第172話 記憶の中の人
「……」
アポロンはこの壊れた大地を見ても何も思わなかった。というより、完全に心は壊れてしまった。もう昔のアポロンは帰ってこない。今ここにいるのは、ただの破壊兵器だ。
そして、アポロンは泣きじゃくるクロエたちの前に現れた。
「「「っ!?」」」
「アポロン……!”ゼロ……」
クロエが魔法を発動するよりも前にアポロンがクロエを蹴り飛ばした。そして、炎の玉を投げる。
その炎の玉はクロエにぶつかり爆発した。クロエはその炎で全身を火傷する。
「……!や、やだぁ……!来ないでぇ……!」
ルリータは泣きながらそう言うが、今のアポロンにはそんなものは通用しない。アポロンは炎の剣を作り出しクロエの胸の部分を切り裂く。
「っ!?」
ルリータは顔を歪めながら、泣きながら、血を吹き出しながら倒れた。
「……」
アポロンはそんなルリータ立ちには目もくれず、真っ直ぐ真耶がいる場所に向かう。
「っ!?」
ヘファイストスはそんなアポロンに気がついた。しかし、もうどうすることも出来ない。身体中は火傷をおおっているせいで上手く動かせない。それに、両足が少し溶けているせいで、仮に動けたとしても歩けない。
ヘファイストスは真耶の前にへたりこみながらアポロンを見た。もう既にアポロンは真耶たちの前に来ている。
「……!」
アポロンはヘファイストスには目もくれず真耶を見た。その時、一瞬だけ隣にいた無為とフィトリアを見たが、特に気にしてないらしい。
恐らく、他の全員と違って多少の火傷しかおってないのを疑問に思ったのだろう。だが、特に気にはしなかった。
「アポロン!目を覚ましてよ!」
ヘファイストスがそう言った。しかし、アポロンは気にしない。
「今のあなたはあなたじゃないわ!本当の自分を取り戻して!」
そんな声は耳に届かない。
「昔のあなたはこんなことしなかった!」
そんな言葉は全く気にしない。真っ直ぐ真耶に向かって拳をつきだす。
「……真耶……!いい加減起きてよ……!もう……もう私達にはどうにもできないの……!起きてよ!真耶ぁ!」
ヘファイストスがそう叫ぶ。しかし、何も起こらない。それどころかアポロンの魔法が発動してきた。あたりは炎に包まれ逃げられなくなる。炎を纏った拳が真耶を……いや、ヘファイストスを狙う。もしかしたら、何かが反応して本能的に先に殺そうとしているのかもしれない。
「ダメ……!やめて……!」
ヘファイストスはそう呟いて目を瞑った。最後にその目に映ったのは、アポロンが殴りかかってきている姿だった。そして、ヘファイストスは死を確信した。
━━……記憶が蘇る。これまでの記憶が。
(……これが走馬灯……?)
ヘファイストスはそう思った。そして、その走馬灯と思わしきものを1つずつ見ていく。気がつくと、自分の記憶のようなものが額縁に入れられていた。その記憶は博物館のように丁寧に展示してある。
「これって……」
思わず声が出た。さっきは出ないと思ったが、意外と出せるらしい。
「……私……死ぬのかな……」
そんなことを1人で呟く。そして、1つの額縁を見た。その額縁はつい先程の記憶。アポロンの魔法が発動して、アイティールがヘファイストスに何かを言っている記憶。
「……ダメって……言ったのに……。止めることが出来なかった……」
そう呟いて額縁に触れた。
「……もしこれが走馬灯なら、私は記憶の中から助かる方法を探しているってことだよね。だったら、まだ生きてる。殺られる前に方法を見つければ……」
そんなことを言うが、そんなものは無い。唐突に変わってしまったアポロンという『イレギュラー』に対してなにか手を打つことが出来れば、もう既に打っているはずなのだ。
だから、今のヘファイストスにこの状況から助かる方法はない。
「……みんな……殺されちゃったのかな……」
ヘファイストスは涙が出てきた。自分が招いた種だ。自分が何とかしなければならない。その責任がある。
頭の中ではそう思っているのに、体は正直だ。今にも逃げ出したい。他の人なんかみんな犠牲にして自分だけ助かりたい。責任なんか捨てて、人に任せたい。
体はその考えを実行しようとする。だが、ヘファイストスには出来なかった。心がそれを拒んだから。何とかみんなの為にと、ここに残って戦ったから。
でも、結果は変わらなかった。それどころかアポロンが悪化しただけだ。もしかしたらもうどうにもできないのかもしれない。
「……ごめんなさい……私が……アポロンを連れてこなきゃ……」
ヘファイストスはそう言って泣き出した。もし今目の前に真耶が現れて、『皮が破れて肉が見えるまでおしりペンペンするからお尻を今すぐ出せ』と言われれば、躊躇うことなく出してその罰を受け入れるだろう。
それくらいヘファイストスの心は押しつぶされそうだった。
そんな時、ふとある記憶が目に入った。それは対してすごいことでもない。ただ、ひょんなことから起こった奇跡みたいな記憶だった。
子供の頃の話だ。たまたま、ヘファイストスがピンチになった時のこと。その時ヘファイストスは悪い人達に襲われていた。1人ではどうしようもなくて、誰かに助けを求めていた。しかし、周りには誰もいない。
ヘファイストスは連れていかれるところだった。捕まったら確実に犯されるとわかっていたため抵抗した。しかし、悪い人達はほとんど男。女1人ではすぐに押さえつけられて終わり。ヘファイストスはすぐ捕まり、裸で両手両足を縛られ猿ぐつわまで咥えさせられた。
悪い人達は見たこともない怖そうな道具を持ってくる。そして、ヘファイストスが暴れた時悪い人達の中の1人がヘファイストスに向かって殴りかかってきたのだ。当然抵抗できないヘファイストスはその拳を顔で受け鼻血を流す。
何度も何度も顔が変形するまで殴られると、何と今度は魔法を使ってきたのだ。流石にこれを喰らえば溜まったものではない。ヘファイストスはそう思ったが逃げられなかった。しかし、少しだけ外れた猿ぐつわを少し避けて、何とか声を出した。
「……たす……けて……」
小さな小さなか細い声が出た。悪い人達はどうせそんな声聞こえてないと思い無視する。そして、魔法を纏った拳がヘファイストスの目の前まで来た。
その刹那、何者かがそこに乱入する。目の前まで来た拳を片手で掴み、ヘファイストスの真横に立っていた。そして、それは男だった。スラリとした体型で、黒いズボンに上は……肌シャツだ。その様子から、ちょっと変わっている人か、走っている人だと分かる。
「……あな……た……は……?」
「……名乗るほどの者じゃないさ。ゆっくりおやすみ」
男はそう言ってヘファイストスの目を閉じさせる。そして、ヘファイストスの記憶はそこで途切れた。
「……そう言えば、こんな人がいたわね。結局誰だったのやら」
ヘファイストスはその肌シャツ男のことを思い返しながら、その記憶の額縁からそっと離れた。
「そろそろ……覚悟を決めないと……」
ヘファイストスはそう呟く。そして、現実を受け入れる覚悟を決めた。
「出来れば……苦痛なく逝きたい……」
そして、目を瞑って祈る。そこで、ヘファイストスの意識は深淵へと誘われていった。
(……これが……死ぬってこと……)
そう思った刹那、唐突に目が覚めた。身体中を強い衝撃が襲い意識が戻ってきたのだ。
「っ!?」
ヘファイストスはその瞬間に自分が生きていることを知覚した。そして、両足を襲う痛みと、両腕のヒリヒリとした感覚に少しだけ涙を流した。
しかし、それ以上にヘファイストスはあることに涙を流した。それは、ヘファイストスにとってとても感動的であり、希望の象徴となった。
周りに飛び交う爆炎は、これまで絶望しか与えてこなかった。だが、今のヘファイストスにとってはかっこよくも見える。
「全く……とんでもないな」
男の声が聞こえた。ヘファイストスはその声で安心する。
「そう思うだろ?ヘファイストス」
男は顔だけ振り返りニヤリと笑って言った。その男は、アポロンの攻撃を片手で受け止めており、全身から特別な力を感じた。
「……もぅ……遅いよ……!」
ヘファイストスは泣きながら男にそう言った。男はそんなヘファイストスに笑いかける。
その男は真耶だった。