上がって服に着いた誇りを払い落とす。
「剣……無いな。どっかに飛んで行ったか?」
そんなことを呟きながら辺りを見渡す。だが、どうせ炎で埋め尽くされているのだ。見えるはずもない。それに、アンダーヴァースに関しては探す必要すらない。呼んだら来る。
真耶は覚悟を決めると超高速で走り出した。真っ直ぐ行った先に感じる強大なエネルギーに向かって走り出す。
「……もう……遅いのか……?」
真耶は小さくそう呟いて左手を前に出した。そして、ヘファイストスに迫り来る拳を受け止めた。
「全く……とんでもないな」
真耶はそう言ってニヤリと笑った。
「真耶!」
ヘファイストスは真耶の姿を見て叫ぶ。そして、涙を流した。
「……遅くなっちまったな」
真耶はヘファイストスに優しく微笑みかけると、アポロンの顔を見て雰囲気を変える。一瞬だけ明るくなった真耶のオーラが、すぐさま暗く重たいものに変わった。
そして、真耶の全身から赤黒い殺気が放たれていた。
「とりあえず、今はお前を殺すことにするよ」
真耶はそう言って目を見開くと、アポロンの体を蹴り飛ばした。
「っ!?」
アポロンは突然の攻撃に反応しきれずにかなり飛ばされてしまった。
「……」
「待って!」
ヘファイストスが真耶の足首を掴んで止める。そのため真耶は動きを止めた。
「待って……。行かないで」
ヘファイストスは弱々しい声でそう言った。
「……」
「行っちゃダメ……。殺されちゃう……!」
ヘファイストスは泣きながらそう言う。
「……うん」
真耶はそう返事した。
「……行かないで……」
「……うん。良いよ。それでも」
「っ!?じゃ、じゃあ!逃げようよ!どこか遠くに逃げて、色々片付けてまた……」
「どこに逃げる?」
「っ!?……そ、それは……」
「別に責めてる訳じゃないよ。怒ってる訳でもない。ただ、逃げるとしたらどこに逃げるのかなって思ってさ」
「……どこに逃げるかは……決めてない。でも、今はここから逃げ出さないと……!」
ヘファイストスはそう言って手に込める力を強くする。
「確かに、今のアポロンには手も足も出ない。全く歯が立たない。その可能性はある。だから逃げた方がいいと言うのはよくわかるよ。でも……」
「逃げたくないなんて言わないで!今はもう……そういう次元の話じゃない……!殺されるの……!」
「そうだな」
「わかってるなら……もう逃げないとか言わないで……!真耶はこれまでずっと逃げなかった。私と戦う時も、どんなときも逃げなかった。もうそろそろ逃げても良いんだよ……!」
ヘファイストスは涙を流しながらそう叫ぶ。心の底からの叫びに真耶は少しだけ嬉しくなった。
「初めて言われたよ。逃げていいなんて。これまでずっと逃げられなかったからさ。異世界に来た時も、敵が出てきた時も、ラウンズが現れた時も、アヴァロンに行った時も……奏が敵になった時も、オリュンポスが来た時も、どんな時だって俺は逃げられなかった。大切な者を守るために戦ってきた。だからかな、凄く嬉しいんだ。皆は俺のために戦ってくれたんだろ?だから、アポロンの攻撃が来た時も俺の前に出て俺を守った。この破壊された跡を見たら分かるよ」
真耶はそう言って振り返ると、ヘファイストスの顔を見てそう言った。そして、優しい笑みを浮かべて近づき、頭を撫でながら言う。
「初めてだった。守って貰えたのは。初めてだった。皆に代わりに戦って貰えたのは。初めてだった。逃げていいよなんて言われたのは」
「……」
「俺はさ……わがままなんだ。戦いたくないとか逃げたいとか言うけど、本当は戦いたいし逃げたくないんだ。俺は戦ってないと、俺自身の存在意義を見出せないから」
真耶はそう言う。
「そ、そんなことないよ!真耶はそこに居てくれるだけで、アイティールもクロエも、皆嬉しいの!だから戦う必要なんて……っ!?」
ヘファイストスは唐突に真耶に抱きしめられ驚く。しかし、嫌ではなかった。そのため、逃げることはしなかった。
「皆も俺が起きると信じて戦ったんだろ?だったら、俺はその思いに答えたい。お前たちは無理して答えなくてもいいって言うかもだけど、俺は俺が望んで応えたいんだ。だから、俺を信じろ」
真耶はそう言ってヘファイストスの唇にキスをして立ち上がると、服を整えて言った。
「俺はわがままな王様なんだ」
そして、真耶は振り返る。その視線の先にはアポロンがいた。
「これ、持っときな。鞘だけでも結界は張れる。ある程度は守ってくれるよ」
真耶はそう言って歩き出す。ヘファイストスはもう止めることはしなかった。真耶を信じて見つめる。
「最後にひとつ約束して!」
ヘファイストスはそう叫んだ。すると、真耶は足を止める。
「死なないで!」
真耶はその言葉に親指を立てて返すと、突然姿を消した。
「始まった……。信じろ……か。あのころだったらくだらないとか言ってたんだろうな」
ヘファイストスはそう言って俯く。ポタポタと水滴が落ちた。
「……」
バチバチと炎が燃える音が聞こえる。それ以外は何も聞こえない。静寂だ。どこまで行ったのか、真耶達が戦う音さえも聞こえない。
「……信じてるよ」
ヘファイストスはそう言って両目に涙を浮かべながら笑った。
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